第9話 聖女
「密会に使われるお店ですけど、料理はしっかりとしている美味しいことで有名な人気のお店ですので期待していて下さい」
聖女からそう言われれば期待しない訳にはいかない。
しかし、その割には俺たち以外の客はいなかった。
「それは今が開店前だからです」
クラウディアさんから告げられた事実。
今はランチとディナーの間にある仕込みの時間で、女将さんも下拵えの為に忙しくしている時間だった。
そんな時間に訪れた客。
常連兼聖女としての特権を活かして入れさせてもらったようだ。
「おかげで誰に見られることもなく個室を利用できるようになったのですからいいではないですか」
「それは、そうなのですが……」
聖女が個室を利用したとなれば当然のように騒ぎになる。
個室は店の中でも奥の方にあり、誰かが利用していると知っていなければ気付けないようになっている。
「まあ、料理が来るまで時間がありますし、後回しにしていた説明をしたいと思います。本当は仕事まで時間があったので軽く挨拶をした後でも問題ないと思っていたのですが、このような事態になってしまいました」
急な方針変更だったので仕方ない。
こちらも色々と確認したい事があったのは間違いない。
「リオとはそれなりに長い付き合いなんですか?」
「そうですね。最初に出会ったのはイシュガリア公国に今回と同じように凶悪な魔物が出現して困っていた時です」
その頃はギリギリ前任のSランク冒険者が生きていた頃でSランク冒険者の魔法を用いて討伐しようという計画が出た。
だが、計画は失敗に終わった。
理由は討伐対象の魔物にあった。
魔物はスライム型の魔物で同時に4体にまで分身することができ、全ての魔物を数分以内に倒す必要があった。
Sランク冒険者でも制限時間内では2体の魔物を倒すのが限界だった。
また、国中から腕自慢の冒険者を集めたりもしたが、どうしても最後の1体だけ倒せずにいた。
「そこで帝国に新しく生まれたという迷宮主を頼る事にしました」
本当に生まれたばかりだったので相手以上の知識を持っていた事もあって優位に立つことができた。
リオの協力も得られ、魔物の討伐に成功した。
「その後も持ちつ持たれつの関係を続けていました」
「とはいえ、相手は自分の正体を極力隠したい迷宮主ですよね?」
メリッサが言うように俺なら多少のメリットがあってもデメリットが上回った場合には表舞台に出たいとは思えない。
具体的には辺境に引き籠る。
「はい。協力と言っても私が『聖女』として必要とされる力を発揮するだけです」
聖女に与えられた力は主に二つ。
『癒し』と『浄化』。
重病や重傷を負った人を癒し、アンデッドのような不浄な存在を浄化すること。
聖女、という名前に相応しい力らしい。
「グレンヴァルガ帝国に出現した強力なアンデッドを二度ほど討伐したこともあります」
「後は、戦争で傷付いた方々を癒したりもしました」
うっ……
クラウディアさんの言葉に思わず詰まってしまう。その戦争ってどう考えても俺たちがほとんど倒してしまった春先に起こった戦争に違いない。
あの時は、帝国の兵士がどうなろうと関係ない立場だったから可能な範囲で無双させてもらった。そのせいで怪我を負いながらもどうにか帝国まで逃げ延びることができた兵士が何人かはいたはずだ。
「彼らの多くは身体の怪我よりも心に傷を負っていたので治療が大変でした」
まさか、たった5人に返り討ちにされるとは思っていなかった。
トラウマになるのも仕方ないかもしれない。
「戦争中に起こった出来事については気にしないでください」
「いいんですか?」
「聖女の立場から言わせてもらえれば戦争など以ての外ですし、相手を傷付けるような行為など絶対にして欲しくありません。ですが、それでは帝国の侵攻を喰い止める事ができませんでした。貴方たちが帝国兵士数万を犠牲にすることで王国民の数十万という人々が救われた。亡くなった人を数えるよりも救えた人を数えることにしましょう」
そう言われて多少は救われた気がした。
リオと親しくなって帝国にも訪れるようになったので帝国民も知らぬ仲ではなくなった。
あの時と同じように虐殺できる自信は――必要ならするだけだが、あまり気持ちのいいものではない。
「私たちの方は眷属の方から何人か借りる感じですね」
「あの方々は一芸に秀でた方が多いですから」
魔法に秀でた者やスキルに秀でた者。
リオ自身も戦闘能力に優れているのでイシュガリア公国へ赴くことが何度かあったみたいでお互いに交流があった。
「クラウディアさんはどういう立場なんですか?」
「私ですか? 私は、皆さんで言うところの眷属みたいなもので『侍女』です」
聖女には生涯の間に二人だけ付き人である『侍女』を決める権利があるらしい。
ただし、眷属のようにステータスが強化されたり、新たなスキルに目覚めたりすることはない。
聖女に選ばれた者は、聖女となった瞬間から迷宮主以上の魔力を得ることができ、聖女になってから10年近く経過しているミシュリナさんの魔力は今でも俺以上にあるらしく、加護のおかげで膨大な魔力を持っているメリッサには少しばかり及ばないレベルらしい。
侍女は、膨大な魔力を持つ聖女の魔力を借り受けることができる。
「ただ、それだけの存在なのでどこか抜けているミシュリナ様のお手伝いが私の仕事になっています」
「どこか抜けているって何よ」
「今回の難事件を前にして安直にも皇帝となって忙しくしているグロリオ様を頼ろうとした事です」
「う……」
「今は忙しいうえ立場もあるので協力してもらえない、という私の忠告を無視して真っ先に駆け出して行きましたね。事前に存在を聞いていたマルス様たちを紹介してもらえたからよかったものの危うく何の成果も得られずに帰って来てしまうところだったのですよ」
「ごめんなさい……」
クラウディアさんに怒られて本気で落ち込んでいるミシュリナさん。
主と侍女、という関係性で本当にいいのだろうか?
「クラウディアさんも大変そうですね」
「ええ、大変です。ですが、お役目を担っているミシュリナ様に比べれば私の負担など大したことがありません。ただ、一つだけ要望を言わせて貰えば、もう一人侍女を決めて欲しいところです」
侍女は二人まで指名することができる。
ミシュリナさんはクラウディアさん以外にももう一人だけ指名することができるはずだ。
「とはいえ、相手を選ぶのも難しいんです」
一度選んでしまうと相手の人生を自分に縛り付けてしまうことになる。
『侍女』という名称から選べる相手も女性に限られる。
そういった事情もあって安直に選べる問題でもなかった。
「私とミシュリナ様は母親同士の仲が良く、幼い頃は立場などなかったので一緒に遊んでいたのです」
所謂幼馴染という関係から侍女に選んだ。
「幼い頃は聖女じゃなかったの?」
「聖女は『聖珠』に選ばれるシステムになっているのです」
聖珠が自分の役割を代わりに果たしてくれる存在を選ぶ。
その人物が役割を果たせないほど弱った時には代わりの代行者を選ぶことで世代交代が起こるようになっている。
「基本的には老齢によって役目を果たせなくなったと判断されると交代するようになっています。先代の聖女はミシュリナ様の曾お婆様だったのですが、病によって起き上がるにも不自由するようになった事が理由で、当時のイシャウッド家の中でも聖女の適性が最も高かったミシュリナ様がお役目を引き継ぐことになりました」
聖女にどんな適性が求められるのか。
それは教えてもらえなかったが、その適性はイシャウッド家に代々受け継がれて来たので、聖女はイシャウッド家の中から世代交代が起こった時に適齢の少女が選ばれるようになっていた。
「お役目は大変ですが、聖女となったからには今後の生活は安泰です。私はイシャウッド家の三女だったので良くて政略結婚の道具として使われますし、悪ければ年老いた貴族の後妻として押し込まれていた可能性が高いです」
聖女としての立場は、長女以上に優遇されているので多少の苦労は我慢できる。
「今回も大変な事態ではありますが、『巫女』から貴方たちの存在を聞いておいたおかげで知己になることができました」
「ちょ、ちょっと待って下さい。『巫女』って」
「『巫女』は【神託】などのスキルを持っている神の遺産に選ばれた女性で、貴方やグロリオ様が迷宮主になった事を教えてくれた人物ですよ」
そんな事は聞いていなかった。
【神託】スキルのおかげで俺たちの存在を知ることができたとは聞いていた。
てっきり『聖女』のスキルだと思っていたが、別人である『巫女』のスキルらしい。
情報が不足し過ぎている。
「その『巫女』って――」
「――失礼しますよ」
女将さんが個室に料理を運んで来たせいで話は中断されてしまった。