第45話 オークションの誘い
「敗戦の責任を追及された貴族。彼らは爵位を剥奪、所有していた資産は国に没収されています」
そのせいで国は大慌て。
本来なら敗戦から国を立て直す為にも責任が追及されるような事があっても簡単に処罰されるような事にはならない。馬車馬の如く働いてもらう必要がある。
だが、戦争を仕掛けた裏にある本当の目的が『次期皇帝に反対する者の処罰』である以上、忙しくても敗戦から早々に処罰する必要があった。時間を置けば置くほど責任の追及がし辛くなる。
また、リオの母親に毒を盛った伯爵も資産を没収されている。跡継ぎがいたらしいが、問答無用での資産没収。母親を危険に晒された怒りは激しい。今も迷宮の糧になってもらっているらしい。
「国としては恥ずかしい話なのですが、かなり無茶な戦争を仕掛けてしまったので国庫の中身は国家経営が難しいほど枯渇しています。幸い、捕らえた貴族たちから魔力を搾り取って迷宮の力で最低限の資金だけは確保しましたが、迷宮の力に頼るのは極力避けたいと思っています」
迷宮の力に頼れるのは迷宮主が存命でいられる間のみ。
そんな期限の定まった不確定な力にいつまでも頼っているわけにはいかない。
「そこで、没収した資産を売却する事にしました。土地や屋敷のような不動産から絵画や宝剣、貴重な魔法薬や魔法道具といった物です」
貴族が所有していた資産なのでほとんどが貴重な代物。
土地については、国にとってそれほど重要ではない領地の権利を売り渡し、同時に購入した者へ爵位も与える事になっているので高額で取引される事になっている。
残念ながら領地経営については全く興味がないので不動産を購入するつもりはない。
しかし、魔法道具については興味がある。
「その中に伝説級の道具があるんですか?」
「残念ながら忙しくて私たちも全ての品を【鑑定】したわけではありません。ですが、【鑑定】した剣の中に聖剣が紛れていたのを確認しています」
聖剣――アイラが持っている聖剣と同等の価値を持つなら金貨100枚分の魔力がある事になる。
「少し調べてみたところ、昔は武勇を馳せて爵位を賜った貴族家が所有していた物らしいのですが、現在は過去の栄光に縋るだけの小さな貴族が所有していました。第1皇子に協力して過去の栄光を取り戻そうとしていたみたいですけど、結局のところは失敗。せっかくなので聖剣には国庫を潤す糧になってもらう事にしました」
他にも貴重な代物がゴロゴロと出される事になるらしい。
「他の物については【鑑定】を行わなかったんですか?」
「私たちも戦後処理に追われて忙しかったのです」
人手が足りず、没収した資産の管理にまで手が及んでいない。
最初に貴族が処分された話を聞いた時は軽く考えていたが、聖剣みたいな代物が流出しているとなると一体どれだけの貴族が処分された事になるのか。
今後の統治が心配になる状況だが、その辺は迷宮の力を借りれば数年以内には落ち着いてくれるはずだ。
「本来なら帝国国内の貴族、皇帝が直接招いた他国の王族や貴族、帝国と強い繋がりのある大商人や有名な冒険者しか参加する事ができません」
参加するだけでもそれだけの伝手が必要になる。
本来なら帝国に対して全く伝手のない俺たちでは参加する事すら不可能だ。
だが、3つ目の報酬がある。
「参加資格については私の方で用意します。皇妃になる者からの頼みですから帝室も無視する事ができません」
「というよりも帝室のほとんどをカトレアが掌握しているのが現在の状況だ」
「……リオ様?」
「すまん」
即座に謝るリオ。
皇帝であり迷宮主であるリオも含めて帝国はカトレアさんの掌中にある状況みたいだ。
「話を戻しますが、オークションに出品される代物の中には聖剣と同等、それ以上の魔力を秘めた物があります。参加されますか?」
「参加します」
そんな美味しそうな話を出されて喰い付かないわけにはいかない。
気になる点があるとすれば俺を罠に掛けようとしている可能性がある事。
今回の一件でそれなりに出費をしてしまっているのでオークションに出品される代物の値段を主催者側として釣り上げ資金を回収するつもりなのかもしれない。
それに、そもそもの話、俺たちはオークションに参加した事がない。
魔力を秘めた道具については、迷宮から得られた代物なら【鑑定】を使えば俺たちなら分かる事ができる。だが、その為には自分たちで直接見る必要があるので誰かを代理に立てたりする事ができず、自分たちで参加する必要がある。
オークションの経験などないにも関わらず開催日まで時間があまりない。
「開催日は11月の終わり」
オークションの通知書には開催日や開催場所について描かれている。
開催日まで、あと3カ月もない。
「これからの時期は、農業を中心に領地経営をされている方々にとっては収穫などで忙しく、とてもではありませんがオークションに参加しているような時間はありません。帝国の方も最近になってようやく落ち着いて来たところなので秋が終わった頃に開催することになりました」
その間にオークションについて全く知識のない俺たちが誰かの伝手を得て、情報を貰う。
とても間に合うとは思えない。
それにオークションともなれば多額の資金が必要になる。
迷宮の力を借りれば魔力から資金を得る事は可能だろうが、それで赤字を生み出していては意味がない。
開催日までの間に資金を稼ぐ必要がある。
「そちらも準備が必要ですから開催日が近付きましたら、こちらから連絡をする事にします」
そう言って収納リングから拳大の水晶を取り出す。
「この水晶は『遠話水晶』。予め他の『遠話水晶』が持つ魔力の反応を登録しておく必要がありますが、登録してある『遠話水晶』との会話が可能になります。連絡した結果、迎えに行ける場所にいれば私以外の誰かが迎えに行く事になります」
その頃にはカトレアさんのお腹も目に見えて大きくなっている。
少なくとも帝都の外へ出歩く事は簡単にはできなくなっているはずだ。
「ありがとうございます」
「では、私たちは急いで戻りたいと思います」
せっかく手に入れた母親を治療する手段。
早く試したくて仕方なかったのだろうが、俺との話を切り上げて帰るわけにもいかなかったので留まっていた。
「ああ、それから皇帝宣言の方についてはきちんと出しておくから戦争の件で恨まれるような事はないから安心して欲しい」
「よろしく頼むよ」
俺としてはそっちの方が重要なので助かる。
ベッドを回収したリオパーティがいなくなり、教会が一気に広くなる。
「競争は終わったけど、今回は色々と得る物があったな」
自分の迷宮で鍛えるだけでは不足している物がたくさんある事が分かった。
なにより迷宮の魔力が潤っている。
『さすがは迷宮主の魔力だね。たった6日間の探索なのに魔力がたんまりと手に入ったよ』
魔力の残量を確認して迷宮核が楽しそうにしている。
迷宮攻略に際して【迷宮適応】が使えなかったので俺たちの豊富な魔力も相手に提供する事になった。
この方法で魔力を得る事も可能だが、それも今後は難しくなる。
リオはこれから皇帝として忙しくなる。眷属のカトレアさんたちにしても皇妃や側室としてリオを支えて行く事になるので迷宮へ軽々しく挑むわけにはいかなくなる。
「じゃあ、帰るか」
「は? 何を言っているの?」
転移で帰ろうとした俺の手をアイラが掴んでいた。
「まだ報酬が支払われていないでしょ」
「報酬ならさっき貰っただろ」
金貨100枚だって貰ったし、オークションへの参加資格も貰える約束をした。
今のところ、これ以上の報酬はないはずだ。
「彼らからじゃなくて、マルスから報酬を貰っていないのよ」
「俺?」
言われてようやく思い出した。
編成を決める時に約束してしまった。
「デート、ですか?」
迷宮の最下層で留守番をさせる事になるイリスの事を想って全員とデートをする約束をしてしまっていた。
実際、地下47階を含めて迷宮の改造はかなりの重労働だったのデートぐらいなら問題ない。
「帝都には今まで立場的に立ち寄る事ができなかったから興味がある」
「あ、わたしは美味しい物を食べに行きたいです」
「なら、あたしは鍛冶屋ね。聖剣の方は問題ないけど、予備で使っている剣の方がかなり消耗しているのよ。帝都には有名な鍛冶師がいるみたいだし、ガラス細工も興味があるから見に行ってみましょう」
「私は図書館ですね。時間がある時に調べてみたのですが、帝都には併合した国々からも集めた貴重な書物が集まっているらしいので、大きな図書館があります」
ワイワイと自分の行きたい所を語り合う4人。
デートプランなど全く考えていなかった俺としては助かるのだが、2日で4人が行きたいところを全て巡るのは難しそうだ。
「では、1人当たり半日ではなく1日に変更しましょう。そもそも仲間とのコミュニケーションを半日で終わらせようというのが少ないのです」
「じゃあ、期間は朝から翌日の朝まで。今日のところは5人でのんびりと過ごす事にしましょう」
「ちょっと待て」
1日行動を拘束されてしまうと夜にはたっぷりと絞られる事になる。
耐えられる自信がないです。
「色魔のペンダントもいただいているので大丈夫です」
そういう問題じゃない。
そう言いたくなるものの掴まれたままの手を引かれて転移魔法陣へ連れられてしまう。
地上へ戻るには地下46階にある転移結晶で戻るのが早い。
「帰ったら色々と忙しくなるんですから4日ぐらいは付き合ってもらいますよ」