第39話 引き摺られる意識
強制的に【憑依】を解除されたせいで元の体へと引き寄せられる意識。
「クソッ!」
体がないせいでできないが、舌打ちしたい気分にさせられる。
ゴンの【変身】で誰に気付かれる事もなくオークション会場に潜入し、大金で売れる商品を盗み出す事に成功したところまではよかった。
しかし、逃走する段階になってオレの計画を何度も邪魔してくれた奴らが逃走を阻んだ。
誰にも見えない気体に変身していたとはいえ、何らかの理由によって気付かれる可能性があったから人気のない倉庫にあった通風孔から外へ出ようとしたらオレの【変身】が解除された。
スキルを強制的に無効化する結界だ。
パーティー会場でゴンが苦戦させられていたのを見ていたから知っている。
咄嗟に離れたから【憑依】まで解除されるような事にはならなかったが、無理矢理通ろうとすれば【憑依】まで解除される。
それだけは絶対に避けなくてはならなかった。
盗んだ商品を外にいるオレの下まで届けなければ成功とは言えない。
倉庫を離れて結界に気を付けながらオークション会場を進む。行き先は、人気のない外だ。そこなら人がいても不審に思われる程度で済む。そうして稼いだ時間の間に再び遠くまで逃走できる物へと変身する。
だが、外まで出て出口に近い場所へ移動しようとしたところで三度邪魔してくれた奴らが現れた。
しかも塞いでいる女の一人は、オレがどこにいるのか正確に分かっているみたいだった。
逃げられないと判断し、怪盗らしくないとは思いつつも『最強の生物』へと変身してその場を切り抜けようとした。
戦うものの敗れてしまったオレは元の体へと戻されていた。
「貴族連中に高く売れるはずだった商品なのに……!」
怪盗として忍び込む為に情報を集めている内にライディヒアの葉と言われる薬草が帝国貴族の間では高値で取引される事を知った。
稼いだ金を元手に新しく商売を始めるつもりだった。
真っ当な商売だ。
小さな商売でも始めるには金がいる。
スラムでその日を生きる事にも苦労していたオレにはそんな金を用意するのも難しかった。
「まあ、いい。これまでに稼いだ金もある」
怪盗として活躍する為には【壁抜け】や様々な魔法道具との相性がよかったボンの協力、ボンをサポートする為の要員としてゴンの存在は必要不可欠だった。
あの二人はオレが吹き込んだ嘘を信じて自分たちが本当に正しい事をしているんだって疑っていなかった。少しでも疑念を持たせないようにする為に手に入れた財宝を売って得た金の大半は義賊として貧しい人間にばら撒いた。もちろん二人に伝えていた金額はオレがピンハネした後の金額だ。
あれだけの金があれば小さいながらも店を始める事ができる。
本当なら今回の稼ぎを全て手にしてもっと大規模な店から始めたかったが、こんな状況になっては贅沢を言っていられない。
「まずは帝都から離れないと」
オレ本人の顔は知られていないとはいえ、オレみたいな存在がいる事は既に知られてしまっている。
商売を始めるにしても他の街に移動してからだ。
「……ん?」
逃げようと体を動かすが前へ進まない。
この体はオレの体ではない。
昨日の出来事があったからダミーになる体、さらに【憑依】には限界距離があったから中継用の体となる物をいくつか置いていた。
今、戻ったのは帝城から逃げ出す為に憑依した見張りの体だ。
中継に利用した体はオレの意思で気絶したままにできるので誰にも見つからないようゴンに憑依した後で路地裏に隠しておいた。
使い慣れていないうえに少しの間とはいえ、動かしていなかったせいで体が動かなくなってしまったのではないと思った。
「な、なに……!?」
だが、事はそこまで単純ではなかった。
前へ進まないどころか後ろへ進んでいる。
しかも後ろへ引き摺られるオレの目には置き去りにされる見張りの体が見える。
「ま、まさか……!」
ある可能性に思い当り恐ろしくなる。
後ろへ引き摺られる先には帝城がある。そこには帝城の地下牢へ忍び込む為に置き去りにして来た軍人の体があるはずだ。
「オレの【憑依】がずっと無効化されているのか!?」
だから前の体に意識が留まる事ができない。
さすがに自分の本体へ一気に戻るのは危険だと判断して夜まではこれまでに憑依した体のどれかで過ごすつもりでいた。
それができず強制的に引き摺られている。
「ク、クソッ!」
オレの意識が帝城内にある死体安置所に数秒だけ留まる。
地下牢の前に置き去りにした体がそのままなはずがなく、死体安置所へと移されていたようだ。
その景色もすぐに変わり、帝都の中を移動していく。
「このままだとマズい!」
あいつらにはどういう訳かオレの意識を追う事ができる。
このままだと追跡ができるあいつらをオレの本体まで案内してしまう事になる。
どうにかして回避しなくてはならないと思うものの意識だけのオレにできる事は何もなく、ただ引き摺られて行くだけだ。
☆ ☆ ☆
帝都の中を移動する最後の怪盗の意識。
その様子を俺たちはVIPルームのソファに座ってのんびりと地図を見て確認していた。
帝都内を縦横無尽に飛び回る意識。オークション会場近くの地図だけでは不足して追跡できなかったのでリオに頼んで帝都内全域の地図を用意してもらった。
さすがに帝都の精密な地図は機密情報なので、この地図の情報は後できちんと俺たちの中から消去する予定だ。
「一体、どれだけの体を中継していたんだよ」
化け物を退治してから既に1時間。
いくつもの体をダミーと中継に使用していたせいで、なかなか本体に辿り着けずにいた。
「もう、そろそろいい」
下から声が聞こえる。
膝の上には魔力を使い果たして疲れ切ったイリスが寝ていた。
ここまで運んだシルビアの提案により俺の膝枕で休憩させることになった。
部屋に運び込まれた時には意識を失っていたイリスだったが、数分後には意識を覚醒させると自分の状況を確認して恥ずかしさのあまり慌てて起き上がろうとしたが、魔力不足からふらついてしまった。
結局、1時間が経過した今でも俺の膝で寝ている。
「ダメだ。今回の功労者なんだから魔力が回復するまでは寝ていろ」
「魔力不足が問題なら回復薬を飲むから」
回復薬は体力や魔力を回復させてくれる便利な代物だが、あまりに多用すると効果が弱くなるという欠点があった。
緊急時ならばともかく自然回復させられる余裕がある時は頼るべきではない。
「ただいま」
アイラが部屋に戻って来た。
彼女には、化け物と戦っている間に俺が落札した商品を受け取りに行ってもらっていた。
「はい、これ」
俺が落札したのは時計。
ただの時計ではなく、状態保存の魔法が掛けられているうえに魔法効果によって正しい時刻を寸分狂う事無く刻み続ける時計だった。
「ふぅ……」
化け物との戦いが終わってから慌ただしく動いていたリオも戻って来る。
「ご苦労様」
「まったく迷惑な話だ」
リオが奔走していたのは化け物との戦闘による後始末。
シルビアたちが上手く立ち回ってくれたおかげで人的・物的被害は全くなかったが、多くの人に目撃されてしまったので事情説明などに奔走していた。
それに残された怪盗ゴンの処遇もある。
「奴の【変身】が強化されていた理由が分かった」
意識を失って倒れていた体を検査したところ体内から危険な薬物の反応があったとの事だ。
「オーバーブースト――服用者の命を劇的に縮める代わりにスキルの効果を驚異的なまでに高めてくれる取引の禁止指定を受けた秘薬だ。現在では必要な素材が失われた物だけど、稀に迷宮から出土してしまう事があるらしい」
帝都の迷宮ではない。
帝国には他にも迷宮があるので、そこにある宝箱から得る事ができるらしい。
「これで、ますます可能性が高くなったな」
怪盗にはどうしても確認しなければならない事があった。
捕獲したかったのは、リオに協力する為という理由もあったが、それ以上に確かめなければならない事が個人的にあったからだ。