第18話 金貨に眩んだ目
冒険者ギルドまで雇った冒険者たちの護衛をすると解散となった。
鉱山で何があったのかは全ての冒険者に伝えてある。それに全員が何枚もの金貨を手にしているので負傷した者は笑顔だった。
負傷については、メリッサの魔法で癒している。
幸い、後遺症になるような怪我ではなかったらしく、無事にこれから飲みに行くことだった。
シルビアに抱えられていたガルト君はフィリップさんに預け、彼が自宅である領主の屋敷まで連れて行くとのことだ。
俺たちは俺たちで冒険者ギルドの方へ報告を行う。
鉱山での採掘中に巨大土竜が姿を現したこと、金貨を吐き出すことなど鑑定をして得られた特性についても報告する。
そして、戦闘中の油断から坑道の一部を崩落させたこと。
本来なら罰金などがあるところだが、相手が巨大土竜ということで大目に見てもらうことができた。
報告が終われば宿へと帰ることができる。
しかし、俺が解放されることはなかった。
「これより反省会を行う」
イリス主導の元、反省会が行われる。
最も反省するべき存在――というよりも今回反省しなければならないのは俺一人なので、俺は宿の部屋の床に正座させられていた。
正面には呆れた表情のイリスが腕を組みながら立ち、メリッサは俺の失態に頭を抱えて椅子に座っている。アイラはベッドの上に寝転びながらお菓子を食べている。傍にいるシルビアは俺をフォローしようとしてくれているが、最も迷惑をかけてしまったのが彼女なため素直に受け入れることができない。
「さて、何が問題だったのか分かる?」
「……巨大土竜の討伐依頼を引き受けたのに失敗してしまったことです」
「正確に言えば即座に巨大土竜を討伐しなかった事。今回の事は、多くの冒険者が目撃している。下手な言い訳はできない」
シルビアに頼んで魔石を破壊してもらえば今頃は巨大土竜の討伐を終え、打ち上げをしている頃だった。
こんな事態になっているのも俺の慢心が原因だ。
とは言え、言い訳ぐらいはさせて欲しい。
「まずはこちらをお納めください」
道具箱の魔法陣から大きな箱を取り出す。
蓋を開けると中には金貨がギッシリと詰め込まれていた。
「ぶほっ」
寝転びながら饅頭のようなお菓子を食べていたアイラが大量の金貨を見た驚きから吹き溢していた。
「こ、これは……?」
「さっき手に入れた金貨」
「何を回収しているの!」
「いや、あの場に放置してくるのは勿体ないだろ」
箱の中に入っていた金貨は巨大土竜にダメージを与えて出させた金貨だ。
あの場に放置したままだと後から来た冒険者に回収される可能性があるし、その前に腹を空かせた巨大土竜が食べに戻って来る可能性があった。
「そんな暇はなかったはずだけど?」
「金貨を回収したのは俺じゃない。迷宮からゴブリンやコボルトを10体呼んで回収させた」
人手なら魔物でよければ召喚でいくらでも呼び出すことができる。
ゴブリンやコボルトを選んだのは鉱山にいても目立たない魔物だったからだ。
崩落が起きたせいで全ての冒険者が退避していたが、他に冒険者が来ない可能性がないとも言えない。そのため目撃されても元から鉱山にいた魔物だと言える魔物を呼び出していた。
召喚で呼び出すと同時に迷宮魔法で用意した大きな箱を置いて来た。
全ての金貨を回収後、箱を召喚で手元に呼び出せば箱ごと金貨を回収することができる。
呼び出した魔物については迷宮に帰ってから召喚で戻す必要がある。
……忘れないようにしないと。
「で、何枚回収できた?」
「俺も数えたわけじゃないから正確な数は分からないんだけど……」
レベルの低いゴブリンやコボルトでは回収した金貨の枚数を数えるような知能はない。
箱の中にはざっと見たところ数百枚の金貨が詰まっていた。
「【鑑定】」
メリッサが【鑑定】を使用する。
「全部で809枚の金貨が入っていました」
「分かるのか?」
「箱を【鑑定】してみたところ『金貨(偽)809枚の入った箱』と表示されました」
「なるほど」
金貨ではなく、箱に対して【鑑定】を使用したのか。
この箱も迷宮魔法で生み出した物なので【鑑定】の対象となる。
そんなに入っていたとは俺の予想以上だ。
「これで分かっただろ」
「何が?」
「数分間、電撃を流し続けて重量を重くするだけでこれだけの金貨を稼ぐことができたんだぞ! 金に目が眩んで止めを躊躇しても仕方ないだろ!」
「「えー」」
アイラとイリスから呆れたような視線が向けられる。
けれども考えてほしい。
ちょっとダメージを与えるだけで金貨809枚の収入。
最後までボコボコにし続けることができたなら何万枚の金貨を稼ぐことができたのか……
「いや、ちょっとのダメージじゃないから」
「あんたの流した電撃。一般人相手なら数秒で感電死するようなレベルの威力だったからね」
それでも巨大土竜を倒すには至らなかった。
「マルスが止めを躊躇した理由は分かった。それで、一番近くにいたシルビアが止めを差さなかった理由は?」
「え……」
イリスたち3人の視線がシルビアへと向けられる。
シルビアは自分に矛が向くとは思っておらず、急に話を振られて焦っていた。
「すぐ傍にはいたけど、シルビアは何も悪くない。止めを差すように提案してくれたのに俺が遮って……」
「ごめんなさい! わたしも金貨に目が眩みました」
自分の行いを恥じたシルビアが両手で目を覆って懺悔を口にする。
「だって、こんなに大量の金貨が目の前にあるのよ。もっと手に入れたいと思うのが普通でしょ!」
「それを言われるとあたしもこっち側かな?」
シルビアの叫びにアイラが味方になってくれた。
「金貨に目が眩んだのは仕方ないかもしれないけど、Aランク冒険者は難しい依頼を指名されたり、失敗がそのまま依頼人の危機に繋がってしまう重要な依頼をされたりすることだってある。私たちには『依頼を成功させられる』っていう信用が必要になるの! お金に執着しているようなランクじゃないの」
「そうなんだけど……」
イリスから攻められてアイラは何も言い返せない。
俺たちは気付いたらAランクになっていたような感じなので責任感とかには疎くなってしまっている。
「ちなみに限界までボコボコにしたら金貨を何枚ぐらい吐き出すと思う?」
「それは……」
今度はイリスが言葉に詰まっていた。
「あれだけのダメージで800枚で済んでいたところを考えると最終的には数十万枚……いえ、100万枚を超える可能性もあります」
メリッサの告げる枚数にイリスが息を呑みこむ。
たしかに依頼を引き受けるうえで信頼は大切だが、それと同じくらい金を稼ぐことも大切だ。
イリスもフィリップさんたちと一緒にパーティを組んでいた頃は、色々と金策に苦労していた話を聞いている。思えばイリスと初めて会ったのも一部の者にだけギルドから紹介される稼ぎやすい遺跡探索だった。苦労話の一つとして聞いた。
「とにかく止めを差せなかったのは反省している。けど、次にあった時は全ての金貨を吐き出させるぐらいボコボコにするつもりだ」
「向こうに【土中潜行】がある限り、逃げられる可能性は大きいけど……」
「大丈夫です。【土中潜行】対策なら既に考えてあります」
さすがは頼りになるメリッサ。
既に逃亡スキルの対策を用意していた。
「問題は、次に会う方法だな」
今日の一件で巨大土竜の警戒心を強めてしまった。
囮を用意して離れた場所から護衛する方法は使えないかもしれない。
全員の視線がメリッサへと集まる。
「あまりに頼りにされても困るのですが……」
溜息を一つしてから、
「一応、第3案はあります」
用意しておいた案を教えてくれた。
「ここは、初心……と言うよりも最初の問題に帰るべきです」