第14話 鉱山の魔物
色々と採掘に必要な道具の準備があるということで翌日。
朝から鉱山へやって来た俺たちは5組に分かれて採掘作業に勤しむ。
――カンカンカン!
坑道にハンマーを壁に打ち付ける綺麗な音が響き渡る。
冒険者たちは壁に何度もハンマーなどの持参した道具を何度も打ち付け、ようやく壁が少しばかり剥がれる。剥がれた壁の中には鉱石も含まれているため慎重になりながら砕く。
「やった! あったぞ」
壁を削っていた冒険者の1人が1枚の金貨を手にして喜んでいた。
金貨を手に入れた冒険者が大事に懐へしまう。
他にも8人の冒険者が朝から一生懸命採掘作業をしてくれているが、4時間の採掘で得られたのは金貨20枚。
自分たちとの違いに戸惑いながらフィリップさんに確認する。
「これが普通ですか?」
「お前らが異常なんだよ」
改めて呆れたような視線を向けられてしまった。
俺たちとの違いは、アイラのように壁をガンガン削って行っているのではなく崩落や壁に埋もれている金貨や鉱石を傷付けないよう慎重に削っているからだ。そもそも採掘作業は重労働なので時間がかかる。
採掘が専門ではない者にとっては、彼らの採掘速度の方が一般的だった。
それに何十分も採掘を続けても金貨が出て来ない場合の方が多い。
シルビアのようにちょっと削っただけで金貨が何枚も手に入るような幸運は絶対に続かない。
『この光景を見て何か思うことはないか?』
『『……』』
シルビアとアイラから無言の感情が届く。
離れた場所にいるが、【迷宮同調】のおかげで距離に関係なく言葉や感情を届けることができる。
おかげで、こうして恥ずかしがっているのが手に取るように分かる。
『お前ら、やり過ぎなんだよ』
可能なら目立つような真似はしたくない。
あの場にはフィリップさんしかいなかったから問題もないだろうが、今は何十人という冒険者の目があるので自重してもらわなければならない。
まあ、護衛として近くに待機しているだけなら目立つようなこともない。
「僕も採掘作業を手伝いたいです」
「ダメだ」
採掘を手伝いたいと言ったガルト君。
そのお願いを却下するのはフィリップさんだ。
「採掘は本当に力のいる作業だ。体がきちんと成長し切っていないお前に重労働をさせるわけにはいかない」
フィリップさんの言葉には俺も納得する。
俺も子供の頃は「兵士になって村を守る」と父に言っていたが、父から魔物と戦うような実戦的な訓練はさせられなかった。親として子供に苦労をかけたくないという想いもあったのかもしれないが、それよりもきちんと成長させることを優先させてくれた。
子供の内に無理をしてしまうと成長を阻害させてしまう可能性が高い。
だが、子供に難しい言葉を並べて説明しても納得してくれない。
ガルト君が不貞腐れるようにフィリップさんから少しだけ離れる。
鉱山が危険な場所で自分を守ってくれる存在であるフィリップさんの傍を離れない方がいい、という理性は残っていたみたいだ。
子守も大変だ。
「フィリップさんも大変ですね」
「ああ、今は昔の仲間だったガンツを頼ってカンザスで冒険者連中を纏めたり、イリスを教育したこともあって子供たちに色々と教えたりするよう頼まれている。初めてイリスを見た時は、ティアナを失って消沈していた頃だったからなんとなく引き取っただけだったんだが、人生何が役に立つのか分からないな」
この会話もイリスには聞かれている。
本人は俺との会話が繋がっているとは夢にも思っていないため恥ずかしげもなく語っている。
「他にも面倒を見ている子供はいるが、こいつは領主の子供でもあるから色々と経験させておきたい。今回の一件……というよりも規格外の相手がいることを実際に目で見せておきたい」
「たしかに巨大土竜なんて存在は滅多に遭遇できるものではないですからね」
俺の言葉に首を横に振るフィリップさん。
「俺が見せておきたいのはお前の戦闘だ」
「え……?」
「他の連中もそうなんだろうが、お前の仲間になった瞬間にイリスはそれまでとは比べようもないほどの力を手に入れていた。それにお前がリーダーであることに誰も異を唱えていない。なんというか……お前はリーダーというよりは『主』に近いんじゃないか?」
『ちょっとバレているよ!?』
『どうする?』
念話で慌てた様子のアイラとイリスの声が聞こえる。
フィリップさんの言葉に慌てた俺だったが、他に慌てた様子の声が聞こえて来たことで冷静になれた。
「そうですね。彼女たちは色々とあって俺のことを『主』と見てくれています。それで?」
「別に関係性について言及するつもりはない。いや、父親としてちょっと気になるところだが、ガルトの前では関係ない。単純にお前が1番強いことを確認しておきたかったんだ」
「なるほど」
1番強い俺の実力を見せておきたかった。
とはいえ、5組に分かれて行動しているため巨大土竜が俺の前に現れる保証はない。
「出たぞ!」
フィリップさんと会話をしていると採掘作業をしていた冒険者の一人が声を上げる。
意識をそちらへ向ければ冒険者たちの向こう側に灰色の鱗を持った蜥蜴がいた。
ロックリザード。
岩のように硬い鱗を持ち、体当たりや鋭い爪を用いて人間を襲う魔物。
「だ、誰か前衛の人を2人……!」
「2人?」
近くにいたガルト君が慌てている。
「ロックリザードは初めて見ますが、鱗が硬く攻撃に強い耐性を持っていることで有名です。ですが、尻尾の付け根部分にだけは鱗がないのでロックリザードを倒す時は、1人が前方で注意を惹いている間にもう1人が後ろに回り込んで攻撃するんです」
一応、フィリップさんに確認してみると頷いてくれた。
ガルト君の説明に間違いないらしい。
「ついでに言えば内臓は美味なんで、けっこうな金額で買い取ってもらえるぞ」
「後ろに回り込む、ね」
2人必要なのは陽動が必要だからだ。
だが、陽動の必要がなく後ろに回り込むことができるなら1人で十分となる。けれども、迂回できるような場所などない行動ではロックリザードに気付かれずに後ろへ回り込むのは至難だ。
先頭で採掘作業をしていた冒険者が自分の武器を手に取る。
「跳躍」
視界内ならどこへでも一瞬で跳べる迷宮魔法を用いてロックリザードの後ろへ跳ぶ。
「……!」
ロックリザードが背後に感じる気配に振り向く。
自分の弱点が背後に分かっていると知っているのか背後への気配には敏感だった。
しかし、振り向いたロックリザードの視界に映ったのは自分の尻尾の辺りへと振り抜かれた蹴り。
ロックリザードを蹴り飛ばすと土の壁に叩き付ける。
壁にぶつかった瞬間、何かが潰れるような音が聞こえた。
「やりすぎた」
潰れてしまったロックリザード。
素材の回収を目的としている場合は最低だ。
『あ~あ』
呆れたような声が念話で聞こえて来る。
「おいおい、ロックリザードを蹴って仕留めたぞ」
「しかも今蹴った場所って……」
冒険者たちがヒソヒソと小声で話している。
……なんだ?
「あの……今蹴って倒しましたよね?」
「そうだけど」
「ロックリザードの体で鱗に覆われていないのは尻尾の裏側なんです。でも、今あなたが蹴ったのは尻尾の横から、でしたよね」
俺もシルビアやアイラのことをどうこう言えない。
目立たないようにと釘を刺したばかりなのにセオリーを全く無視した方法で倒してしまった。
鱗のない場所を攻撃しなければならないのに鱗の上から攻撃してしまった。
迷宮核が視界の隅にロックリザードの姿を表示して『ここだよ』と言いたげに矢印まで出して示している。
『それに跳躍もいけません。あんなことが可能なのは空間魔法ぐらいですが、空間魔法そのものが非常に希少です。多くの冒険者に見られたせいで目立ってしまいました』
メリッサの指摘に頭を抱えたくなる。
俯くと目を輝かせて見上げて来るガルト君の姿が目に映った。
「どうやったら、ロックリザードを一撃で倒すような力を手に入れることができるようになるんですか?」
「それは……」
迷宮主になったらできるようになるよ。
……そんなことは言えない。
「こら、冒険者の秘密を探るのはマナー違反だぞ」
「けど……」
フィリップさんがガルト君を叱っている。
手を掲げて止めるよう伝える。
『総員、地図に注目』
念話で俺とイリスの【迷宮操作:地図】で作った視界の隅に表示された地図に注目するよう伝える。
地図には現在の様子が表示されており、採掘作業をしている冒険者たちも含めて近付いて来る魔物も表示されるようになっている。
坑道の天井を見上げる。
「どうしたんですか?」
俺の不審な様子を見てガルト君が不安そうにしている。
「本命が来ました」
ガルト君が俺の言葉を聞いても分かっていないみたいだったが、フィリップさんはガルト君を守る為に警戒し、冒険者たちも採掘作業の手を止める。
俺も警戒するが、どういうことなのか分からない。
「どこから来る?」
地図には人や魔物は点で表示されている。
接近している存在は、人よりも点が大きい。
この大きな点の反応が間違いなく巨大土竜だ。
巨大土竜の反応はある。
しかし、反応は坑道などない壁の向こう側から近付いて来ていた。