第45話 オークション終了
俺の姿を見つけるとシルビアがペタペタと俺の体を触って怪我などの異常がないか確認している。
主の体調管理もメイドの仕事らしく、大丈夫だと言っても止めない。
イリスはイリスで迷宮魔法を使って遠隔から俺の体を探っている。
心配させてしまった事は確かなのでされるがままにしている。
やがて納得すると俺から離れてソファに座るよう促す。
ただし、二人とも俺にピッタリと張り付いて離れようとしない。
両隣に座って何があっても対応できるようにすると一緒に【壁抜け】で爆発から逃れていたアイラとメリッサが苦笑しながら傍に立つ。
「それで、何があったのか説明してくれないか?」
リオの口から俺がいなかった間の出来事を聞く。
シルビアやイリスに分かっているのは【地図】から得られたリオと弓士がどのように動いていたのかという情報のみ。
もっと正確な情報を得る為には、その場にいたリオと視界を共有できていたリオの眷属から説明を聞く必要があった。
「厄介だな……」
相手の強さを聞いて眉を顰めざるを得ない。
俺やリオなら周囲への影響を気にせず戦えば倒す事ができる。だが、シルビアたち眷属では犠牲なく倒すのは難しいかもしれない。
そんな風に感じさせるほどリオは苦戦していた。
「おまけに何か切り札を残していた」
廃屋を中心にスラムを吹き飛ばした矢の存在もある。
最後に見せた銅い色の矢は危険そうだ。
「正体不明の弓士。できる事なら関わり合いたくないところだが……」
今回、何度も邪魔をする事になってしまった俺を排除する為にノックまで利用して狙撃して来た。
リオまで迷宮主である事が知られた。
間違いなく関わり合いになる事になる。
「そっちは今のところ心配しても仕方ない」
今回ようやく女の姿が分かったところだ。
詳しい背景など何も分かっていない。
迷宮主としての勘だが、女は間違いなく迷宮眷属だ。背後に迷宮主がいるのは間違いなく、その迷宮主は女よりも何倍も強いステータスを持っているのは確実。
今のままでは俺やリオでも迷宮主に勝つのは難しい。
現状、正体不明の迷宮主と敵対してしまったというだけだ。
「対策しようにも敵の規模が分からない」
いつも通りに行動して可能ならレベルを上げる。
それぐらいしか思い付かない。
「奴らに関する対策はここまでだ」
暗い話はここまで。
手をパン、と叩いて空気を変える。
「頼んでおいた商品は落札できたか?」
ノックを尋問しに行く前にシルビアとイリスに落札するよう頼んでおいた商品がある。
懐に忍ばせる事ができる小さなナイフで、魔力を流す事によってサイズを自由自在に変える事ができ、最大で普通の剣と同等の大きさにまで変える事ができる。
事前にパーティー会場で【鑑定】も行っていたので効果に間違いはない。
他にも有用そうな魔法道具があれば落札するよう指示していた。
ところが、一つも落札できていなかった。
「ごめんなさい。オークションに参加しているところなどではなかったんです」
そう言われてしまうと仕方ない。
シルビアとイリスがオークションに参加できなかったのは、ノックを尋問している時の様子を共有していたからであり、その後消息不明になった俺を心配するあまりオークションの事が頭から消えていた。
爆発から逃れる為に【壁抜け】を使用したにしても、すぐに戻って来る事ができていれば無駄に心配させる事もなかった。
そうすれば直前に紹介されていたナイフも落札できたはずだ。
『――以上を持ってオークションを終了します』
最後の商品も落札が終了してしまったらしい。
「まあ、いいか」
尋問へ向かう前の段階でもかなりの商品を落札していた。
これまでに手に入れた商品を考えれば、かなりの利益を出す事に成功していた。
「気にするな」
すっかり忘れていて落ち込んでいる二人の頭を撫でる。
色々と頑張ってくれていたのは確かなので咎める気にはなれない。
「大丈夫か?」
「敵対する事になった奴らの事を考えるともう少し手に入れておきたかったところなんだけど……」
欲張ったところで既にオークションは終了してしまっている。
十分な利益は得られたのだから半月近くも留守にしているアリスターへそろそろ帰るべきだろう。
「実は明日にでも帰らないといけないんだ」
迷宮核の情報によれば昨日の深夜から雪が降り始めたおかげで今朝には雪が積もり始めていた。
辺境の冬と言えば、生きるのに厳しい冬に備えて体に魔力を溜め込んだ魔物の肉が美味しくなる時期だ。魔力を溜め込んでいる分だけ強力になるが、俺たちのステータスを考えれば狩りに必要な隠密性さえ問題なければ狩り放題だ。
「話には聞いた事があるけど、私は参加した事ないから楽しみ」
去年はまだいなかったイリスの為にも何か美味しい肉を狩りたいところだ。
「それは面白そうだな」
リオも元冒険者として参加したいのかウズウズしていた。
だが、残念ながら今のリオは年末に向けて色々と忙しいので帝城へ詰めていなければならない。
「ご愁傷様」
俺たちは帰って狩りに参加しなければならない。
勝負を仕掛けるなら雪が積もり始めた今日や明日、長くても5日ぐらいが限界となる。
だが、残念ながら今年の狩りは断念しなければならなかった。
「お忘れですか? ご主人様はガランド様……アメント伯爵の依頼を引き受けていましたよね」
……忘れていた。
ガランドさんから魔物討伐の依頼を引き受けていた。
報酬もこちらからお願いして神樹の実の欠片を譲ってもらえる事になっている。
自分から報酬まで指定しているうえ、相手は帝国の伯爵なので今さら断る訳にはいかない。
「こうなったら、さっさと討伐するぞ」
2、3日中に討伐する事ができれば狩りに間に合わせる事ができる。
「それは無理だ」
だが、そんな俺の思惑はリオによってバッサリと断ち切られる。
「お前ら、アメント伯爵領がどこにあるのか知っているのか?」
誰も知らない。
そもそもメティス王国民である俺たちはグレンヴァルガ帝国の地理には詳しくなかった。
色々と物知りなメリッサでもさすがに帝国内にある領まで詳しくなかった。
帝都へ来た時は、さすがは帝国の首都という事で街道にいくつもの案内看板が設置されていたから迷わずに辿り着けたに過ぎない。
「それに、この依頼はアメント伯爵が直々に持ち掛けた依頼だ」
依頼完了の確認もアメント伯爵、もしくは近しい者にしてもらわなければならない。
おまけに早馬でも出さなければアメント領にいる人に俺たちが依頼を引き受けた件が伝わらない。先行して討伐だけ終えるという手段も使えない。
「え、それじゃあ……」
「相手は伯爵。道中の護衛も兼ねて伯爵と一緒に行動して信頼のできる人物だと示す必要がある」
伯爵からの依頼を引き受けられるような実績のある冒険者なら同行するほどの必要はない。
だが、帝国内で依頼を引き受けた事のない俺たちでは実績がないために信用されていないので無害である事を示す必要がある。
「アメント伯爵領へは馬車で片道6日掛かる」
それは、貴族が途中の街に立ち寄って金を落としながら旅をした場合の時間だ。
場所を聞いて俺たちだけで先行していいなら頑張れば明日の夕方には着けるかもしれない。
「どうする?」
交渉して先行させてもらうべきか?
「いや、一緒に行くよ」
伯爵からの依頼を断るなどあり得ない。
狩りを諦めてでもアメント伯爵領へと向かう必要がある。
「いえ、任せてください」
シルビアが自信満々に胸を叩く。
「わたしたちの内、誰かがアリスターへ戻ればいいんです」
狩りの効率は落ちてしまうもののシルビアたち数名だけでアリスターへ戻り、狩りを済ませればいい。
いつの間にか誰が戻るかでじゃんけんをしている。
「そういうわけで狩りの方はお願い」
「こっちはこっちで護衛しておくから」
「任せて下さい」
「そっちも狩りの結果を楽しみにしていて」
じゃんけんの結果、メリッサとイリスが戻る事になった。
去年の狩りには参加していなかったイリスをメリッサがサポートする形になった。とはいえ狩りの成果については心配していない。素人に毛が生えた程度の技術しか持っていなかった俺たちと違って何年も冒険者として活動していたイリスならすぐに慣れてくれるはずだ。
ちなみにじゃんけんで負けた結果メリッサがイリスに付いて行く事になった。
「全員で戻ってもいいんだぞ」
戻った眷属を呼び寄せる必要がある以上、俺だけは必ずガランドさんに付いて行かなければならない。
だが、眷属の4人は俺の傍へいつでも喚び寄せる事ができる。
「何を言っているのですか!? 現在は私たちよりも強く、危険な相手に狙われている状況です」
メリッサたちの中では俺の護衛を優先しなければならない。
そのため現在の状況も考えずに不用意な発言をしてしまった俺を怒っていた。
「分かったから……どうせ2カ月後にはまた来る事になるから滞在し続けるのも手だな」
その頃にはカトレアさんも出産予定日を迎える。
一介の冒険者にしか過ぎない俺たちでは未来の皇帝陛下に会う事はできないはずだったが、色々な縁ができてしまっているのでカトレアさん自身がシルビアに見せたいと言っているので生まれたら会いに行く事になっていた。
とはいえ、まずはアメント伯爵領での依頼を終えてからだ。