第13話 雇われた囮
翌日の早朝。
冒険者ギルドを訪れると朝から何をするでもなくギルドに集まっていた冒険者に対して大声を上げる。
「稼ぎたい冒険者はいないか? 俺に雇われれば確実に稼ぐことができるぞ」
一昨日もいた斧を持った冒険者が近付いて来る。
「楽に稼ぐ奴は嫌いじゃなかったのか?」
「当然だ。俺が持ち掛ける話は確実に稼げるが、それなりの危険が伴う。もっとも巨大土竜を相手にするほどの危険はない」
冒険者に持ち掛けた依頼内容を告げる。
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依頼内容:1日のみ鉱山内での採掘
依頼人数:上限なし
報酬:1人につき金貨1枚
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「おいおい、こんな依頼誰が引き受けるっていうんだ?」
呆れた表情で冒険者が俺を見ていた。
どういうことだ?
「1日働くだけで金貨が1枚も貰えるのは魅力的だ。だが、この鉱山で採掘をすれば金貨1枚なんてそれほど苦労せずに稼ぐことができるんだ。依頼人に持って行かれるぐらいなら自分で稼いだ方がいい」
何を言っているのかと思ったが、採掘作業中に得た金貨を俺に渡さなければならないと勘違いしてしまったらしい。
普通に考えて、採掘作業をお願いしているのだから採掘中に得た資源は依頼主の物となるのが普通だ。その辺りに明言していなかった俺の失敗だ。なにせ依頼を引き受けたことは何度もあっても依頼を申し込んだ経験は少ない。
「採掘中に得た金貨については自分たちの物にして構わない」
「は? え……それだとお前らの儲けがないだろ。騙されないぞ!」
「そうでもない。俺たちはさっさと巨大土竜をさっさと討伐したいんだが、どういうわけかなかなか現れてくれない」
理由については明言しない。
フィリップさんが否定したように強力な魔物が自分よりも強いことを理由に避けていると言っても笑い者になるだけだ。それに確定したわけでもない。
「そこで人を増やして襲いやすい状況を作り出したい」
「……つまり、俺たちに囮になれって言うのか?」
冒険者の質問に頷くと、その顔に怒気が露わになるもののすぐに冷静なものへと変わる。
「よし、引き受けよう」
「アニキ!」
近くにいた仲間……というよりも舎弟のような男が話し掛けて来る。
「こんな危険な話に乗るんですか!?」
「そうだ。だが、危険はないと俺は踏んでいる」
「は!?」
舎弟が目を丸くしている。
今さっき『囮にする』と肯定したばかりなのに『危険はない』と言っている。
「一つ確認だが、採掘中お前たちはどうするつもりだ?」
「採掘は5つのグループに分けて行ってもらう。俺たちパーティメンバーの誰かが護衛として近くに待機しているから巨大土竜が現れた瞬間に護衛の誰かが戦うことになる」
同時に念話で連絡を瞬時に行い駆け付ける。
巨大土竜の強さや特性について何も分かっていないような状態なので誰か一人で倒せる可能性を判断することはできないが、対処するぐらいなら問題なくできるはずだ。
「蓄えについては問題ないところだったが、稼げる場所が近くにあるのに稼げない状況だったのは悔しい。お前たちなら倒せるんだろ?」
「ま、一度戦ってみてからだな」
「協力はしてやる。だから誰にも怪我を負わせるんじゃねぇぞ」
協力してくれるみたいなので報酬を先に手渡す。
こうすることで最低限の稼ぎは得られることを示せたはずだ。
「お前らもこの仕事を受けろ」
「ア、アニキ!?」
「巨大土竜が出てくる前に稼いだ金を使い果たして困っていたのはどこのどいつだ?」
「それとこれは関係がありません! それにこんな弱そうな奴が護衛にいても信用できません! 相手はAランク冒険者パーティを壊滅させるような奴ですよ!」
「弱そうな奴、ね……」
冒険者が意味ありげに見て来るので冒険者カードを見せる。
5人ともがAランク冒険者だと知って驚いている。
「た、たしかにAランク冒険者なら強いのかもしれねぇが、俺にはとても巨大土竜に勝てるほど強いとは……」
「おい」
フィリップさんが舎弟を睨み付けている。
俺が先頭に立っているが、舎弟が否定した相手の中にはイリスも含まれているのでお父さんはご立腹らしい。
舎弟が凄まれて足を竦ませる。
「脅すような真似をして済まないな。そっちのお前に聞きたいんだが、どうやってこいつらの実力を信用したんだ」
「俺の目にも弱そうに見えますよ」
「な、なら!」
「けれども、それ以上にこいつらは『強い』って俺の勘が働いている。俺は一度だけ巨大土竜を見たことがあるが、誰か一人いるだけで問題ないと判断できます」
「なるほど」
フィリップさんには敬語を使っていた冒険者。
しかし、冒険者ギルドの中にいる冒険者の中では実力をそれなりに知られた人物らしく、彼の言葉によって他の冒険者の意識を集めることに成功した。
まず、舎弟が渋々ながら依頼を引き受けてくれる。
その姿を見ていた舎弟と仲のいい冒険者が寄って来て依頼内容をもう一度確認している。そちらはシルビアが説明している。
彼らにも事前にしっかりと報酬を手渡す。
10人ほどが集まってくれたが、効率を考えるなら50人は欲しいところだ。
「連れて来てやったぜ」
冒険者が後ろに20人ほど連れて戻って来た。
「彼らは?」
「簡単に稼げる状況に胡坐を掻いて散財していたバカどもだ。現在は、稼げていないのにそれでも酒場でのバカ食いやバカ呑みを止めないバカどもだ」
「バカバカ言わないで下さいよ」
連れて来られた冒険者が力なく反論する。
しかし、覇気がないところを見るに本当のことのようだ。
「中には借金までしているバカもいる。見捨てるわけにもいかないから仲間に加えてやってくれねぇか」
「いいですけど、報酬は参加分と実績分だけですよ」
金貨1枚と採掘した分しか渡さないと明言する。
「それでも、あんな化け物に怯えずに採掘ができるなら稼げるさ」
「俺たちだって採掘するだけなら自信があるんだ!」
採掘に自信がある。
鉱夫ではなく、冒険者なのにそれでいいのだろうか?
「こいつらは必要か?」
いつの間にか俺たちの傍を離れていたフィリップさんの傍には15人の冒険者と10歳ぐらいの少年が立っていた。
「まだ数は必要ですから大人の冒険者は歓迎なんですけど、さすがに子供の冒険者は……」
子供でも冒険者にはなれる。
しかし、子供の実力では街の雑用などといった簡単な仕事が限界。
今回の採掘作業には単純な力も必要だし、巨大土竜も出て来る可能性があって危険なので最低限の実力すらない相手には遠慮して欲しかった。少なくとも冒険者になった時の俺と同程度の実力はないと困る。
だが、フィリップさんが連れて来た子供。
簡単には断れない。
「この子は知り合いですか?」
「ガンツの息子の一人だ」
え、領主の子供?
「お願いします。僕も連れて行って下さい」
男の子が頭を下げる。
「金貨がとれるようになって街は賑やかになったけど、大きな土竜が出て来るようになって街の人たちが落ち込んでいるのが分かるんです。僕も大きくなったら将来は冒険者になるんで街が困っている今こそ力になりたいんです」
「こいつらは元々カンザスを拠点にしていた冒険者たちだ。危険のある仕事だが、俺の方で説得して連れて行く事にした」
フィリップさんは巨大土竜が現れない現状に困っている俺たちの姿を見ている。それ以上に巨大土竜に困らされている街の人たちの姿も見ている。
「領主から依頼を引き受けたのは君たちだが、巨大土竜を討伐したいと考えているのは俺たちだって同じだ。あの鉱山は魔物の巣窟になっていて危険な場所だが、色々な鉱石が手に入る場所だ。昔から冒険者にとって稼ぎ場所だったあそこを我が物顔で居座られるのは気に入らない。囮、というのは気に入らないがCランク冒険者でしかない俺では勝てないのは理解している」
リーダー格の冒険者が頭を下げる。
「だから恥を忍んで頼む。俺たちの街を助けてくれ」
「ええ、問題ないですよ」
彼らにも金貨を手渡して行く。
「いや……俺たちは善意で協力するんであって報酬が欲しいわけでは……」
「他の冒険者にも既に渡しています。あなたたちにだけ渡さないと後から問題が発生する可能性があります」
彼らにも生活がある。
協力してくれるというならきちんと報酬を払っておきたかった。
「ガルトは今回は見学だ」
「僕だって手伝いぐらいできるよ!」
ガンツさんの息子が声を上げる。
「採掘作業をするよりもこいつの戦いを見ておけ。その方が将来きっと役に立つぞ」
「ほんとう?」
「お前が酒場で飲んでいるだけの連中レベルで満足できるなら問題ないが、おじさんよりも強くなりたいならこいつらの戦いは見ておいた方がいいぞ」
「わかった」
さすがに子供に危険な採掘作業はさせられない。
子守はフィリップさんに任せることにしよう。
「全部で45人か」
ギルドにいた冒険者がチラホラと加わってくれる。
これだけ集まれば十分だろう。
囮として使うのは申し訳なく思うが、巨大土竜を見つける為には必要な人員だ。