第39話 ヴァンパイア・ロード
――帝都迷宮地下45階。
最奥。
ああ、とうとうクリアしてしまった。
残すは最奥にいるボスを倒すだけでアンデッドの街も終わる。
「さあ、後はボスを倒すだけです」
「この調子なら今日中に地下50階へ到達する事も可能ですね」
廃墟を抜けられるとあってシルビアとメリッサの様子は晴れやかだった。
逆に俺の気分は落ち込んでいた。
「訓練にちょうどいいって言っただろ」
地下42階以降、全くアンデッドと遭遇せずに最奥まで到達してしまった。
おかげで2時間ちょっとで通り抜けてしまった。
原因は、迷宮核が渡して来た道具だ。
「おまえ、なんて物を渡しているんだよ」
『え、アンデッドと遭遇する事なく廃墟を通り抜ける事ができたんだから便利だったでしょ。それに性能試験っていうなら「神聖水」の効果も確かめておかないと』
神聖水――アンデッドのような不浄な存在に一滴与えるだけで浄化してしまい、少量被るだけで数日間もアンデッドを全く寄せ付けない体質へと変質させてしまうという効果を持った魔法道具。
それが道具箱の中に10瓶も入っていた。
3人で10mlほど消費するだけで迷宮内にいるアンデッドが全く寄り付かなくなった。
「訓練にちょうどいいから自力で進もうと思っていたのに」
『じゃあ、被らなければよかったじゃない』
そう被らなければ俺にアンデッドが集まって来るままだった。
だが、被らずにはいられなかった。
「……人間、楽をできる方法があったら頼らずにはいられないんだよ」
こんな便利アイテムがあるのに使わないなんて勿体ない。
ほぼ未使用に等しい『神聖水』は収納リングにしまっておき、残りも丁重に保管しておく。
「それで、この後はボスになるわけだけど」
「間違いなくこれまでのセオリーに従うならアンデッド系の魔物が出てきますね」
それも通常では出て来ない強力な魔物。
「まあ、多少強い魔物が出て来たところでアンデッドなら最強の武器があるから問題ないんだけどな」
「さっきの『神聖水』ですね」
あれを浴びせるだけでアンデッドは浄化されてしまう。
「アンデッドのボスなら訓練にちょうどいいと思うのですが、ボスまで便利アイテムに頼ってしまうのですか?」
「……訓練なら帰ってから自分の迷宮でできるし、競争中で急いでいる時ぐらいはいいんじゃないかな」
メリッサの質問に目を逸らしながら答える。
明日頑張ろう。
これが本当にできる人間は少ない。
「そっちの方はどうだ?」
『リオパーティは地下47階に到達。現在、迷っている』
「そうか」
地下47階に用意した罠はきちんと作用しているようだ。
「これは少し酷いですね」
「迷わない為に使用した『天の羅針盤』が全く機能していません」
イリスが監視している光景を見てメリッサとシルビアが呟く。
迷わせるだけで、魔物が出て来なければ宝箱もない場所。俺たちがお試しで挑んでも迷ってしまえば面倒くさくなって転移で帰ってしまう。そのせいで使われている光景を見るのは初めてだったのだが、足止めとしての効果は絶大。
『この調子なら数日は足止めが可能。今なら簡単に追い越す事ができる』
「俺が今回の競争を受け入れたのだって最終地点が地下50階だったからなんだよな。地下47階を通るなら数日は時間が稼げると思っていたよ」
後は、こちらが悠々と地下50階へ向かえばいい。
ただし、『天の羅針盤』のような魔法道具を他にも持っている可能性がある。油断はせず余裕を持って進めた方がいい。
「しかし、廃墟の最奥が教会っていいのかな?」
目の前には100メートルはある大きな教会があった。
住宅街のような場所にあるせいで少しばかり異様だ。
「アンデッドだからこそ逆に教会でボスが待ち構えている、といったところでしょうか」
「そんな設定どうでもいいわよ」
さっさと通り抜けたいシルビアが教会の扉を開ける。
扉の先は礼拝堂となっており、イスがいくつも並べられており、奥の壁には森の傍に佇む家が描かれたステンドグラスがある。
「ボスは……いないわけじゃないな」
礼拝堂の中を進むと教会の扉が閉まり、黒い靄がステンドグラスの前に集まる。
靄は人の形を取り、気配が感じ取れるようになる。
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名前:ヴァンパイア・ロード
レベル:400
体力:6500
筋力:6000
敏捷:7000
魔力:8000
スキル:吸血 血流操作 霧化 大剣術 眷属召喚
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「素直に感心してしまうレベルの強さだな」
シルビアたちよりも高いステータス。
既に地下77階に出現するもっと強い魔物を俺抜きで倒しているので連携をできれば二人だけでも勝てるだろうが、ここにはシルビアとメリッサしかいない。
というよりもヴァンパイア・ロードにまともに付き合ってやる必要はない。
「先手必勝」
収納リングから『神聖水』を取り出しながら駆ける。
そのままヴァンパイア・ロードの体に掛ければ、あっという間に消滅してしまい煙となって消え……
「違う! 煙じゃなくて霧だ!」
礼拝堂の中心にいたままのシルビアの隣に霧から実体化したヴァンパイア・ロードが立っていた。
その手には真っ赤な剣が握られ、シルビアへ振り下ろされた。
「……シルビア!」
「危ないですね」
攻撃を回避したシルビアがヴァンパイア・ロードの頭を蹴る。
しかし、霧になられてしまったせいでダメージは与えられていない。
「【霧化】……厄介な能力ですね」
「無事だったんだな!」
駆け寄ってシルビアの様子を確かめてみるが、怪我をしている様子はない。
「はい。剣を見た瞬間に【壁抜け】を咄嗟に使ったおかげで無事でした」
壁抜け。
本来なら壁を通り抜けて住居に侵入するようなスキルのはずなのだが、シルビアは潤沢な魔力を活用して回避不可能と思われる攻撃を回避する為に使用している。
「しかし、物理攻撃が効かないとなると私が攻撃するのは無理ですよ」
最初の場所で再び実体化するヴァンパイア・ロードを見ながらシルビアが言う。
シルビアが言う通り、霧になる事で全ての物理攻撃を無効化されてしまうとなると魔法が不得手なシルビアではダメージが与えられない。
「あの『神聖水』も霧になられると効果がないみたいだし……」
霧をどうにかしなければ倒すのは難しい。
ここに来て厄介なボスを用意されてしまった。
「私がやります」
「何か妙案があるのかメリッサ」
「あります。ですが、準備に40秒ほど時間が必要です」
「構わない」
必要な40秒を稼げという事だろう。
「シルビアはいざという時に備えてメリッサの傍で守ってやれ」
「はい!」
ヴァンパイア・ロードが霧になる。
おそらく俺たち3人の内の誰かの傍で実体化して剣で攻撃してくる。
霧になっているせいで実体化するまで誰を攻撃するつもりなのかも分からない。
「この教会の中にいるのは間違いないんだから、居場所なんて関係ない」
光子線。
両手の指10本の先からレーザーをバラバラの方向へ放つ。
壁に当たるが、教会が倒壊するような事にはならない。
「見つけた」
教会の左側へ視線を向けると実体化しようとしているヴァンパイア・ロードがいた。
「いくら霧になって物理攻撃は無効化できても熱は感じるよな」
ヴァンパイア・ロードが【血流操作】で生み出した真っ赤な大剣を構える。
【霧化】は強力なスキルではあるものの霧にする事ができるのは自分の体だけ。自分の血からとはいえ、スキルで生み出した大剣まで霧にする事ができないみたいで実体化する度に血から大剣を生み出している。
俺もヴァンパイア・ロードに合わせて神剣を抜く。
しっかりと狙いを俺へ変更してくれたみたいでこちらへ走って来る。
突き出された剣を弾き、お互いに剣を何度も交錯させる。
「そんな低い筋力でよく耐えるじゃないか」
スキルに【大剣術】があるおかげで筋力の低さを補えている。
「雷撃」
俺の体から放たれた電撃が剣を通じてヴァンパイア・ロードの体に流れて行く。
苦しそうに胸を抑えながらヴァンパイア・ロードの体が霧に変わる。霧になっていれば物理的なダメージを受ける事もないし、どこにいるのか知られる事はない。そうして得た時間で回復するつもりなのだろう。
「ま、それはこっちの目的が時間稼ぎでなかった時に使うべき手段だな」
「準備が整いました」
霧になっている間にメリッサの準備が終わっていた。
「私の後ろへ」
メリッサの後ろへシルビアと共に移動する。
「空間檻」
メリッサの手から放たれた光の立方体が広がり、教会全体を包み込んだところで止まる。
「圧縮」
光の立方体が小さくなる。
内側には霧が閉じ込められていた。
空間檻――術者が指定した対象のみを空間魔法で作り出した檻の中に閉じ込めてしまう魔法。
檻の大きさを対象よりも小さくすれば……
「こうなりましたか」
メリッサの前に浮かんだ30センチの立方体。
その下には大量の血が落ちていた。
立方体の内側へと押し込まれた事により、ヴァンパイア・ロードの血が搾り取られてしまっていた。
「申し訳ございません。魔石も消滅させてしまいました」
「今後の課題だな」
圧縮させる際に魔石を指定対象から外す事ができれば魔石の回収もできるはずだ。
今回は、残念ながらヴァンパイア・ロードを倒せただけで素材などは一切手に入らなかった。
「でも、これで地下46階へ行けるんだ。気にせず先へ進む事にしよう」
転移魔法陣に魔力を流して起動させる。
教会の中に新たな光が生まれ……一条の光が俺へと押し寄せて来た。