第37話 怪盗捜索
後半はシルビア視点です。
「盗んだのは怪盗で間違いないのか?」
『分かりません』
メリッサらしくない歯切れの悪い答えが返って来た。
『この部屋へ運ばれている最中だった私たちの落札したライディヒアの葉以外にも行方の分からなくなった商品が複数存在しているようです』
そのせいで商品の受け渡し場所では落札したはずの貴族によってちょっとしたパニックが起こっているらしい。
このまま放置してしまうとリオの責任になってしまう。
とりあえず商品が盗まれないようにしなければならない。
「イリス、なるべく広めに【迷宮結界】を展開」
『うん』
自分を中心にイリスが【迷宮結界】を半径100メートルで展開させる。
展開された【迷宮結界】にはスキルの効果を無効化させる力が【変身】スキルを使用して忍び込み、逃げて結界に触れた時には変身が解除されるようになる。
「……いた」
10秒後、地図には何もなかったはずの場所にライディヒアの葉の反応が現れる。
マリーさんによると、そこは予備に使われていた倉庫で、昨日のオークションでは大きな鎧などもあったため使われていたが、今日は予備の倉庫を使用するほど大きさはないので誰も使っていないはずらしい。
間違いなく人気のない場所を移動して逃走しようとしていた怪盗が引っ掛かった。
だが、倉庫から出ることなく反応が消えた。
「……どういう事だ?」
「方法は分からないが、俺たちの地図から逃れる方法を見つけたらしい」
リオたちも方法については首を傾げている。
だが、結界内にライディヒアの葉を盗んだ何者かがいるのは確かになった。
状況を考えれば帝城の地下牢から脱獄した怪盗の可能性が一番高い。
「……イリス、わたしをそっちに喚んで」
状況を見ていたシルビアがボソッと呟いた。
その声に悪寒を感じて振り向くと、その表情が凍り付いたように無表情になっていた。
「ど、どうしたのシルビア?」
シルビアの表情を見たカトレアさんが恐る恐る尋ねる。
「犯人の正体は、まだ正確には分かっていませんがわたしたちにとって必要な商品を盗んだことには変わりありません。わたしたちの手で捕まえて来ます」
『分かった』
了承するイリスの声が聞こえるとシルビアの姿がフッと消える。
自分の傍に【眷属召喚】で喚んだイリスの下へと向かった。
「あいつ、一応俺の護衛なんだけどな……」
一人、VIPルームに取り残されることとなった俺。
とはいえ、追いかけるような真似はしない。ソファに座りながら午後から出品されることになるオークションの商品を確認する。パーティーの時に落札するべきだと確認した魔法道具は他にもたくさんある。
彼女たちのやりたいように行動させる。
「いいのか?」
「俺の護衛に関しては問題ない。この部屋にいればシルビア一人ぐらいいなくても問題ないだろう。ただ、問題なのはお茶を淹れてくれる人物がいなくなったことだな」
「それぐらいなら私がやります」
貴族令嬢らしい優雅な所作でシルビアの置いて行ったティーセットを使ってお茶を淹れて行くカトレアさん。詐欺師はマリーでは?お茶淹れてるのは誰?詐欺師として活動していた彼女は、色々な技能に精通していた。
「こっちはこっちで忙しいから怪盗の方は彼女たちに任せることにしよう」
「俺たちの方も地図の提供みたいなバレない方法での手助けぐらいならしても問題ないんだろうけど、さすがに捕獲にまで手を貸すと煩く言って来る貴族連中がいるから任せるしかないな」
帝国貴族の中には未だにリオが『元冒険者の成り上がり』という理由で表立ってはしないものの非難してくる連中がいる。
そういった非難を避ける為にも俺たちの協力は必要不可欠だった。
☆ ☆ ☆
「状況は?」
目の前の景色が一瞬で変わり、豪華なVIPルームから人のいない廊下へと早変わりする。
いつもなら急に変わった視界に目を慣れさせるのに少し時間が掛かるのに頭に血が昇っているせいか、そんな事は全然気にならなかった。
それよりもメリッサに状況を確認する方が先だ。
「現在、怪盗は倉庫を出て廊下を移動中です」
メリッサの中では既にライディヒアの葉を盗んだ犯人はこの間の怪盗だと確定しているみたい。
地図を見てみてもそれらしい反応はない。
アイラとイリスにも目を向けてみるけど、首を振っていた。彼女たちには見つけられていないみたい。
「行きます」
迷いなくメリッサが歩いて行く。
彼女のもようやく手に入れることができたライディヒアの葉を盗まれたとあって怒っているみたい。
「どうやって見つけたの?」
「まず、怪盗が変身している物ですけど『ガス』です」
「ガス?」
いくら強力なスキルである【変身】とはいえ、人間が気体に化けられるのだろうか?
帝城で捕まえようとしていた時もネズミや他の人間に変身して逃走しようとしていた。もしも、気体に変身することができるなら最初から気体に変身して逃走していた方が確実なような気がする。
「今になって気体へ変身することができるようになったのか、それとも何か事情があってあの時は変身できなかったのかは分かりません。それでも、今はガスになっている事は間違いありません」
歩いていたメリッサがオークション会場を出る。
どこに怪盗がいるのか分からなかったから【迷宮結界】をかなり広めに展開させていたから一部は外にまで広がっていた。
「……いる」
わたしの勘が告げている。
目の前の何もないはずの空間に何かがある……いる。
「どうやら向こうも結界の存在は感知できるらしく、外に出る事ができずにオークション会場からとりあえず出たものの右往左往しているようです」
「……!」
動揺する気配が伝わって来る。
わたしには怪盗の正確な位置は分からないけど、メリッサには相手の正確な位置が分かっているみたい。
「まず、私が注目したのはライディヒアの葉の反応が全く見えなくなった事です」
変身して懐に忍ばせているだけなら反応が消えることはない。
それは、パーティー会場でも確認しているから間違いない。
けど、今日は盗まれたライディヒアの葉の反応が消え、変身が解除されたと思しき瞬間に反応が復活していた。
数秒後には、反応が消えていた事からメリッサはある可能性を考えた。
「盗んだ商品も含めて変身することができるようになった」
何らかの方法でスキルが強化されている。
その事実に気付いたメリッサはすぐに変身できる対象が『生物』や『個体』である可能性を捨てた。
そのうえで誰にも見つかることなく盗める存在。
「目に映る事のない気体。それが変身した姿です」
「よく、そんな物の居場所が分かったわね」
「簡単です。半径100メートル以内に魔法で作り出した風を流しました」
その結果、普通とは違う気体が一か所に漂っていたらしい。
メリッサが手を掲げると風が渦巻くように集まって行く。
「今からそこに風を撃ち込みます。気体の状態でどれほどの効果があるのか分かりませんが、無事では済まされないのでは?」
メリッサとしてはあまり撃ち込みたくない。
怪盗を捕獲したい身としては万が一の場合に死なせてしまうような事があっては困ってしまうからだ。
「……いいだろう」
何もない場所から声が聞こえる。
次の瞬間、メリッサが手を向けていた場所に男が現れる。
「これは予想外」
姿を現した怪盗に思わず眉を顰めてしまう。
少し前まで捕らわれており何も持っていないように見えるとはいえ、怪盗がわたしたちの把握していない魔法道具を所持していないか確認する為に【鑑定】を使用してみたところ怪盗本人に反応があった。
理由も簡単。
鑑定して得た名前の後ろには【憑依中】とあった。
「憑依した状態だから、この前よりも強いスキルを使えた?」
予想を口にしてみるけど、何か違うような気がする。
「私たちの落札したライディヒアの葉を返して貰いましょうか」
「そういう訳にはいかない。この葉は帝国貴族連中に高く売ることができる」
たしかにオークションの様子を見る限り、高値で売れるのは間違いない。
高値でライディヒアの葉を売る事が目的らしく、他の商品はついでで盗んだらしい。
「悪いが、貴様らがいると逃げられそうもないから潰させてもらう」
怪盗の体が盛り上がり、魔物とも違う見た事のない化け物へと変わる。