第8話 首都ウィンキア
摸擬戦が終わり、俺たち……と言うよりもイリスの実力を示す事には成功した。
イシュガリア公国の中でも最強クラスだと認められたSランク冒険者のスパイクが手も足も出せずに敗北を認めた。
少なくともイリスがSランク冒険者以上の実力を持っていることは理解できたはずだ。
「これからどうするか?」
空を見上げると日が暮れるまでまだ時間がある。
アンデッドへの対処は明日の朝になるのでそれまでは暇だった。
「とりあえず待機、ということになるんですけど……」
ミシュリナさんの言うように単独行動は許されたが、タイミングを合わせての行動になるので俺たちも明日の朝までは待機している必要があった。
すぐに対応できるよう他の冒険者と同じように行動するべきだろう。
どこか野営のできる場所を探そうとすると……
「おい!」
摸擬戦で倒したはずのスパイクが立ちはだかった。
結果に納得が行かないのかと思ったが、
「どうやって、そんな力を手に入れた!?」
強くなれた理由を聞いて来た。
彼からすれば模擬戦の内容は理不尽以外の何物でもないから仕方ない。
「そんな事を聞いてどうするの?」
「俺はもっと強くなりたいんだ!」
Aランク冒険者になれるほど強くなったスパイクだったが、そこで強くなることに限界が見え始めてしまった。以前、イリスに勝負を挑んだのも自分と同じくらい強い相手と戦うことでもっと強くなろうと考えてのことらしい。
スパイクの声には切実な想いが含まれていた。
イリスが助けを求めるように俺を見て来る。
彼女も自分の強さに限界が見え始めていたから気持ちが分からなくないので同情してしまっているのだろう。
だが、打開方法を教える訳にはいかない。
「悪いけど、教えられない」
「そんな……いや、そういう風に言うって事は何か方法があったんだな!」
「……」
無言を貫くイリス。
同情するあまり失言してしまった。
「すまない。俺たちは別行動をさせてもらう」
これ以上話をしていると面倒なぐらい絡んできそうだ。
「あんた……前に会った時に一緒にいたパーティメンバーとは違う奴だな」
イリスと一緒に行動していたフィリップさんたちを覚えていたらしくパーティが変わっている事に気付いた。
「よく覚えていたな」
「男3人に女が1人だけのパーティだったんだ。それが今では男の方が少ないんだから別のパーティだろ」
さすがに父親と同じくらいの年齢だったフィリップさんたちの誰かと俺を間違えるはずもない。
ちょっとでも覚えている奴なら別のパーティだって分かるか。
「……あんただな」
「なに?」
「前に会った時にはここまで強くなかったはずだ。何かがあったとしか思えない。この2年の間に何かがあったとしたらパーティ変えた事ぐらいだ。それに、他の奴らだって……!」
俺がリーダーな事はパーティの雰囲気からなんとなく分かった。
さらに他のメンバーも同じくらい強い。
「あんたが何かをやったんだ。一体、何をやったんだ!」
眷属にする為にやることやった……そんな事は絶対に教えられない。
「――撤収!」
既に面倒事になっている。
シルビアとアイラにミシュリナさんとクラウディアさんを抱えてもらってその場を離れる。
☆ ☆ ☆
「ええと、大丈夫でしたか?」
「いえ、私の方こそごめんなさい」
スパイクからの追及を逃れる為に冒険者の集まる野営地を離れた。
「随分と大きな都市ですね」
とりあえず荒野から見えた都市まで逃げて来た。
女性を抱えたまま都市へ入る訳にもいかないので見知らぬ都市を守る門の前で見上げていた。
「はい。ここはイシュガリア公国の首都であるウィンキアです」
そう言えば【転移】でどこへ行くのか聞いていなかった。
てっきり軍勢の迫る南側のどこかにある荒野だとばかり思っていたが、実際にはまだ中央付近にいたらしい。
「首都の前にある荒野に冒険者が野営をしていたんですか?」
「そうですね。ウィンキアの中には冒険者を泊められるだけの十分な施設があるんですけど、予定では数日後の遠征でしたし、これから人数も増える予定でしたので問題が起こるのを避ける為にも外で野営をしてもらっていました」
「なるほど」
冒険者の中には荒くれ者が多い。
数が集まれば当然のように治安のいい首都でも騒ぎが起こるようになる。
事前に手を打っておくのは当然の事だった。
「ですが、みなさんには野営をしてもらう訳にはいきません」
聖女であるミシュリナさんが招いた冒険者という事で宿泊先を用意してもらえるだけでなく、直々に接待してもらえることになった。
首都であるウィンキアの門には門番が何人もいたのだが、ミシュリナさんとクラウディアさんが二言三言話すだけで俺たちまで素通りできることになった。
おそるべき聖女の影響力。
「どこへ行くの?」
周囲を警戒していたアイラが尋ねる。
初めて訪れる場所。こういう時は俺の警護役を買って出ているアイラとしては向かう先に何があるのか気にせずにはいられない。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。そろそろ夕飯の時間なので、まずは行きつけの店に案内しようと思っただけです」
空を見上げると逃げている内に夕方になっていたらしく日が沈み始めていた。
今まで訪れたことのない場所に訪れた時には、その場所で好まれている料理を店で食べることにしている。入る店はシルビアの勘に任せることにしていた。
「ここです」
ミシュリナさんが案内したのは少し大きめの食堂のような店。
「……聖女って偉いのよね」
「そのはず」
門での出来事からそれなりの地位があるのは間違いない。
「その……ミシュリナ様は思い付いた時に街へ出掛けてしまわれる方ですので門番の方たちも顔見知りですし、この店の女将にしても昔からの知り合いなのです」
申し訳なさそうにクラウディアさんが教えてくれる。
その言葉には苦労が滲み出ていた。きっと街へ遊びに出掛けるミシュリナさんに何度も付き合わされたのだろう。
「すみません」
「いらっしゃい」
クラウディアさんのことは気にせず店の中にミシュリナさんが入ると中から女性の声が出迎えてくれた。
俺たちも店の中に入る。
店内はカウンター席とテーブル席に分かれており、40人ほどが店に入れるようになっていた。
「今日はどうしたんだい? 噂で聞いたんだけど、随分と国が騒がしくなっているみたいじゃないかい」
一応、国の一大事にも関わらず女性――女将さんはカウンターに立って他人事のように笑っている。
「うん、そうなんだ」
「その対策で聖女様は出掛けているって聞いていたけど、後ろにいるクラウディア様以外の人たちが関係しているんだね」
「うん……」
女将さんが目敏くクラウディアさんと一緒にいた俺たちに気付いた。
この状況で聖女と一緒に行動している者が一般人なはずがない。
「分かった。奥の席を用意するから待ってな」
「ありがとう」
店の奥へ姿を消した女将さん。
1分ほど店の入口で待っていると女将さんが店の奥から姿を現した。
「いいよ」
「ありがとう」
女将さんに対して砕けた口調のミシュリナさんがお礼を言う。
そこには聖女の姿はなく、普通の女の子にしか見えない。
「料理はどうする?」
「お任せにするよ」
「あいよ」
女将さんがカウンターに消えるのを確認してから用意してくれた奥にある個室に入る。
「この部屋は完全防音が施されているからどんな話をしても聞かれることはありません」
聖女らしい雰囲気に戻ったミシュリナさんが席に座りながら教えてくれる。
「どうして街中にある普通の飲食店にそんな部屋が……」
「本来は、国の重鎮などが公にはする事のできない密会を行う為に用意した店で、女将さんも現役を引退した密偵だったのですが、店の存在を知ったミシュリナ様が勝手に訪れて気に入ってしまったのです」
気付いた時には手遅れだった。
最初に訪れた時は、聖女である事も隠し身分を偽って料理を楽しんでいたため女将さんも気付かずに聖女を常連にしてしまった。
「いいではないですか。私がこの部屋を使うのも誰かに聞かれる訳にはいかない話をする時のみ。迷宮主である事を知られる訳にはいかなかったグロリオ様みたいな方と一緒の時しか使わせてもらっていません」
リオも使っていたなら個室の信用は問題なさそうだ。
念の為メリッサに目配せをする。俺の意図をすぐに汲んでくれたので個室全体を結界で覆って音や気配が外に伝わらないようにした。
「そこまでしなくても……」
ミシュリナさんは何をしたのか瞬時に理解したらしく眉を顰めていた。
だが、こちらでも何かをしなければ安心できない。