第17話 崩落
巨大土竜の残った爪9本全てが爆発を起こす。
ただし、爆発を起こしたのは爪の付け根部分のみ。
爆発を推進力にして坑道内を縦横無尽に飛んで行く。
「ひっ……!」
自分たちのすぐ目の前の地面に1本の爪が突き刺さったことで冒険者たちが怯える。
残りは、5本が天井に突き刺さり、2本が左右の壁に突き刺さっていた。
「最後の1本は……!」
周囲を探すとすぐに見つかった。
巨大土竜の胸の端から爪の先端が微かに見えている。
「おまえ……」
胸の下にあった爪が爆発を起こす。
爆風によって巨大土竜の体が上へ吹き飛ばされる。
同時に背中に乗っていた俺も後ろへ吹き飛ばされていた。
「大丈夫ですか?」
「問題ない。それよりもマズいことになった」
天井を見上げる。
俺の行動に呼応するかのように天井や壁、地面に突き刺さっていた爪が爆発を起こす。
「うお……!」
壁が崩れ、天井から岩が落ちて来る。
冒険者たちのいる離れた場所にも影響が及び、天井から岩が落ちてきているもののどうにか回避して対応していた。子供のガルト君が心配だけど、フィリップさんが小さな体を抱えて岩を避けてくれている。
「あいつは?」
坑道の奥へと巨大土竜が駆けていた。
首だけを動かして巨大土竜がこちらを見る。その顔は、どこかこちらを嘲笑っているように見えた。
「逃がすか!」
両手を正面に突き出して特大の風の弾丸を生成する。
坑道を埋め尽くすような突風が駆け抜けるが、魔法が当たる直前に巨大土竜が横の壁に飛び込む。
特大の風弾が坑道の奥にある壁に当たる。
「やべ……!」
大きな震動が鉱山全体へと伝わる。
「ど、どうするんですか……!?」
隣にいるシルビアが慌てている。
巨大土竜の爪爆による影響も大きかったが、鉱山全体まで震動が伝わってしまったのは俺の風弾が原因だ。
『こちらまで揺れが起こっています』
『崩落の心配はないけど、揺れが続いているせいで雇った連中が怯えている』
『こっちは脱出までもう少しだから問題ない』
離れた場所にいるメリッサ、イリス、アイラから念話が届く。
事前に避難を始めていたアイラのいるグループは問題ない。
しかし、メリッサとイリスが護衛をしているグループについても念の為に脱出をさせた方がいいかもしれない。
崩落が起きるほどの揺れではないみたいだが、俺たちのいる場所を見てみると崩落の可能性を捨て切ることはできない。
『今日の採掘は全員中断。問題はシルビアの方なんだけど……』
『どうやら自主的に退避を始めてくれたみたいです』
地図では護衛が誰もいないグループが退避を始めていた。
護衛がいないことで他のグループよりも怯えが酷いみたいだ。
「なら、俺たちもこのまま脱出することにしよう」
巨大土竜との戦闘があったこの近辺の一番揺れが酷い。
「今日の作業は中止です。全員、脱出を始めて下さい」
「あ、ああ……!」
冒険者たちに呼びかける。
冒険者たちが巨大土竜が現れた時に驚いた拍子に放り投げてしまった採掘道具や自分の武器を回収する。
「……ん?」
天井の不審な様子に気付いた一人が天井を見上げる。
次の瞬間、顔ぐらいの大きさがある岩が落ちて来て冒険者の頭に当たる。
「あ、ああ……!」
当たった場所を押さえて蹲る。
「大丈夫か!?」
フィリップさんが駆け寄って様子を確認する。
蹲った冒険者の顔の左半分が血で真っ赤に染まっていた。意識はあるみたいだけど、出血が酷いので早急な治療が必要になる。それに頭に当たっているので目に見えないダメージがあるかもしれない。
生憎と俺は回復魔法が苦手だ。なので収納リングから取り出した回復薬を飲ませて、いざという時に備えて医療知識を得ていたシルビアに応急手当を任せるしかない。
「ほら、掴まれ」
「ありがとうございます」
怪我を負った冒険者にフィリップさんが肩を貸していた。
他の冒険者には誰かを助けるような余裕はない。
「失敗したな」
依頼をお願いした時に怪我人を出さないよう言われていたにも関わらず、結局のところ怪我人を出してしまった。
それと言うのも俺の傲慢が原因だ。
魔法で身動きを封じ、ダメージを与えることで金貨を出し続ける光景を楽しんでしまった。
シルビアが言うようにさっさと倒していれば、坑道の崩落などという事態は起こらなかった。
「反省は後でもできます。まずは、外へ出ることを優先させましょう」
「そうだな」
シルビアと一緒に最後尾を歩く。
護衛としている以上、全員が脱出できたのか確認する必要がある。
「あうっ」
ガルト君が転んだ。
子供の体では揺れが続く坑道は歩きにくい。
「危ない!」
シルビアが横の壁から飛んで来た岩に気付いた。
上から落ちて来るのなら俺も気付いたのだが、横から飛んでくるなどという状況は全く予想していなかった。
シルビアが気付けたのは地図があったから。
どこかへ消えたはずの巨大土竜が戻って来て壁から体を少しだけ出して岩を投げつけて来た。
俺と違って地図にも気を配っていたシルビアは巨大土竜がいることに真っ先に気付くことができた。
しかし、落ちて来る岩と違って飛んでくる岩は速い。
子供では避けるのは不可能。
視界を埋め尽くすような巨大な岩を前にしてガルト君は動けない。
「ガルト君!」
足が竦んで動けないガルト君をシルビアが突き飛ばす。
ガルト君が立っていた場所には彼女が立つことになり、岩が直撃する。
「お姉さん!」
「この……!」
突き飛ばされたガルト君がシルビアに駆け寄る。
俺は、岩を投げ飛ばして来た巨大土竜へ跳躍で近付くと剣を振る。
しかし、俺の接近も予測していたのか剣が通り過ぎる時には笑いながら壁の中へと消えていた。
「クソッ……!」
壁を殴って苛立ちを露わにする。
今度こそ完全に離れたらしく、地図で表示できる範囲からいなくなっていた。
「無事か、シルビア?」
「問題ありません」
「え……?」
岩の中から姿を現したシルビアを見てガルト君が言葉を失っていた。
「お姉さんも土竜と同じようなことができるんですか?」
岩を擦り抜ける。
【土中潜行】を持つ巨大土竜にもできるだろう。
「別のスキルですけど、わたしにも同じようなことができます」
「よかった……」
安心したのか、その場に座り込んでしまった。
「よいしょっと」
座り込んだガルト君をシルビアが抱き上げる。
「お、お姉さん……!?」
「ここはまだ危険です。動けないようなのでわたしが運んであげます」
「ぼ、僕なら大丈夫……!」
「遠慮しなくていいんですよ」
恥ずかしがったガルト君が逃れようとするが、ガッチリと抱え込んだシルビアから逃れることはできない。
そんな思春期の少年を冒険者たちがほっこりとした笑顔で見ていた。
「済まないな」
「いえ、子供ぐらいなら大丈夫ですよ」
フィリップさんは負傷した冒険者に肩を貸している。
ガルト君はシルビアに任せることにしたみたいだ。
「俺が代わろうか?」
訊ねるが、首を横に振られる。
理由を訊ねようとするとメリッサからアドバイスが届いた。
『主は、迷宮魔法:鋼で崩落が起きそうな範囲だけでいいので強度を上げてください。それで脱出までの安全は確保できるはずです』
シルビアでは迷宮魔法は鋼を使えないので脱出までの安全は俺が確保するしかない。
とりあえずメリッサのアドバイスに従って魔法を行使する。