第1話 蒼剣
帝都から戻って1か月。
イリスの故郷であるクラーシェルの冒険者ギルドへと赴いていた。
同行者はイリス一人。シルビアたちも街までは一緒に来ているが、話を聞きに行くだけの冒険者ギルドまで一緒に行動する必要はない、ということで街の方で思い思いの行動をしている。
「アリスターから来た冒険者です。クラーシェルのギルドマスターから受けた依頼の詳細を聞く為に来たのですが、本人からお話を伺う事は可能ですか?」
「えっと……」
手が空いていた俺たちと同い年ぐらいの若い受付嬢に話しかけたのだが、受付嬢は困惑していた。
ギルドマスターから依頼を引き受けられる冒険者などAランク冒険者Sランク冒険者といったベテランぐらいしかいない。
しかし、今彼女の前にいるのはベテラン冒険者には見えない若い冒険者。
「あの、ギルドマスターは簡単に会える人では……」
――ゴツン。
帰るよう言おうとした受付嬢の頭にそんな音が聞こえそうな拳骨が落とされた。
「い、いった~~~い! な、何!?」
受付嬢が振り向く。
そこには腕を組んで仁王立ちしている受付嬢がいた。
戦争後の片付けでお互いに自己紹介をしており、たしかレリーネという名前のクラーシェルの冒険者ギルドの受付嬢のまとめ役のような事をしている女性だったはずだった。
「なんですか、レリーネさん!?」
「それはこっちのセリフよ。リナリー、何をしようとしたの?」
「新人冒険者がギルドマスターへの面会を求めているようだったので、分を弁えて帰って頂こうと……」
「彼らのランクは確認したの?」
「え……」
当然、されていない。
レリーネさんから確認するよう言われたので冒険者カードを提出する。
「え、Aランク……?」
冒険者カードを裏返して即座にランクを確認する。
「あなたも今年の春先に起こった戦争で大活躍した冒険者は知っているわよね」
「はい。たった4人のパーティでクラーシェルを襲っていた先遣隊1万を殲滅しただけではなく、後から来た本隊数万すら撃退してしまった方々ですよね。この街にいる人なら誰でも知っていますよ」
げっ、そんな風に伝わっていたのか。
それは恥ずかしいな。
「中でもわたしが憧れているのはクラーシェル所属だったAランクの女性冒険者イリスティア様です! 女性にも関わらず、剣と魔法を駆使して軍隊を圧倒しながら戦場を駆け抜けた蒼髪の姿は、まさに『蒼剣』と呼ぶに相応しい活躍だったらしいじゃないですか」
隣に立つイリスが自分の話になって恥ずかしさから体を震わせている。
いつの間にか異名が付けられている事に笑いを堪えるのに俺は必死だ。
『ぷっ』
それなのに我慢できなかった者がいる。
『アイラ~~』
『ごめんごめん』
面白そうになりそうだと判断した迷宮核がいつの間にか眷属全員に念話を繋げていた。
『私の「賢者」とどっちがまともでしょうか?』
『もう……憧れてくれている人だっているんだから失礼でしょう』
諫めるシルビアだが、声が微かに震えている。
『私に異名が付けられたのってマルスの眷属になったおかげでしょう。ちょっと微妙……』
剣と魔法を駆使して軍隊を圧倒する姿。
初日よりも眷属になった翌日の蹂躙戦の方が評価されているみたいだ。
イリスは何年も努力を続けAランク冒険者として申し分ない力を手に入れた。それでも戦場では敵を圧倒できるほどではなかった。
が、一晩同じベッドで寝るだけで簡単に手に入れてしまった。
後悔はないのだろうが、自分の努力はなんだったのかという気分にさせられているのだろう。
「戦場に颯爽と現れ、蒼剣様を助け一緒に戦場を駆ける冒険者の活躍は吟遊詩人の方によって語られていますよ」
笑うのはここまでだ。
これ以上、話を続けていると俺にまで飛び火して来てそうだ。
ちなみに俺は一緒に戦場を駆けたりしていない。
『面白そうですね。そっち方面の情報も集めてみる事にしましょう』
『そうね』
楽しみのネタを見つけた3人が街中を歩いて行く。
「興奮するのはいいけど、目の前に人がいる事は忘れていないでしょうね」
「あ、ごめんなさいレリーネさん。わたしが冒険者ギルドに就職したのも戦争で怯えるだけだったわたしたちを助けてくれた蒼剣様とマルスさんにお近付きになりたかったからなんですよね。けど、あの戦争の後でマルスさんたちのパーティはクラーシェルの冒険者じゃないし、蒼剣様もマルスさんに引き抜かれていなくなってしまうし……」
――ゴツン。
再び拳骨が落とされていた。
全く興奮した様子が落ち着いていなかったので仕方ない。
「目の前にいる二人の名前を確認してみなさい」
「……名前?」
頭を擦りながら俺とイリスの冒険者カードを確認する。
すぐに冒険者ランクを確認したため名前まで確認していなかったらしい。
「えっと、アリスター所属の冒険者マルスです」
「同じく、『蒼剣』らしいイリス……ティアです」
俺とイリスが改めて名乗る。
「え、本物?」
リナリーは憧れていた人物が突然現れた事にキョトンとしていた。
「……本物。これでギルドマスターから依頼を引き受けるだけの実力があると証明できたはず」
「し、失礼しました……! すぐにギルドマスターの予定を確認して参ります! あ、その前にサインを貰ってもいいですか!?」
慌てた様子のリナリーが手元にあった書類を裏返して俺たちの前に出す。
コラコラ、貴重そうなギルドの書類をサインに利用しようとするんじゃない。書類の内容は見ていないが、依頼書っぽい内容だったのはチラッと見て確認している。
さすがにそんな貴重な紙にサインなんてできるはずがない。
――ゴツン。
「い、いった~~~い!」
三度拳骨が落とされていた。
「ギルドの書類を私的な事に使用しない。今サインに使おうとしていた書類、少し前に対応していた冒険者の依頼書じゃない」
「ご、ごめんなさ~い」
逃げるようにギルドの奥へと走って行く。
予定を確認しにギルドマスターの下へ向かったと信じたい。
「ごめんなさい。春の戦争のせいで冒険者ギルドにも少なくない犠牲が出てしまったせいで人不足で新人を採用する必要があったの。彼女は、あの戦争が終息した頃に採用した新人で、採用時の面接からイリスティアみたいな女性冒険者に憧れているって言っていたわ」
「……後で時間を作って話をすることにする」
イリスとしては恥ずかしいのだろうが、誰かに憧れている人物の気持ちというのは分かる。
そのためリナリーの気持ちを裏切るような真似はできない。
「なに?」
「変わったわねイリスティア」
イリスを見てレリーネさんがクスクスと笑っていた。
「あなたの敬語を使っていない姿なんて初めて見たから驚いてしまったわ」
「これは……!」
「気にしないで。幼い頃から大人に混じって敬語を使って一生懸命強くなろうとしている姿を知っている身としては、今の自然体みたいな姿の方がお姉さんとして好感が持てるかな」
レリーネさんは冒険者になった頃のイリスを知っているらしい。
「私もリナリーと同じように10年前の戦争の影響で人手不足に陥った冒険者ギルドに就職しました。数年した頃、幼いながら冒険者ギルドを訪れたイリスティアを姉のように見守って来ました。幸い、才能があったみたいで死ぬような事はなかったみたいですが、タメ口ができるぐらい気の合う人を見つけたお姉さんとしては嬉しいです。今後とも、この子の事をよろしくお願いします」
「は、はぁ……」
レリーネさんから頭を下げられてしまった。
話をしている内に慌てた様子のリナリーが下りて来た。
「ギルドマスターがお会いになるそうです。それから、たまたま依頼人の方も冒険者ギルドにいるみたいなので案内するように言われました」
「依頼人?」
アリスターの冒険者ギルドで依頼を引き受けた時は『クラーシェルのギルドマスターからの依頼』としか聞いていなかった。
てっきりギルドマスターが依頼人だとばかり思っていた。
だが、ギルドマスターを仲介した依頼であって依頼人は別にいるみたいだ。
「依頼人は俺だよ」
「フィリップさん!」
近くにあった掲示板の陰に隠れていた人物を見てイリスが喜んでいる。
誰かに見られている気配には気付いていたが、敵意などは含まれていなかったので気にしていなかったが見ていたのはフィリップさん――イリスの元パーティメンバーで育ての父親みたいな人だったか。
「今回の依頼はフィリップさんが俺たちを指名したんですか」
「いや……俺は今抱えている問題をギルドマスターに相談したところ解決してくれるプロフェッショナルを派遣するとしか聞いていない。それが、お前たちだとは聞いていなかった」
プロフェッショナル。
たしかに経験がない奴よりは経験のある俺たちの方がいいだろう。
「プロフェッショナルと言うほどではありませんが、既に蜘蛛・蛾・蛸と倒しているので土竜も問題ありませんよ」