第28話 神樹の実の琥珀
「本当に申し訳ない!」
少しどんよりとした気分でパーティー会場に出された料理を食べていると主催者であるガランドさんが頭を下げて来た。
「頭を上げて下さい」
理由は分かっている。
ガランドさんに落ち度はないとはいえ、パーティー会場内でまたしても盗難事件が発生してしまった。
警備を万全にしていたガランドさんとしては謝る他ない。
「私も迂闊だった。まさか招待客が盗みを働くなんて……」
招待してくれた相手に泥を塗る行為だ。
「相手は金欠の貴族なんですよね」
警備員がそう言っていたのを覚えている。
「ああ、彼は男爵から騎士爵に降格されただけでなく資産もいくつか没収されている。そのせいで追い詰められているらしい」
その結果、オークションで落札されたダイヤに手が伸びてしまった。
俺も借金に追い詰められて迷宮へ挑んでしまった子供なので気持ちは分からなくもないが、盗みはいけない。
「今も軟禁されている部屋で『自分は知らない。何かの間違いだ』と繰り返し叫んでいる」
しかし、物的証拠が出て来てしまっている。
それを多くの貴族に見られてしまっているので言い訳にしか聞こえない。
彼の地位と名誉はとっくに地に落ちていた。
「できればお礼をしたいところなんだが」
「それはいいですよ」
ダイヤが盗まれるのを未然に防いだのは自分のダイヤだったから。
パーティー会場で指輪を取り戻し、助けたのは別口でリオから依頼されていたから。
そう説明するもののガランドさんは納得していないようだった。
彼にもパーティーの主催者、貴族としてのプライドがあるのだろう。
「でしたら、昨日ガランドさんの仰っていた魔物討伐の依頼を引き受けたいと思います」
「それは、助かるが……」
それではお礼ができない。
そう思っているのだろう。
「その討伐報酬としてこちらの要求する宝石をいただければ結構です」
「なるほど」
ガランドさんも納得してくれた。
報酬に少し色を付けることでお礼として貰う。
「実は気になる宝石があったんです」
一緒にパーティー会場内で展示されていた宝石の前へ行く。
そこには、厳重なガラスケースに入れられ中心に植物の種のような物がある琥珀が展示されていた。
「この琥珀か。これは、私の曽祖父が森の中を散歩している時に偶然見つけたらしい代物で、あまりに美しかったので思わず持ち帰ってしまったらしい」
樹液が固まってできた琥珀は光り輝いているように見えた。
「そこまで欲しいのかね?」
「はい。パーティメンバーの一人が見つけて気に入ったらしいんです」
「なるほど」
パーティー会場を散策していたイリスが偶然見つけてしまった。
俺のパーティメンバーが女性ばかりである事を昨日のパーティー会場で知っているガランドさんは女性へのプレゼントだと思って納得する。
「分かった。討伐依頼の報酬として渡す事を約束しよう」
「ありがとうございます」
魔物の討伐に遠出しなければならなくなったが、それだけの価値がこの琥珀にはある。
「上手く行ったみたい」
「ああ」
琥珀を見つけたイリスに報告する。
「まさか、こんな所にあるなんて」
「俺もビックリだよ」
俺たちにとって重要なのは琥珀ではなく、琥珀の中にある植物の種のような代物だった。
植物の種にしか見えないが、これは間違いなく『神樹の実』だ。
以前にエルフの里で手に入れた神樹の実に比べれば小さいので欠片と呼べる代物なのだが、それでも魔力よりも力を持っている神気を秘めている事には違いない。おかげで、オークションで手に入れた金銀財宝を魔力変換するよりも効率よく魔力を手にする事ができるはずだ。
「そういう訳でオークションが終わったらアメント領へ向かう事になったからよろしく」
「分かった」
他のメンバーからも念話で了承を得られたのでイリスと一緒にパーティー会場を回る。
パーティー会場から様々な視線を感じる。
落ちぶれた騎士爵とはいえ、貴族を捕らえた事で奇異の視線を向けられていた。
それでもパーティーの主催者であるガランドさんが問題ないと言って、俺が皇帝と繋がりがある事まで伝えているので表立った動きをしてくるような者はいない。
「来た」
パーティー会場が騒がしくなる。
新たに入って来たドレス姿の女性へ視線が向けられていた。
その女性は周囲の視線など気にすることなくパーティー会場を進み、俺の前までやって来る。
「少しお時間よろしいかしら」
「どうされました?」
周囲に貴族がいるので言葉遣いに気を付けているピナに連れられてパーティー会場に隅へと移動する。
この場所なら小声で話せば聞かれる心配もない。
「さっき盗難騒ぎのあった人に会って来た」
「結果は?」
「城やオークション会場にいた連中と同じ。何らかのスキルの影響下にあった」
「そうか」
騒ぎを見ていたイリスが『遠話水晶』でカトレアさんに事の顛末を話し、情報を共有し不審に思ったマリーさんがアメント伯爵の屋敷へと向かうようピナに念話で連絡した。
マリーさんの認識でもダレンバーグ騎士爵が盗難を働いてもおかしくないほどに経済的に追い詰められていた。だが、捕まった時の言動などから不審感を抱いてしまった。
それが正しかったらしくスキルを無効化する事に成功した。
「彼には悪い事をしたかな?」
スキルのせいで盗難を働いてしまったのだとしたら捕らえられる姿を多くの貴族に見せられ、濡れ衣に近い形になってしまった。
「気にする必要はない」
「どうして?」
「普段から盗みなんてしないと思われる清廉潔白な人だったなら誰かが助けに入ってもよかったはず。それすらなく誰もが盗みをしてもおかしくない、と思われてしまうなら普段の行動に問題があったということ」
普段から気を付けていれば犯人扱いされるような事もなかった。
「それにスキルを無効化した後の言動も問題」
捕まった時と同様に自分は何も知らない、と言い続けている。
おまけに貴族としての権力を振り翳し、すぐさまに開放し慰謝料を払うよう要求しているらしい。
あまりに馬鹿げた言動だ。
これが貴族で自分よりも下位の相手に対しての言動なら問題なかったが、文句を言っている相手は伯爵であるガランドさんの命令を受けて仕事をしている伯爵家の使用人である。
おまけに皇帝の側室であるピナにも同じことを言ってしまったらしい。
男爵から降格され、中央での出来事にも疎くなってしまったため新しい皇帝の側室を知らなかったらしい。
憐れ、この事がリオに知られれば今度こそ貴族でなくなる可能性が高い。
ガランドさんも招待したくはなかったそうだが、男爵だった頃の先代にはお世話になったらしく仕方なく呼ばざるを得なかったと謝りながら説明してくれた。
「そんなバカよりも敵への対処の方が大切」
敵は帝城やオークション会場だけでなく個人のパーティー会場にまで忍び込んでいる。
「あたしが触れても相手の姿は変わらなかった。という事は怪盗が持っていたような『変身』のスキルじゃない。侵入に使える『壁抜け』でもない」
答え合わせのように自らの考えを口にして行くピナ。
俺たちの中では既に答えは出ている。
「考えられるとすれば『洗脳』みたいなスキル」
本人に怪盗と話をしたり、宝石を盗んだりした自意識はなく、気が付けばそのように行動していた。
強力な洗脳によって操られている可能性がある。
おそらく操られたダレンバーグはダイヤを盗み出した後で、あらかじめ指定された場所へ宝石を運び、洗脳している人物の手にダイヤが渡るようにしていた。
自分は直接手を下さなくても宝石を手に入れる事ができる。
「この場合、あたしがスキルの効果を無効化させてしまうと黒幕に辿り着く事ができない」
「問題ない。既に対処法は考えてある」
その為には操られている人物を見つけ、ピナに無効化してもらう必要がある。
「さすがはリオと同じ迷宮主」
「こっちも嘗められっ放しっていう訳にもいかないから、次に姿を見つけた時にはボコボコにしてやる」