第7話 虎人Sランク冒険者
「ちょっといいか?」
「どうしました、若様?」
俺たちパーティメンバーとミシュリナさんを連れたギルバートさんがある冒険者の元へ俺たちを案内した。
その人物は冒険者の指揮を執ることになっているSランク冒険者。
実力者だという事は一目見て分かったのだが、それ以上に気になった部分がその冒険者にはあった。
「虎人族だ……」
顔の横に付いた耳の他に頭の上から虎の耳が出ていた。
他にも人族よりも濃い毛に頬から伸びた細い髭、体長が2メートル近くあり体格もガッシリとしているといった特徴があった。
初めて見た。
王国では人族以外の姿はあまり見かける事がなく、帝国では様々な人種の姿を見る事ができたのだが、基本的に短期間の滞在しかしていないのでじっくりと人の姿を観察している暇がなかった。
なので、こうして虎人族を見るのは初めてだった。
だが、今重要なのは相手がSランク冒険者だという事だ。
実務的な指揮はギルバートさんが執ることになっているのだが、現場でも指揮を執る為の人物が必要になる。
そういう事でイシュガリア公国唯一のSランク冒険者に白羽の矢が立った。
「少し作戦に変更があったから報告だ」
最終的な決定権はギルバートさんにある。
だが、現場での行動は冒険者の方が慣れているため彼にも承諾を得る必要があった。
作戦の変更――南側から押し寄せる軍勢に対処した後、南東側から押し寄せる軍勢にも対処する予定だったが、急遽参加することになった俺たちに南東側の軍勢を任せることになった。
その事を伝えるとSランク冒険者の表情が歪む。
「いくら若様の頼みでも実力も分からない奴に任せるなんて真似は承諾できませんね」
それはそうだ。俺だって逆の立場なら反対している。
実力があっても……実力がある人物だからこそ無謀な作戦を任せて失敗して犠牲になった時点で後に自分たちがさらに苦労させられる羽目になる。
「そいつらに実績でもあれば問題ないんだがな」
「実績、ね」
「それもただの実績じゃ駄目だ。数人で軍隊を相手にしても問題ないぐらいの実績じゃないとそんな無謀としか思えない作戦を任せる訳にはいかない」
「そんなもの……」
ギルバートさんが否定しようとする。
そんな実績は普通なら持っているはずがない。
そもそも軍隊を相手に個人で挑むなどという真似は普通の神経をしていれば絶対にしていない。
ところが、偶然にも持ってしまっている。
「春先に起こったメティス王国とグレンヴァルガ帝国の戦争については知っていますか?」
「ああ」
「なら、結末も知っていますよね」
たった数人の冒険者に軍隊が敗北した。
その後、王国侵攻に積極的だった貴族や重臣が新しく皇帝に就任した者に次々と粛清された事から結末については知られていた。
ただ、信用していない人物がほとんどだった。
それだけ個人で軍隊に挑むのが無謀だと思われていたからだ。
「おまえらが?」
虎人族の冒険者が俺たちを順に眺める。
女性ばかりのパーティに表情がさらに険しくなる。
「なに?」
最後にイリスを見たところで声が上がった。
その表情は意外なところで知り合いに会った事で驚いているようだ。
「知り合いか?」
「その……前にちょっと」
イリスは前にも依頼でイシュガリア公国を訪れていたことがあるらしい。
前――フィリップさんたちとパーティを組んでいた頃の話で、クラーシェルの商人がどうしてもイシュガリア公国へ赴かなければならず、護衛の冒険者を追加で雇おうとしていたところにたまたま手が空いており、商人とも知らない仲ではなかった彼女たちが引き受けることになった。
護衛そのものは問題なく終わったのだが、目的地である公国の首都の冒険者ギルドを訪れた時に現地の冒険者との間にトラブルがあったらしい。
トラブル……と言っても当時はAランク冒険者だった彼――スパイクから勝負を挑まれた。
護衛依頼の最中という事もあって自分から戦闘狂のような雰囲気のあった人物との勝負を引き受ける気にはなれず話を有耶無耶にして仕事を終えた商人と一緒にイシュガリア公国を後にしたらしい。
その後は会う機会もなかったので今まですっかりと忘れていたらしい。
「あなたがイシュガリア公国唯一のSランク冒険者?」
「なんだ、文句があるのか?」
「文句があるっていうよりも純粋に務まるのかどうかが疑問」
Sランク冒険者と認められる条件は国の専属冒険者になれるかどうか。
当然、国に仕える冒険者なのだから実力だけでなく国の中でも中枢にいる貴族や王族のような人物にも接しなければならない。
果たして、目の前にいる男にそんな芸当ができるのか。
「あの時は2年前の話だったけど、あまり変わっていないように見える」
「俺だって貴族の柵とかが面倒だったから引き受けたくなかったさ。俺は自由気ままに魔物を殴っている方が性に合っているからな」
その強さだけが認められてAランク冒険者まで上り詰めた。
元々の育ちがそれほど良くないので礼儀作法などは全く身に着いていないし、教えられても覚えるつもりがないのであまり身に着かない。
「俺は代理みたいなものだよ」
ちょうどイリスが出会った頃ぐらいまでは別の冒険者がイシュガリア公国唯一のSランク冒険者だった。
その冒険者は何十年も冒険者を続けて来た人物で貴族などの権力者相手にも対等に渡り合えるほどの交渉力と胆力を持った大ベテランだった。
そんな大ベテランでも……大ベテランだったからこそ老齢には敵わなかった。
「あの爺さん……その日までは健康そのものだったのに、ある日ぽっくりと逝っちまった」
突然のSランク冒険者の訃報。
さすがに国にSランク冒険者がいないのはマズいと判断した国の重鎮たちが強さだけを基準に公認を決めてしまった。
「その時、偶然だけど港町に現れたシーサーペントを倒した直後だったから国の連中の目に止まっちまったんだよ」
シーサーペントは細長く巨大な体を持つ海蛇型の魔物だ。
獰猛で何でも食べてしまい、硬い鱗を持つせいで討伐が困難な事から一般人だけでなく冒険者からも恐れられている魔物。
そんな魔物を単独で討伐した。
かなり目立ってしまったらしい。
「俺だって他に適任者がいればすぐにでも譲りたいぐらいだ」
だが、なかなかシーサーペント討伐以上にインパクトのある功績を残してくれる人物が現れない。
普段は口調が悪いし、戦闘好きな一面を持つスパイクだったが、必要性さえあればギルバートさんのような貴族を相手に敬語を使う事も可能だったのでギリギリではあったものの問題なくSランク冒険者として活動できていた。
ただ、本人の気質として長く続けたくなかった。
「俺が気になるのはお前の実力だ」
2年前に遭遇した時は自分と同じくらい強そうな少女がいたから勝負を挑んだ。
「どうにもあの時に比べると雰囲気が変わっているし、実力も付けているのは間違いなさそうだ」
それでも2年前に会った時の姿が頭の中にあるからこそ軍隊を相手にできるほどの実力を持っていると言われても信用できない。
こんな時に頼れるのは己の力のみ。
「少し手合わせしてくれ」
「……わたしはいいけど」
イリスの視線がギルバートさんと俺に向けられる。
対戦相手であるスパイクは次期大公であるギルバートさんに雇われているようなもの。現にスパイクはギルバートさんの事を『若様』と呼んでいた。摸擬戦とはいえ怪我をしてしまう可能性がある。
俺に対して尋ねてきたのは、どの程度までなら実力を発揮してもいいのか?
2年前に出会った時と今では『眷属』という決定的な違いがあるので実力差が出てしまうのは仕方ない。
実力を発揮すれば目立ってしまう。
しかし、今後の単独行動を得る為にも勝つだけでは不足だ。
圧倒的な実力を以て勝利するのが望ましい。
『怪我をさせない程度に全力でやれ』
『了解』
念話で指示を送るとイリスがスパイクの前に出る。
「いいわ」
「なら、2年前にはできなかった勝負をすることにしよう」
『おおっ』
暇を持て余していた冒険者から歓声が上がる。
イシュガリア公国最強の冒険者の模擬試合が見られる。
成り行きを見ていた冒険者は一気に盛り上がっていた。