第44話 血鮮転移陣
「よく無事だったな」
矢の爆発から逃れると戦闘が行われている場所へと真っ先に駆け付ける。
リオからもらった地図が残されたままなので、リオの現在位置はすぐに分かり、誰かと戦っているのも確認できた。
駆け付けるとリオが戦っている相手の姿も確認できた。
女が弓を持っている。
間違いなく、あの女が俺を襲った相手だ。
すぐに魔力を手中で練り上げ放つ。
迷宮主特有の膨大な魔力に呑み込まれて吹き飛ばされた女。
時間的余裕もなかったので、ただ魔力をぶつけただけの攻撃。
「私も気になるところ」
吹き飛ばされて地面に倒れていた女が起き上がる。
倒れる事にはなったものの怪我はしていないようだ。
「どうして金の矢を受けて無事だったのか知りたい」
『ご主人様!』
『マルス』
心配を掛けてしまったらしくシルビアとイリスからも声が掛けられる。
一言だけ詫びると何があったのか説明する。
「たしかにあの廃屋にいたままなら俺も含めて全員が助からなかった。だから擦り抜けさせてもらった」
目の前まで迫っていた爆発。
似たような光景を見た覚えがあった。
咄嗟に俺が思い出したのが、いつぞやしていたシルビアとアイラ、メリッサがしていた喧嘩の最中の出来事。メリッサの放った魔法から逃れる為にシルビアが【壁抜け】で時間を擦り抜けていた。
その光景を思い出した瞬間、アイラの体を抱き寄せてメリッサとノックの体を掴むと【壁抜け】を発動させる。
結果、気が付けば今から1分ほど前にいた。
その時にはスラムは崩壊していたが、爆発は治まっていた。
「爆発から何分経った?」
太陽の位置。リオの消耗具合からそれほど時間は経っていないと予想される。
「あれから10分ぐらいだ」
「……これから練習しておいた方がいいな」
それだけの時間シルビアたちを心配させていた事になる。
狙い通りの時間に出て来られるよう練習しておいた方がいいかもしれない。
「そっちの質問には答えたんだ。こっちの質問にも答えてもらおうか」
「なに?」
「今、俺の攻撃を防いだ物は何だ?」
魔力が叩き付けられる直前、女が投げた瓶のような物が割れていた。
立ち上がった女にはダメージらしいダメージがない。
あの状況で投げられた瓶が関係していると思われる。
「素直に言うと思う?」
女の言う事はもっともで俺が質問に答えたからと言って女まで俺の質問に答える理由はない。
『さっきのは「真紅の身代わり」。特殊な魔法陣を打刻した容器の中に使用者の血を入れておく。その血を持つ人物が次に受けるダメージをなんであれ無効化してしまう強力な魔法道具だよ』
俺の視界を通して彼女が使用した物を見ていた迷宮核が教えてくれる。
『今回は素直に教えてくれるんだな?』
迷宮核はこちらから聞かなければ滅多に自分から答えを言ってくれたりしない。
俺から尋ねた場合でも考える事が俺の為になると思えば答えは言わずに待ってくれる。
『悪いけど、今の君以上に僕は状況に詳しいよ』
シルビアたちを通して状況を見ていたおかげで俺よりも敵について把握している。
『気を付けて、彼女は本当に危険だ。出し惜しみや訓練なんて言っていると本当に大切な者を失ってしまうかもしれない』
「ああ」
俺の攻撃を受けても無事だった理由が分かった。
貴重な魔法道具を使う事で俺の攻撃から逃れていた。
彼女にとって俺の攻撃は危険だったらしい。
「おい、起きろ」
気絶していたノックを揺らして起こす。
どうしても必要だったので俺だけ先行して担いでここまで運んで来たが、途中で速度に付いて行けず気絶してしまっていた。
「あ、ああ……」
回復魔法まで使ってようやくノックの意識が醒める。
覚醒した直後は、記憶の最後にあった爆発を思い出して狼狽えていたが、煩かったので一発殴ると自分が生きている状況を認識して大人しくなる。
「状況は分かったな」
「ああ」
「じゃあ、お前に魔法道具を渡したり、盗品の売買をしてくれたりしていた人物はあの女で間違いないか?」
ノックが頷く。
これで女が敵である事だけは確実となった。
「アイラ!」
追い付いて近くで待機していたアイラを呼ぶとノックを任せる。
詳しい事情まで把握している時間がないので剣を抜きながら女の右側に立つ。
さっきまで戦っていたリオも同じように女の左側に立つ。
二人で逃げられないよう取り囲む。
油断はしない。
「おい、なんだこの『鑑定不能(UNKNOWN)』って」
「後で説明する」
今は油断ならないステータスだと分かっていればいい。
「迷宮主が二人……正攻法では逃げられそうにない」
既に迷宮関係者だという事を隠すつもりがないのか俺とリオの事を迷宮主だと言いながら懐から紅く透き通った水晶を取り出す。
『……それを今すぐに回収して!』
いつになく慌てた様子の迷宮核。
理由を問う暇すらなさそうなので駆け出すと掲げられた水晶へと手を伸ばす。
「遅い」
水晶を地面に叩き付けると砕け散り、中から血のように真っ赤な塗料のような物が流れ出て来て女の足元に魔法陣を描く。
円形の魔法陣に守られた女。
魔法陣の外縁部に俺の手が触れた瞬間、後ろへ大きく弾き飛ばされてしまった。
「今のは?」
『血鮮転移陣』
迷宮核の説明によれば先ほどの『真紅の身代わり』と同様に血を封じ込めた魔法道具で封じ込められた血を持つ者を予め設定しておいた場所へと転移させる効果を持っている。
この魔法道具が持つ力は【迷宮結界】よりも強く、帝都からの脱出が可能である事を意味していた。
「できれば、これは使いたくなかった」
結界内が光に包まれ、光が収まると女の姿がなくなっていた。
「チッ、逃げられたか」
地図で状況を確認したリオが舌打ちする。
女の反応は少なくとも帝都内のどこにもなかった。
「こんな魔法道具があったんだな」
「向こうは俺たちの【鑑定】から逃れる術も持っていた。侮れない相手だと思っておいた方がいい」
俺もリオも既に彼女と彼女の背後にいる存在と敵対してしまっている。
いずれは対処しなければならない。
「ただし、すぐに使わなかったのはリスクがあったからなんだな」
女の姿はなくなっていたが、代わりに女が立っていた場所には地面の上に残されている物があった。
弓と女物の衣服。
持ち上げてみると衣服が生温かった。
しかも、衣服を持ち上げた時に中から女物の下着まで落ちて来た。
「転移できるのは本人だけかよ」
おそらく迷宮の最下層、もしくは地上のどこかにある拠点と思われる転移先には裸になった女。
別に裸になるのが嫌だった訳ではなく、武器である弓まで置いて行かなければならなかったのが嫌だった。
女物の衣服を俺が回収するのは躊躇われたのでメリッサに渡す。
「ほれ」
「いいのか?」
弓を回収するとリオに投げ渡す。
彼女と戦っていたのはリオだ。俺たちも襲われて被害を被ったが、リオほど苦労していた訳でもないし、戦場となった倉庫街の復旧に魔力があった方がいい。
リオには必要な物だった。
「助かる」
もちろん弓として使う訳ではない。
強力な効果を秘めていると思われる弓を【魔力変換】すると迷宮の糧にする。
「……少ないな」
得られた魔力は予想に反して少なかったらしい。
理由は、魔法効果によって異常なまでに頑丈になっているだけの弓で特殊な魔法効果は持っていないせいらしい。
「ということは、あの矢は弓の効果じゃなかったのか」
俺は目にしていなかったが、女は特殊な矢を何種類も生み出して攻撃して来た。
弓に特殊な矢を生み出す効果がなかった以上、矢を生み出していた力は女のスキルによるものだと予想できる。
「まあ、いい」
装備品を持ち込めない以上『血鮮転移陣』による帝都への強襲は脅威に感じる必要がない。
それよりも今は倉庫街をどうにかする方が優先だ。
今は避難誘導のおかげで人が集まっていないが、このまま放置すると倉庫街の惨状が目立つ事になる。
仕方なく応急処置として魔力を消費して新たな倉庫を用意する。
「迷宮ってこんな物まで用意できるんだな」
俺の迷宮は街中にないせいで住宅などを造れる必要性がなかった。せいぜい迷宮内に別荘を造れるぐらいの機能にしか考えていなかった。
「とは言え外側だけだ。内側に関しては何が入っていたのか知らない以上どうにもできない」
その辺りは皇帝として持ち主に補償するしかない。
「それで、こいつはどうするの?」
ノックを抱えたアイラが駆け寄って来る。
どうするも何もノックの処遇は俺たちには関係ない。
「そいつは俺が預かる」
「なっ……!」
皇帝の面子を潰した犯罪者が皇帝に引き渡される。
それが意味している事をスラム育ちの考え無しなノックでも分かった。
「お前は極刑以外にはあり得ない」
リオの宣告にノックが逃げようとするが、今となっては何の力も持たない彼では逃れる事ができない。
やがて力尽きたのか諦める。
「こいつの事は俺に任せろ。急いで戻るぞ」
「頼む」
リオの【転移】でVIPルームへ一瞬で戻る。
俺の安否を心配してあたふたしているシルビアとイリスに迎えられた。彼女たちをこれ以上不安にさせる訳にもいかなかったので顔を見せる必要があった。
鑑定不能弓士との戦闘報酬
・女物の衣服