第15話 土中潜行
地図に表示される反応を注視する。
反応が正しければ俺のいるグループに向かって進んできている。既に上で採掘をしていたシルビアの近くを通り過ぎている。
反応が冒険者の一人の頭上へと迫る。
天井が水面のように波打ち鋭い爪が出て来る。
「これが神出鬼没の理由か」
冒険者が気配を感じ取ったのか上を見上げ、自分へと迫る爪を確認する。
「ひっ……!」
狙われた冒険者は恐怖から何も言えずに腰を抜かしてしまう。
「よっと」
誰もが無残に斬り裂かれる姿を幻視する中、響き渡る軽い声。
ロックリザードの時と同じように跳躍で近付くと巨大土竜の体を蹴り飛ばす。
――チャリンチャリン
硬貨が地面に落ちる音が響き渡る。
それも1枚や2枚ではなく、10枚以上の硬貨だ。
地面を見てみれば巨大土竜が蹴り飛ばされた方向へ金貨がばら撒かれていた。
「鉱山の金貨を巨大土竜が生み出しているって言うのは正しかったみたいだな」
土壁を背にしながら巨大土竜が立ち上がる。
一歩、踏み出すと巨大土竜が慌てて顔を右へ左へと動かす。
「こうして見ていると本当にデカい土竜だな」
突然襲い掛かって来た魔物は、土竜をそのまま大きくしたような姿をしており、茶色い毛にクリッとした目が特徴的な可愛らしい顔だった。
だが、サイズが問題だ。
俺たちがいる坑道はそれなりに広く造られているはずなのだが、姿を現した巨大土竜は体を屈めて窮屈そうにしていた。
顔の可愛さに反して巨体なせいで見る者によって恐怖心を抱いてしまう。
現に『巨大な土竜』が現れただけで冒険者たちは戦意を喪失していた。
冒険者たちを守る為に巨大土竜との間に立って神剣を構える。
巨大土竜も鋭い爪を俺へ向けて来る。
振るわれた左手の爪を右手に持った神剣で受け止めると右手の爪を向けて来た。
巨大土竜にとっては無防備に見えたらしい。
「甘いんだよ!」
俺も空いていた左手を巨大土竜へ向けると掌から発生させた風を叩き付けて吹き飛ばす。
巨大土竜の大きな体が転がると坑道が揺れる。
「これはマズいな」
天井からはパラパラと砂が落ちて来る。
巨大土竜との戦闘は早めに終わらせなければならない。
気になるのは転がっている間も零れるように地面へ落ちて来た金貨だ。今もゆっくりと立ち上がりながら金貨を零している。
なので、無防備な体を斜めに斬る。
「……なに!?」
斬られた胴体。
本来ならそこから血が流れるはずが、何十枚もの金貨が零れて来るだけで血が流れて来る気配がない。
ダメージらしいダメージがない巨大土竜が後ろへ跳ぶ。
思わず落ちていた金貨を拾ってみる。
鉱山で採掘できた金貨と同様、普通に使われている金貨と変わらない。
意識が金貨へと向く。
その間に巨大土竜が土壁へと跳び込み、姿が消える。
「しまった!?」
誘き出しても倒せなければ意味がない。
何らかの方法でシルビアの【壁抜け】のように土の中を移動することができていた。土の中から現れた時点で、土の中へ逃げられることを警戒していなければならなかった。
だが、どこにいるのかは見えている。
右手を広げ、左手で手首を押さえて地図を頼りに電撃の矢を放つ。
貫通力に優れた【雷の矢】が土壁の中にいる巨大土竜に当たる。
巨大土竜の反応がどんどん離れて行く。
「チッ、逃がしたか」
思わず舌打ちしてしまう。
囮作戦は成功したものの土の中を自由に移動できるスキルを持っていたのでは簡単に逃げられてしまう。
「どうなった?」
フィリップさんがガルト君を連れて近付いて来る。
「さっきのが巨大土竜ですか?」
「ああ、俺が見たのもあの土竜だった」
フィリップさんからも確認が取れた。
今、遭遇した土竜型の魔物が今回の討伐対象。
「逃げられてしまったんですか……」
期待していたガルト君が落ち込んでいる。
「いや、まだ終わっていない」
今も巨大土竜の反応は追っている。
☆ ☆ ☆
土の中を移動して来た巨大土竜が天井から鼻先だけを出して坑道の様子を確認している。
鼻をスンスン動かしているけど、匂いを確かめているわけじゃなくて魔力を確認して自分では勝てないような相手がいないか警戒している。
さっき雷の矢を当ててダメージを与えたと聞いたから余計に警戒しているみたいだ。
あたしは天井にいることを気付かないフリをしながら視線を向ける。
『いいですか? 相手が何者であるのか確認するのを優先させてください』
メリッサから念話が届く。
事前に色々と決めていたにも関わらずマルスが忘れていたことをあたしがする。
あたしたちの主は決して頭が悪いわけじゃないんだけど、時々抜けているところがあるせいで今回も忘れていたことがある。
そんなことがあっても支えるのがあたしたち眷属の役割。
本当はさっさと斬り掛かって鼻先を落としたいところだけど、我慢して魔法を使う。
迷宮魔法:鑑定。
迷宮魔法の鑑定は、迷宮から得られた武器や防具、道具といった物。あたしたちみたいな迷宮に関係する人物。他には迷宮から出て来た魔物に対して有効。
使用対象が絞られてしまっているものの、条件さえ満たしているならどんな方法を用いても抵抗することができない。
以前、巨大海魔が出て来た時には迷宮の魔物だなんて予想していなかったから鑑定の使用を怠ってしまっていた。
もしも最初から使用していれば近くに迷宮があることに気付けた。
なによりも、もっと早い段階で迷宮核から色々と情報を引き出すことができたかもしれない。
今回も迷宮が関わっているかもしれない。
【鑑定】が成功するだけで迷宮が関わっている事実が証明される。
魔法が苦手なあたしだけど、【鑑定】みたいな魔法なら使うことができる。
「成功した!」
思わず声に出してしまう。
けど、ステータスやスキル、様々な情報が手に入った。
声が出てしまうのは仕方ないだろう。
「げ……」
目まで天井から出した巨大土竜と視線が合う。
自分が隙を伺っていたことを知られた巨大土竜が土の中へと潜ってしまう。
咄嗟に斬撃を飛ばすものの既にいなくなった後だ。
「【土中潜行】」
それこそ巨大土竜が土の中を自由に移動しているスキルの名前だ。
【土中潜行】は、土限定でシルビアの【壁抜け】と同じように擦り抜けることができるようになるスキル。すり抜けられる対象が『土』に限定されているけど、【壁抜け】よりもずっと消費魔力が抑えられ、巨大土竜の魔力量を考えれば、その気になれば何日でも土の中に引き籠ることができるようになれる。
これは厄介だ。
居場所が分かっている時に仕留めないと引き籠られて苦労する。
「どうしました!」
いきなり斬撃を飛ばしたあたしに近付いて来る冒険者の一人が声を荒げていた。
彼らにしてみれば護衛がいきなり武器を抜いているのだから警戒するのも無理はない。
「なんでもないわ。さっき巨大土竜がいたけど、あたしがいることに気付かれて逃げられたわ」
「なっ!? ここに現れるんですか?」
「こうしちゃいられない!」
「ちょ、ちょっと……」
あたしの言葉を聞いた冒険者たちが採掘道具を持って入口の方へと走って行ってしまう。
逃げられたから危険はないものの地図が見えない彼らにはどこから襲ってくるのか分からない恐怖に囚われてしまうのも仕方ない。
仕方ない。
彼らの護衛として近くにいるあたしが離れているわけにはいかない。
「鑑定結果は【迷宮同調】で知らせるからしっかりと仕留めなさいよ」