第6話 村長の依頼
村長たちを連れて行ったのはギルドの2階にある応接室……ではなく、1階に併設された酒場の隅の方にあるテーブルの一つだった。
ギルドには大事な依頼人、話の内容を聞かれたくない時に使用する応接室がいくつかあるが、村長たちはそこには案内されなかった。つまり、村長たちは大事な依頼人ではない。同時にこれから話す内容は、聞かれても問題ない、というよりも周囲にいる冒険者たちに聞かせるつもりの内容だった。
「それで、私たちの依頼の何がいけなかったのかね?」
ウェイトレスによって運ばれてきたコーヒーを一口飲んで落ち着かせると早速聞いてきた。
デイトン村は、現在も危機的状況で急いだ方がいい。
しかし、そんな状態にあったことを考慮しても村長たちは話し合いの場所が酒場であることに疑問を持たなかった。普通なら、おかしいと気付くはずである。にもかかわらず普通に話を再開させた。それだけ村長が世間知らずということだ。
「まずは、依頼内容の確認だ。俺も昨日、依頼書を確認させてもらったけど、依頼内容は魔物の討伐で間違いないな」
「ああ……」
村長が俺の態度に不機嫌になりながらも肯定する。
もう、村長たちを相手に敬語を使うつもりなどない。
「魔物の数は?」
「森で確認した者の話によれば数百匹に及ぶとのことだ」
「数百って言っても範囲は広いぞ。具体的に何百匹いるんだ?」
村長は数秒迷いながら、
「200~300と聞いている」
「はい。アウト」
それが嘘、もしくは情報不足であることは冒険者ギルドにいる全員が知っている。
「どういうことだ?」
「魔物の数はたしかに数百だけど、その数は最悪の場合には千に届くらしいぞ」
その数を聞いて村長の表情が青ざめていた。
「本当、なのか……? いや、そもそもなぜ知っている!?」
どうやら村長は正確な数を知らなかったらしい。
「もちろん既に調べたからに決まっている」
「調べた、だと!?」
村長が森に魔物が大発生していることを知ったのは3日前のことだ。
それから、名士や兵士長との間でのみ話し合いがされ、アリスターの街へ救援を頼むことにした。領主である伯爵を先に頼ったが、伯爵からは門前払いを受けてしまい、冒険者ギルドに頼ることになった。
村長としては、迅速に動いたつもりだったが、ギルドがそれ以上に早く動いているように思えたのだろう。
仕方ないので、種明かしをすることにした。
「ギルドは既にある行商人からデイトン村の近くにある森で魔物の雄叫びを聞いたから調査してほしい、っていう依頼を受けて森の調査を終えているんだよ」
冒険者がリーエル草の緊急依頼で騒いでいた日の朝、ギルドに駆けこんで来た行商人が調査依頼を出して、足が速く偵察能力に優れた冒険者が調査に向かっていた。行商人にとって、商売ができる場所は大切だが、それ以上に自分の命の方が大切だ。いつも出かけている村が危険かもしれないなら調べる必要がある。
おかげで次の日には、魔物の数や質など、村長たちが把握している以上に正確な情報をギルドだけでなく、領主も手に入れることができた。
「それが、どうしたと言うんだ?」
まだ分かっていないようなので、教えることにした。
「俺たちが倒すことになるのは数百匹の魔物じゃない。約千匹の魔物だ。依頼内容からして間違っているのに千匹の魔物を相手にするのにどれだけの戦力が必要だと思っているんだ?」
村長が首を傾げており、呆れたルーティさんが告げた。
「こちらとしても危険だと分かっている依頼をそのまま受けさせるわけにはいきません。もしも、依頼を受けさせるのだとしたら腕の立つ冒険者を少なくとも100人以上は用意しなくては足りません」
アリスターの街には、近くに迷宮があることもあって腕の立つ冒険者――Cランク以上の冒険者も100人以上いた。
ただ、問題なのが人数に対する報酬だ。
「私の方でも説明しましたが、報酬が少なすぎます。金貨を10枚出すと言っていましたが、腕の立つ冒険者に危険な依頼を頼むのなら一人に付き金貨1枚~10枚を出してもおかしくありません。それを貴方がたは、100人以上に金貨を10枚――1人に付き銀貨1枚以下しか出さないと言っているのです」
たった銀貨1枚で命の危険がある依頼を受ける冒険者がどれだけいるのか?
答えは、いない。
「では、どうしろと言うんだ! 私たちのような小さな村では金貨を10枚用意するだけでも大変なんだぞ!」
村長がキレた。
その言葉に小さな村出身の冒険者が何人か同情していた。同情されてしまったせいで村長の依頼を受けられては困るので、村長たちの誤った行動について教えることにした。
「そもそも村長たちは森の魔物を間引きしていたのか?」
「ああ、村に近付く魔物は退治していたぞ」
「あの村は、それじゃあ足りないんだ。普段はゆっくりと増えていくけど、百匹を超えたところで急激に増殖スピードが上がって手に負えなくなる。だから百匹を超えないように森へ直接出向いて間引く必要があるんだ」
その事には森にある魔力の吹き溜まりが関係していると考えられているが、詳しいところは分からない。
村長だけでなく兵士長の表情を見ると何も言えなくなって口をパクパクとさせていた。
「だから、こんな事態になったのは百匹を超えるほど手を抜いていた村長や兵士長たちの責任だ」
「どうして、お前がそんなことを知っている」
「もちろん父さんから教えてもらったからだ」
俺も村にいた頃は知らなかった。
情報源は死魂の宝珠で再現した父だ。
「ただの一兵士に過ぎなかった父さんは先代の兵士長からの指示を受け継いで、森への討伐だってみんなと一緒にやっていたぞ。逆にどうして村の責任者である村長や兵士長たちが知らないんだ?」
俺の疑問を聞いて、周りにいる冒険者たちがうんうんと頷いていた。
その表情には、既に同情など含まれていなかった。
「父からはそんな話は聞かされていない!」
「兵士長は?」
「私も父からは『森の魔物は定期的に討伐するように』と聞かされていただけで、その理由まで聞いていない」
どうして、知らないのか?
おそらく二人の父は、きちんと説明したのだろうが、三馬鹿な二人は父親からの話を適当に聞き流してしまったのだろう。
「たとえ、どんな事情があったのだとしても責任者がそんな大切なことを知らないのは問題だ。それに契約違反でもある」
「契約違反?」
森が抱える事情を知らなかったことから分かっていたことだが、やはり領主である伯爵様との間に交わされた契約についても知らなかったか。
「あの森についてはさっき説明した通りだ。そして、開拓の際に伯爵様から許可を貰う条件として村の維持は全て自分たちで行うことが決まっている」
だから伯爵様も門前払いしたのだろう。
森に魔物が大発生していることはギルドから伯爵様へと伝えられている。そんな状況でデイトン村の村長がやってくれば用件など分かり切っている。
つまり、村長は最初から冒険者ギルドを頼るしかなかった。
しかし、危険度に見合った報酬も持っていなかったので、冒険者を集めることすらできない。
「対応するならもっと早くに対応すればよかったんだ」
「魔物は突然、大発生したんだ。事情を知らない私たちがどうやって……」
「それも間違い。2カ月以上も前に大発生は始まっていたぞ」
「なに?」
「Eランクに上がったばかりの頃に受けた依頼でどこからか逃げて来た魔物の群れを退治したことがあるんだけど、どこから逃げて来たと思う?」
これも死魂の宝珠から教えられたことだが、セイルズ村とデイトン村は距離が離れているせいで近いという認識は持ちにくいが、間に山があるだけで迂回するように森は続いていた。
つまり、セイルズ村の近くに住み着いてしまったウォーウルフはデイトン村の近くにある森に元々住んでいた魔物で、魔物が大発生してしまった影響で自分よりも強い魔物が生まれてしまったので逃げ出したというわけだ。
「な、魔物が大発生していることを知っていたのなら、なぜ倒さない!? いや、知らせるだけでもよかったはずだ」
「いや、討伐依頼を受けたわけでもないのに倒したところで得られるのは魔物の素材だけだから討伐依頼を待った方がいいだろ。ま、俺も毎日のように依頼を確認していたわけじゃないから、いつまで経っても依頼が出されないことからとっくに討伐されたものだとばかり思い込んでいたよ」
「お、お前には故郷を救おうという想いはないのか?」
「ないね」
故郷を想って、俺の良心に訴えかけるつもりらしいが……
「生憎と追い出された故郷を思い遣るような良心は既に持ち合わせていない。あんたらに残された選択肢は滅びを素直に受け入れることだけだ」
「騎士や兵士を得られなくても……ぼ、冒険者が得られれば、まだ可能性が……」
「それは残念ながらあり得ません。先ほども言った腕の立つ冒険者、ですが、彼らは既にアリスターの街の防衛の為に領主様に雇われています。貴方方が領主様以上の報酬を支払えるとは思えませんし、一度受けた領主様からの依頼を断るなど、この地域で活動できなくなることを意味しています。伯爵と村長のどちらに着くかと言われれば……伯爵様ですね」
村長が落ち込んでしまった。
仕方ない。ここで手を差し出してあげるか。
救いの手などではない。地獄に引き摺り下ろす為の手だ。