第15話 メイドVS怪盗
シルビア視点です。
帝城を取り囲む壁を跳び越えると建物の屋根に着地する。
離れた場所ではわたしと同じように屋根の上を駆ける怪盗の姿が見える。
わたしの方が身軽なおかげでここまでは追い掛けることができているけど、帝都の土地勘がないわたしでは入り組んだ路地にでも逃げられると怪盗を見失ってしまう。
怪盗が振り返る。
目元はマスクで隠していて表情が分かりにくいけど、暗くても口角が上がったのが分かった。
追って来ているのがドレスを着た女の子だと知って安心している。
むしろ馬鹿にしているような節もある。
「その余裕が命取りだと自覚してもらうわよ」
収納リングに魔力を流す。
着ていたドレスを収納し、いつもの着慣れたメイド服を着た状態で取り出す。
体の状態を確認。問題なし。
「やっぱりわたしにはお姫様よりもメイドの服が似合っているみたい」
改めて自分の立ち位置を確認。
離れた場所にいる怪盗へ意識を集中させ、足に魔力を溜める。
「どこへ行くつもり?」
「……!」
目の前にいる怪盗バットが驚いている。
そんな事に構わず怪盗の顔目掛けて足を振り上げる。
咄嗟に左腕でガードしたみたいだけど、わたしの本気の蹴りを受け止める事ができずに何かのお店らしい建物の屋上にいくつも積み上げられている木箱へ吹き飛ばされている。
建物に灯りはない。
既に暗くなっているので閉店しており、住まいはどこか別の場所にあるので建物から誰かが出て来る事はないみたい。
けど、隣にあった建物は違うみたいで騒ぎを聞きつけた住人が窓から顔を出してこちらを見上げている。早く終わらせないと目立ってしまうみたい。
足元を見てみると目元を覆っていたマスクが落ちている。
「【夜目】――夜でも昼間のように見ることができる魔法道具ね」
試しに【鑑定】を使ってみると効果が分かる。
月明かりがあるとはいえ、屋根の上を飛び跳ねるには暗すぎる。暗闇に慣れた者や暗闇でも見渡せる者でなければ難しい。
「他にも【認識集中】、【金剛】、【跳躍】……色々な魔法道具を持っているわね」
【認識集中】はシルクハットに付与されており、シルクハットを装備した者は周囲の意識を集中させることができる。パーティー会場でも貴族令嬢の一人が気付いた事をきっかけに使用人まで含めて全員が意識を集中させていた。使用者よりもレベルが圧倒的な場合には無効化できるらしい。だからわたしたちには効果がそれほどなかった。
【金剛】は羽織っているマントに付与されている。普通のマントと同じように軽くありながら魔力を流すことによって鋼のような強度を発揮することができる防具らしい。
【跳躍】は靴に付与されており、ここまでの移動を助けてくれていた逃走用の道具。
鑑定ができた事から全てが迷宮から得られた道具。
それだけの道具を身に纏っていることから注意が必要だ。
「今すぐ投降するなら怪我をせずに済むわよ」
怪盗バットの姿は崩れた木箱のせいで見えない。
けれども木箱の奥で気配が揺れた事から聞こえているのは間違いない。
「早く出て来てくれないかしら」
木箱へ近付く。
わたしの接近を察知した怪盗がレイピアを突き出しながら木箱を吹き飛ばして出て来る。
レイピアの先端はわたしの喉へと向かっている。
短剣を取り出してレイピアの軌道を逸らす。
近付いて来たところを短剣の柄で殴って気絶させようとすると怪盗が床を蹴ってわたしから離れる。
「何者だ?」
「タダのメイドよ」
「そんなはずがない! 距離があってはっきりと見えなかったが、お前は城から追い掛けて来た女だろ!」
ドレスを着ていたはずの追跡者がいつの間にかメイド服に着替えている。
たしかに逃げていた怪盗から見れば不可思議な事極まりない。
けど、わたしにとっては着替えた理由がある。
ドレスを着ていた間はヒールの高い靴を履いており、さすがに走り回るには向いていない。メイド服を着ている今はブーツを履いており、バランスの悪い屋根の上でも自由に駆け回る事ができる。
防具としても優れており、戦闘をするならメイド服の方が向いている。
「わたしは普段冒険者をしていてね。あなたを捕縛しに来た」
「冒険者……俺よりも速く動けるのはそれが理由か。こんな所まで俺の盗んだ指輪を盗みに来るとはご苦労な事だ」
怪盗が指輪を掲げる。
月明かりを受けて光っている指輪は凄く目立っている。
「悪いけど、わたしの仕事はあなたの捕縛であって……そんな偽物の指輪には興味がないの」
「な、に……?」
怪盗が心の底から驚いている。
そう、わたしが追っていた怪盗が持っている指輪は偽物。
【認識集中】でパーティー会場にいた人たちの注意を惹き付け、予め用意しておいた偽物を見せる事で怪盗が盗み出してパーティー会場から颯爽と逃げ出したと見せつける事が目的。
「よく、これが偽物だと見破ったな。今まで俺たちが用意した偽物を偽物だと見破れた者はいない」
正確には見破ったわけではない。
「今頃、わたしの仲間が本物の回収に向かっている」
振り子があるおかげで本物の位置が正確に分かっている。
本物の位置は、目の前にいる怪盗とは全く違う場所を示している。振り子が間違うはずがない。なら、間違っているのは目の前にいる怪盗の方。
それらの結果は念話によって少し前に伝えられた。
「状況証拠でしかないけど、予めパーティー会場に紛れ込んでいた一人目の怪盗が照明の落ちている間に目当ての宝物を盗む。そして、明るくなった後で二人目の怪盗が派手に姿を晒す事で一人目の怪盗がパーティー会場から逃げ出しやすい状況を作り出す」
それが神出鬼没の理由。
逃走時に姿を見られてしまうのも怪盗のミスなどではなく、怪盗にとっては必要な事だった。
「そこまで知られているなら仕方ない。ここで消えてもらう」
レイピアを何度も突き刺してくる。
全ての攻撃をわたしは逸らして行く。
「な、なぜだ……」
怪盗が呻いている。
レイピアには【速度上昇】が付与されているおかげで魔物と戦う冒険者と比べても怪盗の動きは速い。けど、迷宮眷属のわたしには止まって見える。
攻撃を逸らされ姿勢を崩したところに今度こそ短剣で殴る。
殴られた場所を両手で押さえながら床を転がっているものの気絶したような様子はない。
「殴って気絶させるのって難しいわね」
そう言えば今まで手加減して攻撃する練習をした覚えがない。
けど、怪盗を捕まえる為には気絶させるか拘束する必要がある。拘束するのは大変そうだから気絶させようと思っていたけど、気絶させる方が大変な事に気付いてしまった。
「こうなったら……」
怪盗バットが散乱していた木箱を投げて来る。
埃でも払うように手を振るうと木箱が砕けて床に落ちる。中に入っていた食品も一緒に散乱してしまっているので怪盗を捕まえた後で彼の持っている財布から弁償してもらう事にしよう。
「あれ……?」
木箱で視界が塞がれている間に怪盗バットの体が首まで沈んでいる。
わたしも持っているスキルだから見ただけで何をしているのか分かる。【壁抜け】を使って建物の中へ脱出しようとしている。
「少々格好悪い退場だがサラバだ」
「逃がすはずないでしょ」
逃走を見世物にしている怪盗らしくない逃亡。
わたしも【壁抜け】を使いながら建物の中へ逃げようとしている怪盗へ手を伸ばす。
わたしの手が怪盗の腕を捕らえる。
「なっ……擦り抜けて来ただと!?」
「捕まえた」
掴んだ腕を引っ張り上げて背中から屋上に叩き付ける。
――ビターン!
痛々しい音が響き渡った後、怪盗バットの様子を確認してみる。
「うん、気絶しているわね」
打ち所が悪かったのか目を回して体を起こす様子がない。
これなら帝城へ持って帰るのに苦労しなさそうだ。




