第18話 悪徳貴族
「怪盗を捕まえて来ました」
「……!?」
パーティー会場が突然戻って来た俺が抱えていた者によってざわつく。
人混みの中心に置く。
置かれたのは怪盗の一人。
「あれが怪盗……?」
「何かの間違いでは?」
彼らが目にしたのは蝙蝠のような姿をした奇抜な服装の怪盗。
対して俺が置いた怪盗は地味な村人のような格好。
あまりに怪盗というイメージからは掛け離れていた。
「あ、あの……」
それも証拠を見せれば問題ない。
「盗まれた品物はこちらで間違いありませんね」
「ああ! たしかに私が盗まれた指輪だ」
指輪を盗まれたガランドさんが不安そうにしながら近付いて来たので指輪を返却する。
「おお!!」
盗まれたはずの指輪が戻って来た光景を見てパーティー会場にいた人たちも俺が捕まえて来た相手が怪盗だとようやく認めたらしい。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
そんな周囲の反応よりも目の前にいるガランドさんの謝罪が止まらない。
報酬に宝石をいくつか出そうとしていたが、リオから依頼を引き受けている立場なので全て辞退させてもらった。
「怪盗は二人組だったのか」
「そうなると私たちが見たもう一人の怪盗は?」
二人組の内の一人が捕らえられた。
そうなると気になるのはもう一人の方だろう。
彼らにしてみればシルビアが追って行ったもう一人の方こそ本物の怪盗だった。
「ここに」
バルコニーに怪盗を抱えたメイドが現れる。
シルビアは近付いて来て俺に微笑むと抱えていた怪盗を床に寝かせていた怪盗の横に寝かせる。
「どうしてメイド姿なんだ?」
「ドレスでは追いかけるのは難しかったんです」
それだけならいつもの冒険者服でも問題はないはずだ。
彼女の中ではメイド服でなければならない理由があったみたいだ。
怪盗バットの衣装を着た怪盗。
二人の怪盗が揃った事で事件の解決しパーティー会場にいた貴族も安堵する。
「これで安心して寝られますね」
「ああ、予告状を必ず出す連中だったが怪盗の言葉など信用できない。不必要なほどの警備を雇って屋敷を守る必要もなくなる」
貴族の人たちは怪盗の存在に怯えていたようだ。
「う、ううん……!」
怪盗の捕縛に騒ぎ立っていた事で周囲を煩く思った【変身】スキルを持つ怪盗が目を醒ます。
すぐに隣で寝ていた怪盗衣装を着た方も目を醒ます。
二人とも最初は状況が呑み込めず困惑したようだったが、周囲から受ける目線にキョロキョロしながら自分のいる場所がパーティー会場だと認識すると隣に相棒がいる事を確認し、二人とも捕まってしまったのだと認識する。
「捕まったのか……」
「うん……」
縄で拘束しているわけではない。
しかし、これだけの人数に囲まれた状況で無事に逃げられる訳がない。
それにしても二人が並んでいると兄弟のように似ている。
二人とも黒髪に黒瞳で夜の闇に溶け込みやすそうだ。
見た目から指輪を盗んだ実行役の怪盗の方が年上みたいなので兄で、陽動役の方が弟のように見える。
「にいちゃんだけなら逃げられるんじゃない?」
「諦めろ。お前を置いて俺だけ逃げるなんて俺には無理だ。それに、他の奴らはともかく俺たちを捕まえた冒険者がいる内は無理だ」
変身すれば囲まれた状況でも方法次第では逃げられるかもしれない。
しかし、【変身】スキルが使用できるのは使用者――兄の方だけだった。
弟を置いて行く事を兄は了承しなかった。
「お前たち、どうしてアメント伯爵の指輪を盗んだ?」
護衛の騎士を左右に二人張り付かせたリオが近付いて訊ねる。
皇帝の護衛としては少ないが、騒動も既に収束に向かっている状況なので護衛をそこまで必要としていなかった。
そもそもリオ自身が元冒険者だったという事で護衛がいらないほど強いし、傍には怪盗を捕らえて実力を示した俺たちが控えている。
過剰に護衛を配置する必要などなかった。
「決まっている。アメント伯爵が悪徳貴族だからだ!」
「悪徳?」
パーティー会場にいるほとんどの人が首を傾げる。
ガランドさんは誠実な人だと知れ渡っており、領主の地位を継いだばかりにも関わらず優秀な手腕で領地経営も順調と言っていい。実際に話をした俺の感想も人の好い人といった感じで、とても悪徳貴族とは思えない。
そんな反応が気に入らない怪盗。
「ハッ、俺は知っているんだ。アメント伯爵は領民を無理に働かせている貴族だって有名な話だぞ」
「そう言われているが?」
「……おそらく開拓の話でしょう」
リオから訊ねられたガランドさんが頭を抱えながら答える。
「その話なら私も聞いている。開拓に多くの人員と資金を割き、既に犠牲者を出してしまっているらしいな」
「……はい」
「それが悪徳貴族だっていう根拠だ」
そら見た事か、とドヤ顔になる怪盗。
自分の言葉に賛同してもらえると思い周囲を見渡すものの貴族の反応は乏しい。
「あ、あれ……?」
貴族だけではない。
城に仕えている騎士や兵士も苦笑いをしている。
俺たちは帝国内の事情が分からず反応できずにいた。
「春先にメティス王国と戦争があったのは知っているかい?」
子供に諭すように優しく尋ねるガランドさん。
「学がなくたってそれぐらいの事は知っている」
「戦争では奇襲に成功したものの数人の冒険者の手によって軍は手痛い敗退を喫する事になった。それが他国には帝国が弱体していると見えたのだろう。帝国が国境を接しているのは王国だけではない。夏にはアメント領もある帝国の東側で小競り合いがあった。幸い、帝都から派遣された国軍が間に合ったおかげで小規模な戦闘だけで終了したけどね」
しかし、戦闘が集結する頃には帝国内にあった村がいくつかと街が犠牲になってしまったらしい。
王国との戦争では村をいくつか壊滅させ、街に奇襲を仕掛けている。
帝国は同じような犠牲を払ってしまった。
「戦争の影響で故郷を失った者が難民となって無事だったアメント領へと流れて来た。私も貴族としてなんとかしてあげたかったが、私も元々領地にいた人々を養うだけで精一杯な状況だ。だから、難民の彼らには『未開拓の地を開拓してくれたなら歓迎する』という条件でアメント領へと迎え入れた」
その時、難民の代表者と犠牲者が出ても最低限の補償をするだけでアメント領には一切の責任がない事を約束させていた。
だから犠牲者が出ても彼らは納得の事だった。
ガランドさんもそんな方法でしか助けられない事を悔やんでいた。
しかし、そんな事は結果だけを外から見た平民には分からない。
そのため平民の間には『アメント伯爵が犠牲者を出しながらも無理な開拓を続けている』という風に見えてしまっていた。
もちろん諸々の事情について知っている貴族や情報が噂となって集まる帝城に仕えている騎士や兵士は真実を知っている。
「う、嘘だ……!」
悪徳貴族だと思って襲った相手が色々と苦労している人物だと知って怪盗の兄が驚いている。弟の方もそんな事情を抱えていたなどとは知らず開いた口が塞がらなかった。
「嘘じゃないさ」
皇帝として報告を聞いていたリオはアメント領がそのような問題を抱えていた事を知っていた。
そもそも攻め込まれた理由が王国との戦争であっさりと負けてしまったせいで弱体化して思われてしまった事。リオが皇帝になるうえで必要な敗北だったとはいえ、そのせいで被害に遭っている人がいる。
可能な限り補償するよう奔走していたらしい。
そのためガランドさんとの面識はなかったものの事情には詳しかった。
「それにお前たちは悪徳貴族ばかりを狙っているらしいが、アメント伯爵と同じように悪徳貴族じゃない奴らだっているぞ」
「そんなはずない! 俺たちはしっかりと調べてから盗みに入っている」
それも穴だらけの調査だ。
現にガランドさんが抱えている事情だって把握していなかった。