第4話 仲間の気遣い
『依頼を引き受ける前に確認しなければならない事があります』
なんだろう……?
討伐対象である巨大土竜については、直接遭遇したフィリップさんが目の前にいるのだからこれから聞けばいい。
報酬金額についてもAランクパーティが既に引き受けているのだから、実際に雇えるだけの金額が提示されているのは間違いない。
『まず、フィリップさんの仲間であるダルトンさんはどこにいますか?』
「ダルトンはどこですか!」
ハッとした表情になったイリスが質問する。
イリスの中ではフィリップさんと一緒にいない事で彼の身に何かあったのではないかと心配になってしまった。
「心配しなくてもいい。あいつなら今はガンツのところで仕事を手伝っている。犠牲者が出た事で荒れた冒険者が多くなっているんで冒険者を纏められる人間が必要だったんだ」
そこでベテラン冒険者であるダルトンさんが必要とされていた。
イリスの治療のおかげで見た目だけなら引退が必要な体には見えないから新人で粋がっている冒険者相手なら威圧するだけで事足りる。
「そうですか」
何かあったわけではないと分かってイリスも落ち着いている。
『いえ、私が確認したかったのはダルトンさんの安否というわけではなかったのですが……』
『何か問題があった? ……あむ』
俺たちのやり取りを聞いていたアイラが首を傾げている。
それは、いいんだけど『あむ』?
『お前ら、何を食っている?』
『フルーツケーキです』
『チョコレートケーキ』
『チーズケーキですが?』
ケーキの種類を聞いているんじゃない。
『こっちが真面目な話をしている最中にケーキを暢気に食べているのか』
『頼まれていた情報収集は終わりました。後は、依頼内容を聞くだけなのですが、女が3人集まって難しい顔をしていると逆に怪しまれる事になります。それなら、こうして喫茶店で雑談しているようにしていた方が自然です』
メリッサの言っている事はもっともだ。
ただし、アイラが直後に取った行動を見ていなければ……
『すみませんダージリンをお願いします』
『あ、わたしはこちらのハーブティーとシフォンケーキをお願いします』
シルビアまで乗っかって追加の注文をしている。
『さて、本命の質問をする事にしましょうか』
そうしてメリッサは気を利かせて話を進めてくれる。
『何が気になるんだ?』
『金貨の出る鉱山に出没する巨大魔物。鉱山と巨大魔物の間に何の因果関係もないと本気でお考えですか?』
言われると「たしかに」と思える。
これまでにも体が大きなだけの魔物なら他にも確認されているみたいだが、俺たちが討伐した巨大魔物はさらに強力だった。それだけ特殊だということでもあるのだが、何らかの特別な特徴を持っていてもおかしくない。
『私たちにとって最悪のパターンは巨大土竜を倒した事によって金貨が得られなくなってしまう事です。これは事前に対処しなくてはなりません』
メリッサの言葉を聞いてハッとなるイリス。
金貨が得られなくなった事を俺たちのせいにされてしまっては困る。
「あの、まだ確認しないといけない事があるんだけど……」
「どうした? そんなバツが悪そうな顔をして」
フィリップさんには親に怒られるのを恐れる子供のように見えたらしい。
現にイリスは父親代わりだったフィリップさんを前にして、そんな心境だったのだからそのように見えてしまったのも仕方ない。
「巨大土竜を倒してしまった場合、鉱山から金貨が採掘できなくなってしまう可能性もあると思うんだけど、倒した事で私たちが咎められるような事はない?」
娘同然だったイリスの言葉を聞いて、イリスと同じような表情でハッとなるフィリップさん。
この辺の動作に親子のような絆が感じられる。
たとえ血の繋がりはなくても幼い頃からフィリップさんに育てられたイリスへとしっかりと引き継がれているらしい。
「……俺もダメだな。すっかり老いてしまった。たしかに討伐を行う冒険者ならその辺の事にも気付かないといけないのに昔馴染みからの依頼っていう事で、その可能性を失念していた」
「そんなに気にしないで下さい」
「マルスも気付いていたみたいだな。依頼を引き受けようとする直前で何か長く考えているような様子だったから何があったのかと思ったが、依頼内容をきちんと考慮していたんだな」
ごめんなさい俺は全然気付いていませんでした。
気付いたのはケーキを食べながら片手間に話を聞いていた仲間です。
「ガンツは自分の街が所有する鉱山で何人もの犠牲者が出た事を悔やんでいた。奴は街の安全よりも利益を優先するような奴じゃない。それは俺が保証する」
『却下。仲介人の言葉だけでは不確かです』
メリッサもフィリップさんの事を信じていないというわけではないだろうが、依頼人からしっかりと言質を取っておけば確実になる。
そういうところもしっかりしておかなければならない。
「できれば依頼人の方からきちんと依頼を引き受けたいと思います」
「分かった。カンザスへ行ったら鉱山へ赴く前にガンツに会わせる事にしよう」
話を聞いていたメリッサも納得してくれたらしく頷く気配が返って来る。
『すみません。コーヒーをお願いします』
完全にのんびりするつもりですね。
「どうやら、きちんと冒険者をできているみたいだな」
「どういうことですか?」
「冒険者にとって依頼内容をしっかりと確認するのは大切な事だ。討伐依頼にしてもただ討伐すればいい、というだけではない可能性がある。今回のように危険な魔物が現れて困っている場合は討伐するだけでも問題ないが、依頼人が討伐対象の素材を欲しがっている場合もある。そういう場合には討伐方法にも気を遣う必要があるのは分かるな」
間違って火属性の魔法を連発して素材が使い物にならなくなれば討伐には成功しても依頼人からは依頼を失敗したと見做される可能性がある。
そういう事態を避ける為にも依頼の詳細を確認するのは必要な事だった。
「確認していなかった俺に言えた事じゃないが、イリスがその辺にも気付いてくれてよかったよ。きちんとマルスの役に立っているんだな」
「と、当然」
自信満々に答えるものの声が震えている。
体の方も罪悪感から隣で見ていなければ分からない程度だが、微かに震えている。
『ありがとう』
『貸し一つですよ』
コーヒーをのんびりと飲んでいるメリッサには頭が上がらない。
イリスは幼い頃から知っている叔父のような相手が依頼人で困っており、仲介人としてフィリップさんが間に入った事から完全に信用してしまっていた。
一歩引いた場所からこういう事に気付いてくれるメリッサ。
『すいません。お土産にケーキをいくつか用意していただけますか? あ、持ち帰る方法なら大丈夫です。鮮度の方も気にしないで下さい』
収納リングから料理の載った皿を取り出して問題がない事を実演するシルビア。
持ち帰って傷んでしまう事を気にしていたウェイトレスだったが、シルビアが出した新鮮な料理を見て傷んでしまう事を気にする必要がないと納得してくれたみたいだ。
『さすがは帝国に一番近い都市です。色々な物資が流通するのでクリームや砂糖といった趣向品も豊富です。わたしたちだけで食べていては申し訳ないのでご主人様たちにもお土産を買って帰りますね』
シルビアなりの気遣いがありがたい。
『あ、美味しかったわよ』
アイラの言葉には一切の遠慮がない。
しかし、気を遣わない言葉の方がありがたい時もある。
『そっちの情報収集は済んでいるんだよな』
『問題ありません。戦後のクラーシェルで私たちがどのような扱いを受けていたのかは確認が済んでいます』