第7話 誓約書
「そこまで言うなら俺が村長の依頼を受けてもいいぞ」
「なに?」
「もちろん条件があるけどな」
この条件を呑ませる為に色々と事前に動く必要があった。
収納リングから1枚の紙を取り出す。
村長たちが突然、物が現れるという現象に目を丸くして驚いていたが、そんなものは無視して紙に文字を書いていく。あらかじめ文面は考えていたのですぐに書き終わる。
文面は、依頼を受けるに当たっての契約内容だ。
契約内容の書かれた紙を村長たちに渡す。
「色々と書かれているけど、要約すると……
1.魔物討伐は俺一人で引き受ける
2.報酬は金貨10枚
3.契約を一方的に破棄した者は、報酬の100倍の金貨を相手に支払う
4.冒険者マルスとデイトン村を代表して村長が契約する
以上の4点だな」
「お前はふざけているのか? 約千匹の魔物を倒すには100人以上の冒険者が必要だと言ったばかりではないか? それを自分一人で引き受けるなど……」
「魔物相手なんてやり方次第でどうにでもなる」
「だが……」
村長の中にいる俺のイメージは3カ月前の村人のままなのだろう。
だから、事実を突き付けることにした。
「村長。あんたに残された選択肢は、魔物に村を滅ぼされるか、俺を雇って賭けるかの2択しか残されていないんだ。そうなれば、契約書をよく読んでサインするしかないだろ」
「……」
俺に言われて契約書を改めて読み始めた。
ようやく村長が契約書に書かれた第3の選択肢に気が付いた。
「お前が失敗した時には、どうなる?」
「そこに書かれているように金貨1000枚を支払おう」
成功報酬の金貨10枚の100倍――金貨1000枚。
その金額を聞いて村長が鼻で笑っていた。
「そんな金額が用意できるわけがない」
普通は、そう考える。
そんな金額を持っているのは貴族ぐらいである。冒険者になって少し稼いだぐらいで持てる金額ではない。
「はい」
収納リングから金貨を100枚取り出す。
初めて見る量の金貨に村長も兵士長も目を丸くして驚いていた。
「これは……」
「今すぐに用意できる金額は金貨100枚が精一杯だ。だけど、家に帰れば換金していない宝石とかがいくつかあるから金貨で数百枚にはなるはず。残りについては……伯爵様からまた借金してでも返すことにしよう」
「お、おお……」
金貨に目を晦ませた村長が手を伸ばしてきたので、隣に座るルーティさんへ渡す。
「これは、依頼を受けるにあたっての預託金です。もしも、俺が依頼に失敗した時には、まずこのお金を支払って下さい」
「分かりました。たしかにギルドでお預かりします」
ルーティさんに同席を頼んだ理由の一つがこれだ。
「これで、少なくとも金貨100枚が手に入ることは分かったはずだ」
「だが、残りの金額を支払わずに逃げる可能性だってあるはずだ」
金貨100枚でもかなりの金額なはずだが、村長は欲張って1000枚を手に入れたいらしい。そのため、俺が逃げることを危惧していた。
もちろんそこにも対策をしている。
それには、中立な立場にいるルーティさんが答えてくれた。
「それについては心配する必要ありません。この契約内容が書かれた紙は、誓約書と言って魔力と特殊な魔法が組み込まれた紙です。効力は簡単に言えば、契約書に書かれた契約内容を必ず遵守させるというものです。ですから、マルス君が魔物の討伐に失敗した際には呪いにも似た力によって強制的に金貨1000枚が徴収されることになっています」
冒険者の中にも誓約書を知っている人物がおり、彼らは別な意味でそんな物まで持ち出した俺に驚いていた。
「それにしてもよくこんな物を用意する気になれましたね。これは、効力は絶大ですが、費用が金貨10枚もするほど高価な代物ですよ」
既に製法が確立されているため金貨10枚を用意すれば王都で購入することができる。
しかし、王都まで行ったこともなければ、アリスターの街にはない誓約書を手に入れる為に俺は迷宮の力を利用した。ただし、これが非常に魔力を消費する。具体的には1つ用意するのに300万も消費した。さらにもう1つ必要になる計画なので、誓約書だけで600万も消費してしまったことになる。
「で、今の説明でも分かったと思うけど、俺が依頼に失敗した時には金貨1000枚が確実にあんたの物になる」
「そうか」
俺の言葉を受けて村長が真面目な顔で頷く。
しかし、正面から見ている俺はしっかりと村長の口元がにやけているのが分かった。
村長の魂胆は簡単だ。
魔物の数に対して、俺1人では絶対に成功するはずがないと考えており、手に入れた金貨1000枚を使って大都市にでも移住するつもりでいるのだろう。それだけの金額があれば商売でもなんでも始められる。
「それで、どうする?」
「仕方あるまい」
他に選択肢はない、とでも言いたげに契約書にサインする。
俺の名前は既に書かれているため、これで俺とデイトン村村長との間に契約が成立した。
「じゃ、出発は明日の朝。南門前に馬車を用意しておくけど、一緒に行くか?」
「ああ、そうさせてもらおう」
デイトン村までの道中も魔物が出ないとは限らない。
俺を同行させることで護衛もさせようという腹積もりなのだろう。
ま、その程度なら問題ない。
「ふん。逃げずに来ることだ」
村長と兵士長がギルドを後にして宿へと向かう。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
二人がいなくなると顔なじみとなったブレイズさんが話し掛けてくる。
「大丈夫って何がですか?」
「いや、金貨1000枚も払うような契約をしてしまって」
ブレイズさんの中では魔物の討伐は不可能だと考えているようだ。
「問題ありません。そもそも金貨1000枚も払うつもりはありませんし、何事もなければ金貨10枚を貰って終われるはずですから」
「お前の強さは少しばかり知っているつもりだが、ウォーウルフだけを相手にするのとは訳が違うんだぞ」
大丈夫です。と言おうとしたところで俺以外の人物が肯定してくれた。
「おそらく大丈夫でしょう」
ルーティさんが保証してくれた。
「マルス君の狙いがどこにあるのか私にはなんとなく分かりましたよ」
俺以外でギルドの中で一番村長の人となりを知ることができたルーティさんだからこそ、俺の狙いに気付けた。
「何か、問題がありますか?」
「いいえ、特にありませんね。ギルドはあくまで依頼主と冒険者を仲介する組織でしかありません。預託金を預かりはしましたが、こちらから何かを言うことはありません」
とりあえずギルドの許可を得ることはできた。
「なあ、お前は最初からこの依頼を1人で受けるつもりだったのか?」
Bランク冒険者の先輩が尋ねてきた。
状況を考えれば、それぐらいの答えには辿り着けるだろうな。
「もう既にお気付きかとは思いますが、ちょっと伯爵様にお願いして冒険者の方々を一時的に雇うようにお願いしました」
手付金として金貨を50枚ほど渡している。
そして、どのような計画を立てているのかも説明しているので、騎士を3人借り受けることも了承済みである。
「初めからあの村長たちにはお前に依頼するしかなかったっていうことか」
「そうですね」
村長たちとは違い、事前に動いていた俺は色々と根回しをしておいた。
森に大発生した魔物の数も『迷宮魔法:鷲使役』という動物の鷲を支配下に置くことができる迷宮魔法を使って常に監視させていた。
おかげで今朝の段階で970匹の魔物を倒すだけでいい、ということが分かっている。質の強い魔物もいるが、ほとんどがゴブリンのような雑魚ばかりである。
俺の方が圧倒的な量の情報を持っていることで、村長たちは手の平の上で面白いぐらい転がってくれた。
――ここまでは、計画通りだ。