第25話 巨大土竜討伐祝杯
「乾杯」
冒険者ギルド内にグラスを打ち付け合う音が響き渡る。
冒険者のほぼ全員が酒の入ったグラスを手にしており、陽気な気分になって酒を次から次へと飲んでいた。
そんな風に飲める理由は、今日飲む酒が全て俺の奢りだからだ。
「本当に今日はお前の奢りなんだよな」
遅れてやって来た冒険者が確認してくる。
「もちろん」
冒険者の質問に頷く。
カンザスを苦しめていた巨大土竜を無事に討伐できたお祝い――それが表向きの理由だった。
「よし、飲むぞ」
意気揚々と酒場のカウンターへと向かって行く。
既に冒険者ギルドに併設された酒場だけでは広さが足りず、酒場でグラスを受け取ってギルドの方で飲むようになっていた。
「へい、巨大土竜の照り焼きだよ」
「これが巨大土竜か」
冒険者ギルドの外にある広い庭には巨大土竜の死体が置かれていた。
その一部は既に切り取られて街の料理人の手によって調理されていた。こっちで貰っても大した報酬にはならないので冒険者ギルドの方で買い取ってもらった物が振る舞われている。
俺もきちんと金を払って食べさせてもらおうとすると既にシルビアが必要な分を確保してくれていた。
「どうぞ」
フォークに突き刺した一口サイズの照り焼きを差し出して来たので口の中に入れる。
「うん、美味しい」
この世界。強い魔物ほど肉は美味しくなる。
一般的な見地から言えば災厄レベルだった巨大土竜の肉は美味だった。
シルビアも一口食べる。
「そうですか? お肉は美味しいと思いますが、もう少しタレに工夫ができそうな気もしないでもありませんが……」
「言うじゃねぇか」
彼女の口には合わなかったらしい。
それを調理していた料理人にしっかりと聞かれてしまった。
「お嬢ちゃんなら、どう調理するのか聞かせてもらおうじゃないか」
「いいでしょう」
調理台へ近付くと俺に頼んで道具箱から必要な調理器具を次から次へと手にして行くシルビア。
気付いた時には新しい調味料が出来上がっていた。
「……美味い!」
「これは使ってもいいですよ」
「ああ、できればレシピを教えてほしいところなんだが……」
「片手間で作った物なので教えるのは構わないのですが……」
シルビアが言い淀むのは使用している素材が特殊だからだ。
迷宮で栽培した特殊な素材もいくつか使用しているので今後も使い続けることはできない。従ってレシピを渡してもあまり意味がない。
「できることなら色々と教えてくれないか? それこそ、この街に……」
「いえ、ご主人様の行く処がわたしのいるべき場所なので」
周囲にいる冒険者たちから「チッ!」という舌打ちが聞こえて来る。
俺もそっち側の人間なら舌打ちしていた。
その場に留まっていられず離れる事にする。
「ごめんなさい」
「いや、気にするような事じゃない」
男から嫉妬の籠った視線が向けられる。
ただ、それだけだ。
カンザスは近くに鉱山があり、依頼の内容も腕力を必要とするものが多いせいで男性冒険者の方が多い。女性冒険者もいないわけではないのだが、男勝りな性格の者が多く、シルビアたちのような可愛らしい冒険者はいない。
そんな環境が一層嫉妬を強くしていた。
「よう」
酒よりも食べ物を楽しんでいるとイリスとフィリップさん、それにガルト君が近付いて来た。
「済まねぇな。こんな催しまで開いてもらって」
「気にする必要ありませんよ」
実際、大きな依頼を片付けた後で無関係な者まで巻き込んで祝杯を挙げるのは冒険者にとってよくある事だった。今回の依頼は、冒険者ギルド全体を巻き込んでも不自然ではないほど大きな依頼だった。
だが、フィリップさんは俺の意図に気付いている。
「鉱山の金貨は巨大土竜が生み出していた物だった。奴がいなくなった以上、鉱山に新しい金貨が生み出される事はなくなる。鉱山の金貨を求めてカンザスへ来た連中から不満が出ることになるだろうな」
「そうなんですか?」
金を目的に動く冒険者について知識のないガルト君が聞き返していた。
俺もフィリップさんの言葉に同意する。楽に稼げることに期待していた連中がいきなり稼げなくなれば不満が溜まり、不満の向けやすいカンザスという街へと向く事になるのは容易に想像できる。
だからこその打ち上げ。
「そんな事はほとんどの冒険者が分かっている。そんな中で打ち上げなんて開いて騒いだんだから不満を街へ向けるわけにはいかないよな」
俺の奢りだが、街からも料理人を何人か借りるなど協力してもらっている。
これは、巨大土竜討伐を祝した打ち上げ。
無料で飲み食いして祝っている以上、巨大土竜がいなくなった事に対して文句を言う権利は参加者にはなくなる。
それでも言ってくるようなら昨日の連中と同じようにボコボコにしてしまうだけだ。
「本当にいなくなっちゃうんですか?」
「うん?」
声がしたので見下ろしてみるとガルト君の目が潤んでいた。
シルビアとイリスが屈んでガルト君と視線を合わせる。
「僕、もっとお姉さんやお兄さんから色々と教えてもらいたいです」
「それならフィリップさんから教えてもらうといい。私も彼から冒険者として必要な事を色々と教わった」
「そうかもしれませんけど……」
ガルト君の視線がチラチラと俺へ向けられる。
「僕はお兄さんみたいに強くなりたいんです。そして、今度巨大土竜みたいな悪さをする魔物が出た時には僕が退治するんです」
握り拳を作って力をアピールするガルト君。
無謀もいい所なのだが、やる気に満ちている子供に「無理だから諦めなさい」とは言えない。
相手はAランク冒険者パーティを壊滅させられる魔物。巨大土竜を軽々と倒した俺たちの力を見せてしまった事で勘違いさせてしまったらしい。
「君はどんな冒険者になりたい?」
「どんなって……」
「私?」
ガルト君の視線がイリスに向けられる。
フィリップさんの指導を受けているガルト君にとってイリスは姉弟子のような立ち位置になる。目標としてこれ以上の存在はいないだろう。
だが、ガルト君の目標は全く違った。
「それはもちろん強くなって二つ名を貰えるぐらい有名になりたいです」
「え……」
二つ名。
俺たちのパーティで持っているのはメリッサとイリスのみ。
メリッサは離れたところでお酒を片手に冒険者を相手に情報収集をしているためガルト君の言っている二つ名を持っている人物が誰の事なのかすぐに分かった。
「も、もしかして私の二つ名を知っているの?」
「もちろんですよ。『剣と魔法を駆使して軍隊を圧倒しながら戦場を駆け抜けた蒼髪の女性』――その姿から『蒼剣』という二つ名を貰ったんですよね」
そもそもカンザスまで伝わっていないはずがなかった。
カンザスは街道の関係から交易はクラーシェルに頼っており、戦争が起こった場合には影響が大きく出る。春先の戦争でどんな事があったのかは注目していただろうし、領主の息子なら正確な情報を得ることができる。
それにフィリップさんという伝手もある。
イリスがどんな人物なのか詳しく知ることは難しくない。
「い……」
「い?」
「嫌ぁぁぁあああああ!」
イリスの叫び声に驚いたガルト君がシルビアに抱き着いていた。
巨大土竜の投げた岩から守った事で一番信頼できる人物だと思われているみたいだ。
「おい……」
「帰ろう!」
叫んだ後、俺に掴みかかって揺すって来た。
「いや、もう遅いから……」
「じゃあ、隣の村まででもいいから走って移動しよう」
「無茶言うなよ」
俺たちの移動速度ならすぐに着くかもしれないが、諸事情により無理だ。
「どうして!」
「もう、無理……」
イリスの手から逃れると木陰まで走って胃の中に溜まっていた物を吐き出す。
揺すられたせいで酔いが一気に回ってしまった。
「あいつ、酒に弱かったのか。意外な弱点だな」
フィリップさんが何か言っているが聞こえない。
「もう、無理……」
俺に致命傷を与えたイリスは恥ずかしさから致命傷を受けたらしく俺の近くにある木陰で隠れるようにしていた。
おそらく近い内にアリスターにも伝わっているはずなので慣れて貰わなければならない。
「これが大金を手にした凄腕の冒険者ですか?」
「そんなものだ」
幻滅したかもしれないが、フィリップさんが言うようにそんなものなので理想とかけ離れていても謝ることはできない。
とにかく大金が手に入ったのは非常に助かった。