第11話 骨董品
パーティー会場に置かれた大きな壺。
青い壺に白い紋様が描かれており、まるで青空に浮かんだ雲を連想させるような壺だった。
どういう訳か分からないが、その壺が気になって仕方ない。
ガラスケースに入った壺へと視線が吸い寄せられる。
「どうですか、こちらの壺は?」
執事が近付いて来た。
パーティー会場には品物の説明をする為の使用人が何人もおり、彼らには豊富な知識を持っていた。
彼らの役割は品物について説明する事。
そうして事前に興味を抱かせる事によって少しでも価額を釣り上げる。
「この壺は?」
「20年前に亡くなった陶芸家が死の間際に遺した作品です。自分の最期の作品として納得行くまで何度も造り直し、ようやく完成した品がこちらになります」
その陶芸家は病気を患って倒れてしまい、次に倒れた時には命がないと医者から言われていた。
「……何か力を感じますね」
「素晴らしい真贋ですね。少し曰くがありまして、この壺で花を生けると通常よりも長く美しい姿を保っていられるそうです」
「へぇ~」
魔法にも花の成長を促進させるものはあっても生けた花を美しくするようなものはない。
そんな事が本当に可能なのだとしたら特殊な方法によって壺になんらかの効果が付与されている。
「いかがでしょうか?」
「わたし?」
執事の目はシルビアへ向けられていた。
「はい。花を生けられるのだとしたら旦那様よりも奥様ではないかと思いまして」
「え、ええと……たしかに屋敷に飾ってある花は私が手入れしていますけど……」
奥様と言われて緊張している。
屋敷の玄関には彩を持たせる為に花を飾っていた。ただし、使用している花瓶は街で買って来た安物だ。それほど拘りもなかったので今までは気にしていなかったが、花を生けてくれるシルビアの事を思うならもっとしっかりとした物を買ってあげたい。
「少し考えておきます」
「よろしくお願いします」
壺の前を離れる。
隣に置かれていたのは透き通った翡翠色をした茶器。
翡翠色のポットで特に変わった所はないように見える。
だが、透き通ったように綺麗な翡翠色は美術品に詳しくない俺にも価値があるように思わせてくれる。
「こちらのポットはなんですか?」
「はい。こちらのポットを使用してお茶を淹れると美味しい状態を保ってくれるという茶器です」
着いて来た執事が教えてくれる。
その説明は、さっきの壺と胡散臭いという意味ではあまり変わらないような感じがする。
「こちらは城に仕える者でも使用して確認しております。時間が経っても美味しい状態を保つ事ができました。私どもの舌は確かです」
自信のある、という舌に懸けて美味しくなると言う。
「こちらが鑑定書になります」
帝国の中でも有名な鑑定能力を持った者による鑑定結果が描かれた紙がポットの横に置かれていた。
鑑定結果によれば適切な状態を保ってくれるという魔法効果が付与されているらしい。
ポットの中でちょうどいい時間で蒸らした状態を保ったままでいてくれる。その効果は微々たるものだが、たしかに城の使用人を納得させられるだけの効果を持っているらしい。
鑑定結果の最後には鑑定をした人物の名前が描かれており、嘘や偽りがあった場合には今後の仕事に支障が出るのは間違いない。それだけ鑑定結果には自信があるらしい。
――ただ、それまで聞いた事もない相手をどこまで信用していいのか。
「こちらは帝都の迷宮にある宝箱から得られた物だそうです。以前の持ち主は粛清されてしまいましたが、宝箱を見つけた冒険者から買い取ったとのことです」
「そうですか」
鑑定結果を怪しんでいると出自について語ってくれた。
迷宮から出て来た物なら【迷宮魔法:鑑定】が使える。
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名前:星滴の茶器
ランク:C
効果:適切状態保持
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ランクはそれほど高くないが、たしかに『適切状態保持』の効果が付与されていた。
隣にいるシルビアが真剣な目付きで茶器を眺めている。
「……欲しいのか?」
「いえ、そういうわけではありません」
鑑定結果はシルビアにも見えている。
いつもお茶を用意してくれるシルビアにとっては必要な品物かもしれない。
「次へ行きましょう」
急かされるように隣へ行くと山の絵が描かれた皿がガラスケースの中に置かれていた。
「こちらはある貴族が最高級のお持て成しをする際に用いていた食器です。更に描かれているのは100年以上の前に亡くなった宮廷画家が描かれた帝国で最も美しいと言われている山の頂上に雪が積もった時の情景を描いた物です。更には状態保存の魔法が描かれておりますので、当時の美しさを今でも保っております」
「その宮廷画家ってあそこにあった当時の皇妃様を描いた画家と同じ人ですか」
「はい、その通りです」
生涯において色々な作品を残しているらしい。
それに状態保存の魔法が掛けられているのも凄い。
状態を保存する為の魔法は、魔法を使用した時の状態を保ってくれる魔法だがいつまでも保ってくれるわけではない。
魔法は難易度が高く、使える魔法使いの数もかなり少ない。その魔法を使った者の技量にもよるが短ければ1年、長ければ10年ほどで効果は切れる。効果が切れる度に魔法を掛け直す必要があるので、100年以上も前に亡くなった宮廷画家の作品には最低でも10回以上の魔法が使用されている事になる。
効果が切れる度に状態保存の魔法が使える魔法使いを探し出して魔法を使ってもらう必要がある。
そんな手間暇を掛けてまで保っていたいだけの価値がある。
絵については分からない。
シルビアの意見を求めようと隣へ視線を向けると皿へ目が釘付けになっていた。
「欲しいのか?」
「違います!」
屋敷に来客が来ることは少ない。
たまに祖父がお忍びで孫に会いに来るぐらいだ。
そういう時にはシルビアの手料理が振る舞われる。さすがに来客にも俺たちが使用している物と同じ食器を使わせる訳にもいかないので、王都で購入したそれなりに値段のする物を使うようにしていた。
しかし、客を持て成しているシルビアにとっては不満だったのかもしれない。
「考えておくか」
「そんな余裕はありません」
そんな事はない。
多少の散財をしても問題ないくらいの余裕は稼いでいる。
「わたしたちが帝国へ来たのはご主人様の目的を達成する為に必要な品物を手に入れる為です」
魔法効果を持った魔力価値の高い品物を迷宮へ与える。
さっきのポットのように迷宮から出て来た品物に対して【鑑定】を使用する。そうすれば事前に価値を分かったうえでオークションへ臨むことができる。情報収集の為のパーティーへの参加。
決して来客の多い貴族が必要としているような生活を豊かにする品物を求めているわけではない。
「骨董品の類はこれぐらいでいいでしょう!」
背中を押されながら皿の前を離れる。
しかし、俺の中では既に購入する気満々である。
他にも骨董品の類が並べられていたが、今までと同じように欲しそうな反応をしない為に素通りして行く。
中には迷宮から得られた品もあるかもしれないので立ち止まって【鑑定】をするべきなのだろうが、シルビアに押されてしまっているので先へ進まなければならない。
今日の俺の仕事はシルビアを持て成す事にある。
迷宮主としての仕事よりも優先させなければならない。
骨董品の先には宝石がいくつも並べられていた。