第44話 神酒の値段
俺の中で神酒を譲り渡す事は既に確定事項だ。
あんな自分のせいで毒を盛られた母親を救いたいと懇願してくる相手を無碍にする事はできない。
問題は、値段の方だ。
「なあ、神酒はいくらぐらいあれば精製できる?」
【魔力変換】があれば金貨を魔力に変換する事ができる。
純粋に金貨が何枚あれば魔力が足りるのか迷宮核に訊ねる。
『神酒なら金貨が100枚もあれば用意できるよ』
「意外に少ないんだな」
アイラに渡した聖剣と同じだ。
『神酒は外では手に入らない貴重な素材を使用しているし、その素材の利用法を知っている人がいないから貴重になっているだけで、魔力で用意するならそこまでの価値はないんだよ』
「そういう事なら金貨100枚でもよさそうだな」
「ちょっと待って下さい」
俺の設定した値段に待ったを掛けたのがメリッサだ。
「今から譲ろうとしているのは伝説になっていると言っても過言ではない薬です。そのような貴重な薬を原価のまま渡すのはいかがなものかと思います」
メリッサの言う事ももっともだと思う。
けれども金貨100枚程度ならAランク冒険者となった今、大口の儲かる依頼を引き受ければそれほど苦労せずに手に入れる事ができる。
「じゃあ、お前はいくらならいいんだ?」
「それが問題なのです……」
お金には換えられない貴重な薬。
金貨を1万枚や10万枚……といった感じで増やせばいいというわけではない。
「そっちの3人の意見は?」
「わたしはご主人様の意見に従います」
「あたしは貴重な薬の価値とかよく分からないし」
「というかさっきの話を聞いて法外な値段を吹っ掛ける気でいる人の気持ちが分からない」
シルビア、アイラ、イリスは母親を救いたいというリオの話を聞いて同情的になってしまったので値段を釣り上げるつもりはないらしい。
親を亡くしているメンバーは同情的。
メリッサも一時的に親と離れていた時期があるので、親を助けたいという気持ちがあるのだろうが、それ以上に俺の為に何かを考えようとしてくれているので冷たいというわけではない。
「あなたたちは……」
その様子を見てメリッサが頭を抱えている。
「こういう時に様々な意見を出し合って結論を出すのが仲間というものでしょう。なにか意見はないのですか?」
「値段は付けられないのよ。最低限、元手に必要な金額だけ貰って、こっちもお金には換えられない代物を要求する?」
「それです」
アイラの言葉にメリッサが反応した。
神酒を待っているリオに近付く。
「こちらが出す条件を呑んで頂けるのでしたなら神酒をお譲りしてもかまいません」
「俺たちに呑める条件なら何でも受け入れる」
「では1つ目です。お譲りする神酒は1本――1人分だけです。これは、神酒を毒に苦しむ母親以外には使わないようにしていただく為の措置です」
譲る本数が多いと付け入られる隙になるかもしれない。
また、他に隠している目的があったとしても1本全てを飲まなくては効果がない神酒では助けられるのは1人だけ。
これで対象者を絞る事ができる。
「2つ目は、神酒精製に必要な魔力を金貨で払って頂きます」
これで赤字になるような事態にはならない。
「3つ目です。こちらはお金では手に入らない物をお譲りするのですから、そちらからもお金では手に入らない物をお渡しして頂きたいと思います」
「……具体的には?」
「皇帝との伝手です」
皇帝本人であるリオや何人かはメリッサの言葉に込められた意味が分かっていないみたいでキョトンとしていた。
逆にカトレアさんやマリーさんといったメンバーは気付いているみたいだ。
「……今後、何かあった時に便宜を図れ、という事ですか?」
「いえ、そこまでの事を言うつもりはありません。私たちの主には目的――」
そこから先は俺が言うべきだろう。
リオも自分の境遇は自分の口で語っていた。
自分の目的ぐらいは自分の口で語るべきだ。
「あんたたちは迷宮の限界到達階層が100階である事は知っているか?」
「それぐらいは迷宮主として知っている」
100階よりも先への拡張はできないようになっている。
正しくは、100階の次の階層は『ある場所』へ繋がっているため迷宮の拡張ができないようになっている。
迷宮の改造について一人で考えている時に聞いたのだが、『ある場所』については迷宮核も知らされていないらしく知る事ができずにいる。
だが、迷宮が神によって災害時に与えられた避難施設である事を考えれば、神のいる場所へ繋がっているのではないか、と俺は予想した。
個人的にはこんな凄い施設を用意した神に会ってみたい。
しかし、迷宮は深く拡張を続ければ続けるほど魔力を多く消費し、神に会う為の条件が『地下101階への到達』では魔力が足りずに夢物語に終わるところだった――神樹の実を手に入れるまでは。
当初の予想では、10年で1階層広げて行く事ができれば上出来だった。
俺の代では5、6階層の拡張が限界だと思っていた。
もしも神に会える可能性があるとしたら俺の次の次に迷宮主になった人物、もしくはその次の人物がいいところだろう。
だが、大量の魔力が手に入った事によって迷宮主になってから1年ほどで最初の拡張をする事ができた。
これが俺にある決心をさせた。
「チマチマと迷宮に冒険者を招き入れていたんじゃ俺が生きている間に地下100階へ辿り着く事は絶対にできない。だけど、【魔力変換】で強大な魔力を秘めた道具を魔力に換えれば辿り着く事ができるかもしれない」
絶対に不可能と思われた事に可能性が見えて来た。
「ただ、残念ながらそんな道具は伝説級の道具でなければならない」
同じ方法は使えない。
神樹の実は、100年に1度しか実らないらしいのでアリスターの南にあるエルフの里で俺が生きている間に再び神樹の実を手に入れるのは不可能。また、他の神樹にしても運良く神樹の実が手に入るとは限らない。
他に伝説の道具を探す必要がある。
「そんな物は探すだけでも一苦労だ。だから、そんな道具が手に入る可能性のある儲け話があったなら俺へ優先的に回して欲しい」
皇帝ともなれば色々な情報が転がり込んでくる。
そういった情報を今後とも手に入れられるようになれば道具収集が楽になる。
「……問題ありません。全ての条件を呑みます」
「カトレア」
リオではなくカトレアさんが了承してしまった。
「この程度の条件を受け入れるだけで神酒が手に入るのですから安い物です。それよりも彼らの提案を蹴って力尽くで奪い取りますか? 彼らは純粋に私たちよりも強いですよ」
人数では俺たちの倍いる。
ただし、戦闘向きではない能力を持ったメンバーが3人もいるうえ、ステータスはこちらの方が高いはずなので正面からの戦いとなったら勝てる自信がある。
数日前に会った時とは違ってお互いの能力がある程度分かっている。
「まずは報酬を支払うことにします」
収納リングから金貨の詰まった皮袋を取り出す。
「金貨が100枚入っています」
「……用意がいいですね」
「パーティの金銭は私が管理していました。これまでの蓄えもあるので金貨を1000枚ほど所持していて、いつでも商談に移れるよう金貨100枚の入った皮袋を10個用意していただけです」
「そういうことなら」
金貨100枚を慎重に収納リングにしまう。
代わりに神酒を渡す。タダ同然で手に入れた代物にも関わらず大金に変わってしまった。
「それから3つ目の報酬も支払うことにします」
カトレアさんが1枚の紙を手渡して来た。
『オークションの開催通知』
紙の上にはそう大きく描かれていた。
「オークションですか?」
「はい。貴方が求めている伝説の道具も手に入れるかもしれない場所です」