第2話 宝石貴族の報酬
「討伐完了しました」
オットナーさんと一緒にガランドさんが待つ都市へと辿り着く。
向かう先は冒険者ギルドだ。
魔物の討伐を見届けたオットナーさんの指示によって既に討伐が完了した事はガランドさんの待つ都市へと届けられている。
討伐した魔物の引き渡しも行われるという事で冒険者ギルドに場所を借りていた。
「おい、あいつがあの蜘蛛を倒した連中だって」
「とても強そうには見えないな」
これも、いつもの恒例行事。
初めて行った場所では俺たちの実力が知られていないし、見た目の強さに見合わない功績を残してしまっているので不審に思われてしまうのも仕方ない。
まして、今回は領主の肝いり政策である開墾地に居座る魔物の討伐。
討伐を見届ける為に側近の一人が同行したが、騙されているのではないかと疑われている。
「ここに出せばいいですか?」
「頼むよ」
ガランドさんに頼まれて収納リングから蜘蛛の魔物を取り出す。
秘密の多い道具箱は人の多く集まる場所では使用することができないので、事前にスペースを確保して入れられるようにしておいた。
『おお……』
大きな蜘蛛の魔物の姿を見て歓声が上がる。
これ以上ないほどの証拠。
冒険者ギルドの中にいる人間の中には遠目から魔物の姿を確認した者もいるので誰もが厄介な魔物が討伐されたと納得していた。
「これは彼らが?」
オットナーさんに近寄ったガランドさんが小声で尋ねていた。
問題があったとしても周囲にいる人に聞かれないようにした配慮なのだろうが、俺たちのステータスの前では丸聞こえだった。
「それが……」
オットナーさんが言い難そうにしている。
そんな言い方をされてしまうと誤解されてしまう可能性があったが、長年の付き合いがある側近の言葉をガランドさんは待っていた。
「あっという間の出来事でした。殴って吹き飛ばされたと思えば、離れているにも関わらずいつの間にか抜いていた剣で魔物の体が真っ二つにされていました」
「そうか……」
素人目にはそんな風にしか見えないだろうな。
だが、それが全てなので仕方ない。
「ところで、討伐した魔物なんだけど……」
「お譲りしますよ」
持ち帰ったところで有効利用する方法を思い付かない。
さすがのシルビアも蜘蛛の肉だけは絶対に調理したくないらしいので肉の処分には困っていたところだ。
蜘蛛の魔物には他にも体内で精製される糸が色々と役立つので高値で取引される。
ただ、女性陣が絶対に解体もやりたくないと拒否するので俺一人でやる事になるのだが、そんな手間を掛けて糸を回収するぐらいなら多少買い叩かれたたとしても売り払った方が有意義だ。
そういう訳で冒険者ギルドへ売り渡す事になった。
「さて……」
ガランドさんが綺麗な箱を渡して来た。
受け取って中身を確認させてもらうと『神樹の実の欠片』の琥珀だった。
「本当にこんな物でいいのかい?」
「もちろん構いませんよ」
きっとガランドさんにとっては犠牲者も出した魔物の討伐。
当然、危険もあったので宝石一つで依頼を請け負って貰えたのが信じられないのだろう。
だが、俺たちにとっては琥珀の中にある物が大切だ。
「ありがとうございます」
琥珀を収納リングに入れる……フリをしながら【魔力変換】する。どれだけの魔力が手に入るのか想像するだけで楽しくなって我慢できなくなってしまった。
――よし!
欠片程度の大きさしかなかった。
それでも1億もの魔力が手に入った。
これだけあれば魔力にも余裕があるので迷宮の拡張にも手を出せる。
「君たちはこれからどうするんだい?」
「そろそろ帰らないと年末にも間に合いそうにないので故郷に帰ろうと思います」
グレンヴァルガ帝国の東にあるアメント領からメティス王国の辺境であるアリスターまでは、馬車などを利用して普通に移動した場合には半月以上の時間が必要になる。
しかも今は冬。予想外のトラブルや気候の崩れによって更に時間が掛かるかもしれない。
……それが一般的な見解。
ところが、【転移】が使える俺たちは一瞬でアリスターまで戻る事ができる。
それでも普通に移動した場合の移動時間を申告しておかなければ後で面倒事に巻き込まれる可能性もあった。
「そういう訳で換金などの手続きが全て終わったら故郷に帰ろうと思います」
「それは残念だ。今日は我が家に招いて晩餐会でも開こうと思っていたのだが」
その方がもっと面倒な事態になる。
貴族の晩餐会に冒険者が個人的に招かれる。
専属ではないが、何らかの繋がりが貴族と冒険者との間にあると自ら宣伝しているようなものだ。
引退後の生活として貴族との間に繋がりが欲しい冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しい報酬なのかもしれないが、アリスターから離れるつもりのない俺たちにとっては足枷にしかならない。
「そうか」
ガランドさんもなんとなく理解してくれていたのか引き下がってくれた。
最初からダメもとで提案しただけなのかもしれない。
冒険者ギルドの査定が終わった。
金貨3枚。
解体などの手間賃も差し引かれたうえでの金額なのでこんなものだろう。
それに今回のメインは成功報酬である『神樹の実の欠片』の方だ。それに比べれば金貨をいくら積まれたところで心は動かない。
「さて、帰るか」
この街でするべき事は全て終わった。
眷属を全員集めて街の外へと向かう。
街から出た訳でもないのに【転移】でアリスターへ戻ってしまうと手続きが面倒になってしまうし、人目がある場所では行えない。
なので人目に付かない街の外で【転移】する必要がある。
街の外へ向かう俺たちにガランドさんが付いて来る。
「わざわざ領主が見送りしていいんですか?」
「それだけ君たちに感謝しているという事だ。もしも、近くに立ち寄る事があった時には用事がなくても私の元を訪ねて欲しい」
用もなく領主を訪ねるなど簡単ではない。
どういう訳か知らないがガランドさんに気に入られてしまったので紐付きにしたいと思われているらしい。
「では……」
門が見えて来た。
別れの挨拶をして街を出ようとすると騒ぎが聞こえて来た。
「だから、通してって言っているでしょ!」
「お前みたいな冒険者がいるものか」
槍を手にした門番二人に街に入る事を止められた女性冒険者がいた。
女性冒険者には見覚えがあった。
それはガランドさんも同じで門番に止められている姿を見て表情がどんどん青くなって行っている。相手の冒険者以外の身分を考えれば不敬以外の何物でもない。
「とにかく通してよ!」
「お前が本当にAランク冒険者だと言うなら私たちなど簡単に薙ぎ倒して通れるはずだ」
「だから、今のあたしがそんな事をすると問題になるの」
皇帝の側室が街へ入りたいが為に門番を薙ぎ倒した。
理由があったにしても問題行動である事には変わりない。
「あ、マルス! それにシルビアたちも!」
向こう――ソニアも門に近付く俺たちに気付いた。
門番も近付く俺たち……と言うよりもガランドさんの存在に気付いた。
「これは一体何の騒ぎだい?」
「申し訳ありません。少女が街に入る為に身分証を提示したのですが、よく分からない物を提示したのです。その後、自分は冒険者だと言っているのですが、冒険者カードを置いて来たらしく持っていなかったのです」
「よく分からない物?」
「こちらです」
門番が預かって懐に入れていた身分証をガランドさんに見せる。
その雑な扱いにガランドさんの汗が止まらない。
「これは皇帝の許可した皇族だけが持つ事を許された身分証です」
「え……!?」
「彼女は次期皇帝の側室だよ。元は平民でも間違っても平民と同じような扱いをしてはいけない」
門番の表情もどんどん青くなる。
大きな都市とはいえ、帝都からかなり離れた街の門番では皇帝に認められた人だけが持つ事を許された身分証について知らなかった。
おまけにさっきまでの対応は明らかに皇族にしていい態度ではなかったのだろう。
「ああ、いいのいいの。こんな小さい体だから女性扱いされていない事には慣れているの」
あっけらかんとした調子で問題にはしない、と言うソニア。
気にしていないと言うよりも急いでいるのでそんな事を問題にして時間を使いたくないと言ったところだ。
「全員もう一度帝城に戻ってくれないかな? ちょっとしたトラブルがあってみんなの力を借りたいの」
「分かった」
迷宮眷属であるソニアがここまで慌てるのも珍しい。
俺たちがアメント伯爵領へ向かった事は伝えてあった。きっと問題が発生した後に全速力で駆け付けてくれたのだろう。
もしかしたら謎の迷宮主関係での問題かもしれない。
シルビアたちにも確認を取ってみたが反対されなかった。
走って街を出ると人気のなくなったところでソニアの【転移】で数日振りに帝都へ戻る。