第5話 恐喝
いつものように朝の忙しい時間が過ぎた頃に冒険者ギルドへ向かって歩いていると、
「おい、ちょっといいか?」
三人組の冒険者に絡まれた。
「何ですか、先輩方?」
先輩冒険者と何度か交流したおかげでギルドの中で注意すべき冒険者についても教えられていた。
その時に教えられたのが目の前にいる三人組だ。
三人は冒険者登録をした頃から素行が悪く、自分よりも弱い相手を見つけては恐喝紛いの方法で装備品を奪ったりしている。Dランク冒険者をやっていられるだけの最低限の実力はあるので、ランクを上げることには成功していた。
そんな冒険者が俺にどんな用があるのか?
正直言って心当たりがありすぎて反応に困る。
「なに、すぐに終わるからちょっと付き合ってくれ」
先輩冒険者に連れて行かれようとしている新人冒険者の姿を見ている人は数多くいる。
しかし、誰も助けてくれる様子がない。
先輩に連れられた場所は入り組んだ裏路地を進んだ先にある空き地らしい場所だった。
「あの、急いでいるんで早くしてくれますか?」
「すぐに終わるさ。その収納リングを渡してくれればな」
なるほど。収納リングを狙ってきたか。
たしかに前回の緊急依頼の時には大勢の前でリーエル草を取り出したり、大量のポーションを取り出して、それを販売していたりしていたから収納リングが一番目立っている。
「渡すわけがないでしょう。というわけで、急いでいるので帰らせていただきます」
本当に急いでいる。早くいかなければタイミングを逃してしまうかもしれない。
3人に背中を向けて歩き出すと3人ともポカンとしていた。
しかし、一人がすぐに気づき、
「このっ! お前は黙って収納リングを寄越せばいいんだよ」
俺の方に向かって手を伸ばしてきた。
「はい。正当防衛成立」
なので、伸ばしてきた腕を手で叩き落とすと、そのままもう片方の手で頭を叩いて地面に体ごと叩き付ける。ついでに伸ばしていた手を踏み付けると悲鳴を上げていた。煩いので蹴り飛ばして気絶させる。
「この野郎!」
残った2人が腰から剣とナイフを取り出して俺の方へと近付いてくる。
けれど、明らかに遅い。
(これが実力者の力……? まあ、所詮Dランクの中での実力者っていうことなのか?)
俺に教えてくれた先輩も要注意人物、ということで教えてくれたのだろう。
ナイフを持っていた手首を握ると、そのまま手首を握りつぶす。
「いってぇ!」
潰された手首を押さえて蹲ると騒いでいて煩かったので頭を軽く蹴り飛ばすと意識を失って倒れた。
残った1人が一緒に襲い掛かろうとしていた相棒が一瞬で倒されたことに驚き、足が止まってしまっていた。
装備品を狙って襲い掛かってきたにもかかわらず、相手が自分よりも強いと分かると委縮してしまう。その程度ならば、最初からこのような行動に出なければいい。
「ウィンドショット」
立ちすくんでいた男の足元に風の弾丸を叩き込む。威力を可能な限り抑えており、土を10センチほど削っただけだったのだが、足元に叩き込まれた男は尻餅をついて倒れてしまった。
「さて……」
気絶した二人の男から財布を奪い取る。
「何をしているんだよ」
「あ? そっちは俺の収納リングが欲しくて襲い掛かってきたんだろ? だったら勝った俺が報酬にあんたらの装備品……には、興味がないから所持金を貰ってもおかしなところなんてないだろ」
男たちの装備品は俺の装備品に比べれば予備にも使えない。粗末な物というわけではないが、Dランク冒険者が買えるような装備品には興味が惹かれない。
「ほら」
尻餅を付いたままの男に手を差し出す。
男が、倒れた自分を起き上がらせる為に手を差し出したのだと勘違いして俺の手を掴もうとしていたので引っ込める。
「お前も財布を出せよ」
「は?」
「それともお前も気絶させられてから奪われたいか?」
「……っ、分かったよ」
ポケットから取り出した財布を奪い取ると中身を確認する。
「ありがとな。これに懲りなかったらいつでも挑戦していいぞ。ただし、人質を取るとか卑怯な真似をした時には……容赦しないからな」
最後に殺気を飛ばすと男が首をカクカクと縦に振っていた。
素行の悪い者が家族に手を出すことは未然に防いでおかなければならなかった。
彼らには見せしめになってもらおう。
☆ ☆ ☆
ああ、時間を無駄に使ってしまった。
おかげでイベントの始まりに立ち会うことができなかった。
男たちを倒した場所を後にして辿り着いた冒険者ギルドの中からは怒声が聞こえて来た。
「なんで、依頼を受ける冒険者が見つからないんだ!?」
「こっちは急いでいるんだぞ」
怒声を放っている主は、既に懐かしくなった二人の人物だ。
声だけでも分かったが、ギルドに入って後姿だけだが確認すると相手が誰なのか確信する。
――村長と兵士長だ。
受付嬢に詰め寄る二人の対応をしているのはルーティさんだ。
「ですから、この条件では受ける冒険者はいないと言っているんです」
「何がいけないというんだ!? きちんと報酬なら出すと言っているじゃないか」
何がいけないのか?
俺も昨日の内に出された依頼書を見ているので、依頼の内容を確認しているが、一言で表すなら――全部だ。
内容、報酬、達成条件。
全てが不合格だ。
ギルドが行うのは、あくまで依頼主と冒険者の仲介。依頼に不備があったとしてもアドバイスをすることはあっても結局依頼主の出した条件で冒険者を募るしかいない。
しかし、あの条件で依頼を受ける冒険者はいない。
いたとしてもあんな条件を呑むような冒険者では失敗する。
ルーティさんが二人の対応に追われて忙しそうにしているので、ルーティさんの隣のカウンターで冒険者の対応をしている受付嬢――アリアスさんの下に向かう。
「なんというか災難ですね」
「その……最初は、他の子が対応していたんですけど、あの調子ですから。先輩は、わたしたち若手の中でも一番のベテランですから」
クレーマーのような相手の対応にも慣れていた。
「ま、ルーティさんが言うようにあんな依頼俺でも受けませんよ」
「ちょ、ちょっと……」
アリアスさんがクレーマーの二人に聞こえてしまう、と注意しようとしていた。
しかし、俺としては聞こえるように言ったので聞かれたところで問題ない。
そして、村長と兵士長の二人にはきちんと聞こえていたらしい。
「なんだと! 冒険者風情が偉そう、に……」
村長が自分たちのことを馬鹿にしたような台詞を言った相手に振り向いて、相手が俺であることに気付いた。
「おまえ、マルスか?」
村長が俺に気付きながらも尋ねてきた。
まあ、村長が知っている姿は3カ月近く前のレベル5の村人だった頃の姿だ。それに比べて今のレベル100を超えた冒険者の姿は、まるで別人だと思わせるほど雰囲気に差があったのだろう。
「他の誰に見えると?」
挑発するように言うと気後れして一歩下がっていた。
「ふん。この場にいる、ということは冒険者をしているのだろう? お前程度の実力でも雑用ぐらいできるだろう。依頼を受けさせてやるから協力しろ」
「は?」
どうして、こんな状況になってもそんな強気に出られるのか分からなかった。
「村長が言っているのは昨日の内に出した村近くの森に発生した魔物の退治のことか?」
冒険者になったばかりの頃にブレイズさんたちと一緒に行ったセイルズ村の討伐依頼のように村の兵力だけで対応することができないような魔物が現れた時には、近くにある大きな街の騎士に頼る、冒険者ギルドに依頼を出して冒険者を派遣してもらうことは一般的だった。
村長も昨日の内にアリスターの街に辿り着き、緊急ということでその日の内に依頼書が掲示板に貼り出された。
しかし、その依頼書を見た冒険者の反応は冷ややかなものだった。
その結果、1日経っても依頼を受ける冒険者が1人も見つからなかった。
「悪いけど、あんな条件で依頼を受けるような真似は俺もしない」
「なんだと!? 何が不満だと言うのだ!?」
むしろ不満しかない。
「分かった。1から説明してあげるから場所を移そう」