第33話 秘薬の素材
メリッサ視点です
オークション会場の中でも下級貴族が利用する席。
事前にカトレアさんとマリーさんには相談していましたので、彼女たちの権限を使って席を確保する事に成功しました。
本来、オークション会場には、主催者である帝国から招待された有力な貴族や大商人でなければ入る事ができません。
特権を利用した私たちはすんなりと入る事ができました。
「ねぇ、あたしたちが競り落とす商品はいつになったら出てくるの」
今も競りが行われているのですが、必要な物でもないので退屈していたアイラさんが訊ねて来ます。
私の隣にはアイラさんとイリスさんがおり、イリスさんは貴族令嬢が座っているので邪な目線を向けて来る相手を執事として警戒しています。アイラさんも同様に警戒しなければならないのですが、飽きてしまったみたいです。
私たちの実力ならオークション会場にいる全員が敵になってもどうにかできるので警戒する必要もない、というのもいけません。
「ライディヒアの葉が出てくるのは次です」
オークションのリストを確認します。
今、ステージで競り落とされようとしているのは秘薬として有名な薬です。さすがに神酒ほどの効果はありませんが、長寿の秘訣とされる薬です。
通常の鑑定でも健康になれると現れていると司会者が言っていました。
けれども、私たちにとってはその程度の効果しかない秘薬。
その程度の効果なら迷宮の力を使って自分たちで用意した方が楽ですし、回復魔法で対処が可能です。
それでも、貴族たちにとっては喉から手が出るほど欲しい品物。
権力と金を手に入れた者が次に手を出す物が健康。
少しでも今の栄華を味わっていたいと長く生きられる術を求める。
結果、大金を払ってでも健康を手に入れようとしています。
「本当にあの薬が手に入るの?」
アイラさんがソワソワした様子で訊ねて来ます。
一番興味がないフリをしながらもライディヒアの葉を素材にした秘薬を欲しそうにしているのがアイラさんですから仕方ないとも言えます。
「はい、ライディヒアの葉があれば薬を完成させる事ができます」
これまでにこっそりと隠れて採取して来た素材。
主に知られてしまうと絶対に反対されてしまうので隠れて採取しなければなりませんでした。
「前に聞いた時は素材が手に入らないとか言っていなかった?」
「アリスターでは手に入らないです」
まずは、ブラッドブライトリーフ。
体を活性化させてくれる薬草で、薬の効果にも順応させてくれる効果があるので服用するなら絶対に必要な薬草です。
これはエルフの里にあったので調合について教えてくれたマリウスさんから分けて貰う事ができたので他の素材に比べて比較的簡単に手に入る事ができました。
次に手に入れたのが海晶石。
蒼く輝く小さな石で、文献で調べた内容によると陸からかなり離れた海底で精製される石らしく、偶に運良く陸地の方まで流れて来る事があるらしいので、それを入手するしかないので非常に希少な物とされていました。
海が相手では私も諦めるしかないと思っていたのですが、幸いにも巨大海魔討伐の為に訪れたサボナの近くに海を想定した迷宮があり、入口近くに海晶石が落ちているのを偶然に発見し持ち帰る事に成功しました。
3つ目の桃幻丹は使い方を誤ると強い幻覚を見せてしまう危険な薬草です。
非常に危険な薬草ですが、自生する為には特別な環境が必要で、今では遠く離れた異国の地でしか栽培がされていないと聞いていたので、いつかその国を訪れた時にでも入手できればいいと思っていました。
ところが、意外な所で入手するに至りました。
帝都の迷宮を攻略している最中、私たちを足止めする為に用意された地下17階にある幻惑の森。
植物の放つ強烈な幻惑作用に惑わされ、遠回りを余儀なくされました。
幻惑空間から脱出する為に植物を確認していると桃幻丹が混ざっている事に気付きました。
特別な場所へ行かなければ手に入らない桃幻丹。
植物を調べるフリをしながら桃幻丹を回収しました。
手に入れるのに時間が掛かると思っていた素材の内の3つが半年と掛からずに手に入りました。
「よく、そんなに短期間で手に入れる事ができたわよね」
「運が良かったのです」
海晶石と桃幻丹。
思いがけず手に入れる事ができたのが幸いでした。
「ただ、残りのライディヒアの葉が問題でした」
帝国の北東にある国でのみ採取できる特別な葉だという事は分かっていました。
ところが、入手する方法を調べてみると少量しか採取する事ができないので流通量が少なく、流通させている分は王国との間にある帝国が全て買い占めてしまっているので王国まで流れて来る事はありません。
おかげで手に入れる事ができず、直接買い付けに行く為には半月以上も主の傍を離れなくてはなりません。さすがにそんな長期間離れてしまうのは躊躇われたので諦めていました。
帝国の買い占めにしても商人にとっては遠く離れたメティス王国よりも近い場所にあるグレンヴァルガ帝国に買い取ってもらった方が輸送費を浮かせることができて儲かるので文句を言う訳にもいきません。
「これで『妊娠促進薬』を完成させる事ができます」
現物を迷宮の宝箱から手に入れ、人数分を用意する為に調合に必要な素材を集める事から始めた秘薬。
遂に完成が見えて来ました。
ですが、ここで確認しなければならない事があります。
「イリスさんはどうしますか?」
「え……?」
「以前に手に入れた時は、必要ないみたいな事を言っていましたが、あらためて意思を確認しておきたいのです」
主の護衛と世話の為にこの場にはいないシルビアさんの意思を確認する必要はありません。
彼女からは自由にできる財産の中から金貨100枚を預かっています。
アイラさんからも同額を預かっています。
皆が出すという事でイリスさんからも同額を預かっているのですが、現物を手に入れた時に争わなかったイリスさんにはあらためて意思を確認しなければなりません。
「私は……」
ただ、やはり使用には躊躇いがあるみたいです。
迷ってしまうのも仕方ないので少しは安心させてあげましょう。
「別にすぐ使うというわけではありませんよ」
「そうなの?」
「はい。妊娠しているカトレアさんを思い出して下さい」
カトレアさんは皇妃という特殊な立場なのかもしれませんが、子供の安全の為に思うように動けず、人前に出る時などは影武者まで用意して仲間がサポートしなければならない状況。
人数の多いリオさんのパーティでも大変なのですから、彼女たちよりも人数の少ない私たちの場合は一人でも欠員が出るだけでリオさんたちよりも負担は大きくなります。
「使う事があったとしても私たちは順番にです」
全員が同時に使用した場合には主の負担が大変な事になります。
「素材を集めているのは、いつでも秘薬を作れるようにする為です」
滅多な事では手に入らない素材ばかりなので、今回のような事でもなければ王国民である私たちが手に入れるのは難しいです。
「私も使うつもりのない人からお金を出してもらうのは申し訳ないです」
シルビアさんやアイラさんも覚悟はできています。
余裕ができれば複数回の使用も考えているみたいです。
「……使わせて下さい」
オークション会場を警戒する為に顔を私たちとは反対方向へ背けながらイリスさんがボソッと呟きます。
素直な人ではないですね。
「使いたいのですね」
「まあ、ね」
微妙な肯定。
ですが、イリスさんの意思はしっかりと確認できたので問題ないでしょう。
「後は落札するだけですね」
ステージにライディヒアの葉が入ったケースが運ばれて来ます。
オークションに出されるライディヒアの葉は、粛清された貴族が大量に買い占めていた物で、倉庫の奥に隠すように置いてあったのを徴収したみたいです。
葉の鮮度が気になるところでしたが、粛清された貴族は自分で使うつもりだったらしく、管理を徹底したみたいで今でも使えると説明されます。
薬の素材になる植物なので高額にはならない。
金貨400枚は本当に保険の意味でしかない。
そう、考えていました……
「金貨50枚!」
私たちの3つ隣に座った男性がいきなり金貨50枚も提示するまでは。