第6話 怪盗の噂―前―
アイラだけを連れて冒険者ギルドを訪れる。
帝都の冒険者ギルドは非常に賑わっていた。
人が多い、というのも理由の一つだが、それ以上にギルド内にいる人のテンションが高い。
テンションが高いのは彼らがしている噂にあった。
新皇帝の噂。
それまで冒険者でしかなかった者が成り上がって皇帝になった。
同じ冒険者である彼らが盛り上がらないはずがなかった。
そして、彼らの目的は『皇帝になった方法』へと向けられていた。
「おい、今日も迷宮へ行くのか」
「ああ、迷宮には皇帝になれる何かがあるからな」
「たしかにアイツのパーティが迷宮攻略に精力的だったのは有名だけどよ。何を手に入れればいいんだ?」
「んなもん知らねぇよ! 最下層まで行けば何か手掛かりが掴めるだろ」
最下層。
そこには迷宮核が安置されており、手にする事ができれば迷宮主になる事ができる。
彼が言うように最下層へ行けばいい。
しかし、そんな事を眷属の彼女たちが許すはずがない。
最下層へ辿り着いた時点でサクッとやられるのが目に見えている。
「そもそもあいつらのレベルじゃ最下層まで辿り着く事はできないでしょ」
迷宮へと向かう冒険者をチラッと一瞥しただけのアイラが呟く。
俺も同意だが、成り上がりを夢見る冒険者の多くいる場所で言わないで欲しい。
「よろしいですか?」
列に並んで受付嬢のいるカウンターに近付く。
「はい」
「情報を貰う事はできますか?」
「……あなたもですか」
受付嬢が溜息を吐きながら紙の束を差し出してくる。
確認してみると迷宮の地図だった。
「えっと……」
「違いましたか?」
「違います」
俺たちが冒険者ギルドを訪れた目的は怪盗の情報を少しでも集める為。
冒険者ギルドならこれまでの被害状況などをまとめた資料を作っていてもおかしくない。それらから怪盗の狙っている物を見つけるつもりだった。
帝都を拠点に活動していたカトレアさんたちは残念ながら忙しすぎて最近は冒険者ギルドを訪れる事もなくなってしまったらしい。
そのため時間の余っている俺たちが出向く事になった。
シルビアたち3人には街中での情報収集を頼んでいる。
「ごめんなさい。最近は、皇帝に成り上がった冒険者の話を聞き付けて迷宮へと挑む冒険者ばかりでして……申し訳ございません」
「いえ、こんなに忙しい状況では仕方ないですよ」
忙しい時間帯を避けて来たはずなのにギルドの中は人がたくさんいた。
色々と情報のやり取りが行われているらしく、夢見る冒険者が多い。
「迷宮へ挑む冒険者が数多くいるのは、それはそれで問題があるんです」
「どうしてですか?」
「帝都の外に出て魔物の討伐をしてくれる冒険者があまりいません」
帝都には兵士がいるため定期的に討伐が行われている。
しかし、彼らが積極的に討伐を行うのは帝都から近い場所と多くの人が利用する街道付近だけだ。
帝都の兵士は森の奥深くみたいな人があまり訪れず、貴重な素材が得られる魔物が討伐する事は少ない。そういった魔物の討伐は冒険者の仕事だ。
「迷宮も理由の一つですが、今の帝都は外から多くの人が訪れているせいで門の前に長蛇の列ができているんです」
「あたしも見た奴ね」
あれは酷かった。
本気で待てば半日は掛かってしまう。
受付嬢の言いたい事が分かった。
「つまり、外へ出てしまうと中に入るのが面倒だから帝都の外へ出る必要の依頼を誰も引き受けてくれない?」
「……はい」
それは、問題だ。
そうそうある事ではないが、森の奥にいる魔物を放置し過ぎたせいで魔物の暴走が起きる可能性がある。現在の帝都で起きてしまうと中には貴族にも被害が出てしまう可能性がある。
そうなればリオの監督責任にも及ぶ。
これは、後で相談した方がいいな。
「それよりもこっちの用事をいいかしら?」
「は、はい」
愚痴を言っていた受付嬢が姿勢を正す。
「あたしたちは怪盗の情報を集めているんだけど、今度狙っている品物の情報とかギルドでは掴んでいない?」
「失礼ですが、ランクを確認してもいいでしょうか?」
「どうして?」
「あなたたちが言っているのは怪盗バットの事ですよね」
「怪盗バット? それが怪盗の名前なの?」
カトレアさんからは得られなかった情報だ。
「はい。と言っても名前がないのは困るので冒険者ギルドで勝手に付けた呼称なんですけどね」
それは、冒険者ギルドを訪れていないカトレアさんが知らないのも無理はない。
「そのような名前が付いたのも怪盗が真っ黒なスーツの上に黒いマントを広げていたからなんです」
その姿がまるで蝙蝠のようだった事から『バット』と名付けられた。
「ただ、どこで冒険者ギルドが勝手にそのように呼んでいる事を知ったのか知りませんが、前々回の盗みから予告状にもその名前が使われるようになりましたので、既に知っている人は多いですよ」
「そうですか」
怪盗と呼ばれるに相応しい格好ではあるものの目立つ事この上ない。
「怪盗バットには既に懸賞金が懸けられています。貴族を相手に盗みを何度も働いているので時間の問題だったんですけどね」
よほど盗まれた事に怒った貴族がいたのだろう。
その懸賞金を目的に挑んだ冒険者がいたらしいが、追い詰めたと思ったところで逃げられ、翻弄されたうえに街中で暴れてしまったせいで破壊してしまった物が数多くあったらしい。
破壊した物は冒険者が弁償し、不足していた分は冒険者ギルドの方で立て替えた。
そういった事があったため本当に怪盗を捕まえられるだけの実力を持った相手にしか情報は渡さない事が決定されていた。
「具体的には冒険者ランクが最低でもBはないと情報を渡すことはできません」
だったら問題ない。
証拠として冒険者カードを見せる。
「え、Aランク!?」
「そうですよ」
「しょ、少々お待ちください」
受付嬢が冒険者カードを何度も本物かどうか確認している。
「申し訳ございません。たしかに本物です」
「強そうには見えないかもしれませんけど、正真正銘のAランク冒険者ですよ」
こういう場合、Aランクに昇格した功績などを教えて納得してもらうのが簡単な方法なのだが、帝都の冒険者ギルドで攻め込んで来た帝国の兵士を何万人も撃退しました、なんて事を言う訳にはいかない。
けれども受付嬢は冒険者カードだけで納得してくれた。
「Aランク冒険者なら問題ありません。情報を提供させていただきます」
怪盗バットは財宝のある場所へ唐突に現れるものの逃走する姿は何度も目撃されていた。
その時の目撃情報から人相書きが冒険者ギルドには出回っていた。
「なに、これ?」
人相書きを見たアイラの戸惑いも分かる。
先ほど受付嬢が言っていたようにタキシードみたいなスーツの上に黒いマントを広げており、頭にシルクハット、目元はサングラスで覆われているせいでどんな顔をしているのか分からなかった。
これでは人相書きとは言えなかった。
「これでも少ない目撃情報から必死に作った人相書きですよ。予告状が出されても基本的に本人へと出されています。ターゲットがプライドの高い貴族が中心なので冒険者ギルドが事前に頼られる事がないんです」
そういった人たちは自前の戦力を持っている。
怪盗に狙われたからと言ってわざわざ新たな戦力を呼び集める必要もない。
だが、その油断が命取りとなって財宝が次々と盗まれていた。
「これまでにも分かっているだけの被害についてまとめた物がありますが、確認されますか?」
「お願いします」
確認させてもらったが、狙っている物に法則性らしい物はない。
敢えて言うなら被害者が評判の悪い貴族や商人ばかりという事。
今回狙っているオークションの品物の中には、元々は評判の悪い貴族や商人が所有していた財宝も含まれているものの現在は国の所有物となっている。
元々の所有者については、カトレアさんに頼めば確認できるかもしれないが、あまり手を煩わせたくないので、そっち方面から探すのは諦めた方が良さそうだ。
「ありがとうございました」
資料を見せてくれた受付嬢にお礼を言ってその場を後にする。
これからどうするべきか?
「ちょっといいか?」
突然、声を掛けられた。