第37話 戦争の前提条件
――帝都迷宮地下33階。
迷宮同調で見せてくれていた地下37階の様子。
当初の予定では、階層全体を水没させてしまう事でどれだけの時間の稼ぐ事ができるのか確認するのが目的だった。
地下37階は、リゾートとして造られた階層で、状況によっては水位を自由に変更できるよう造っておかれていた。そのおかげで完全に水没させるのに魔力はそれほど消費していない。
しかし、様子を眺めていると予想外の事態が起こった。
1度は迷わせる事に成功したが、リオが取り出した魔法道具によって出口の場所が知られてしまった。
魔法道具が『天の羅針盤』である事は見ただけでは分からなかったが、迷宮核が教えてくれたおかげで『天の羅針盤』だと分かった。
俺が地下77階に挑んでまで求めた魔法道具だ。
「これで色々と不可解だった事が分かった」
「不可解な事?」
空を飛んでこちらへ近づこうとしていた鷲の魔物を魔法で撃ち落としながら隣を走るアイラに教える。
メリッサとイリスについては、二人とも俺と同じで元から疑問だったらしく『天の羅針盤』を使用した事で疑問が解けていた。なので、説明が必要なのはアイラだけだ。
「リオたちは戦争の敗北責任を負わせる為に協力したって言っていただろ」
「それがどうしたの? 特に可笑しなところはないように思えるけど」
可笑しなところはない。
というよりも筋が通っているように思える。
戦争に目立たないよう協力し、敗北して帰って来たところで全ての責任を自分の皇帝就任に反対する元皇太子や貴族に押し付ける。
だが、この話は途中からだ。
前提条件が抜け落ちてしまっている。
「そもそも『帝国軍を倒せる相手』がいないと成立しない計画なんだよ」
「あっ!」
ようやくアイラも気付いたらしい。
完全に不意を突いた状態での奇襲となったため王国軍の救援は全く間に合っていない。そもそも軍隊は数が揃っている事もあって強力ではあるもの初動が遅い事もあって奇襲への援軍には向かない。
敗戦の責任を追及する為には王国へ攻め込んだうえで帝国軍が多大な被害を出す必要があった。
理想としては、王国への被害が最小限に留められるクラーシェルで帝国軍のほとんどが撃退される事だった。
そんな事が可能な者がいる事を前提に動いている。
「でも、あたしたちはその前にシルバーファングを倒したおかげでそれなりに有名になったはずだけど」
その評価は嬉しくはあるものの思わず溜息を吐きそうになる。
「「はぁ~」」
ああ、メリッサとイリスは本当に溜息を吐いてしまった。
「な、なによ」
「たしかにシルバーファングは強力な魔物でしたが、シルバーファングが有名なのは辺境周辺が限界です」
「クラーシェルの認識だと『有名な魔物を倒した』程度の認識だった。私は、マルスたちの事を知っていたから気になって情報を集めてみたら『Sランク冒険者でも手を出す事ができないレベルの魔物』だって初めて認識する事ができた」
その情報もほとんどが冗談だと受け止められる事になる。
当時の俺たちはAランクの冒険者にもなっていない。それなのにSランク冒険者が敵わない魔物を討伐する事ができるはずがない。
危険度が正しく認識されていない。
「国境近くの街でその認識。それなのに隣国が自分の軍を壊滅させられるほどの実力を持っていると本気で認識する?」
答えは、否だ。
リオは認識していたのだろうが、情報を聞いた他の戦争賛成派は俺の事など頭の片隅にすら記憶せずに自分たちの勝利を疑っていなかった。
「こんな状況なのにリオは俺たちが自国の軍を壊滅させると本気で思っていた」
噂を本気で信じた?
「話を聞いている内に考えた可能性は2つ」
1つは、リオがよほどのお人好しでシルバーファングの脅威度なんかを全て鵜呑みにしていた。
これは話をしている内に可能性としては低いと判断した。皇帝になろうとしている人間が情報に疎く、自分の計画の成否を分けるような要素を楽観的に判断するとは思えない。
「だから、2つ目の可能性。なんらかの方法で俺たちの脅威度を正確に知り、事前に軍を壊滅させられる存在を計画に組み込むことができた」
もっと言うなら拠点にしている場所も知られていた。
クラーシェルへ救援に駆け付ける事ができる場所にいる事も重要だったからだ。
「さっきまでは情報収集が得意な仲間がいて俺たちの脅威をしっかりと認識してくれているんだと思っていたんだけどな」
実際、競争が始まった初日に出し抜かれて迷宮の攻略情報を集められてしまった。
迷宮に潜って稼いでいる冒険者にとって攻略情報は貴重だ。しかも、これまでの攻略の様子から地下30階までの情報は得ていると考えていい。そこまでの攻略情報を持っている冒険者が簡単に情報を明け渡すとは思えない。しかし、たった1日で攻略に必要な情報を集めてしまっている。
優秀な情報収集担当がいるのは間違いない。
けれども実際には情報を集めていたどうかも怪しい。
「あいつらは探し物に特化した魔法道具を使っていたんだよ」
大方、『帝国軍を少数で打破できる存在』などという条件で俺たちの事を見つけていたのだろう。
しかも今回の競争にも繋がって来る。
「あいつらは迷宮の関係者だ。今回、何か欲しい物があって俺たちに競争という形で勝負を挑んで来たみたいだけど、本当に欲しい物があるなら自分の迷宮の力で生み出せばいい」
それができないという事は、自分の迷宮では生み出す事ができない。
「軍隊を壊滅させられる存在を見つけた方法と同じように自分が欲しい物を持っている人物、もしくは在り処を見つけ出した」
その結果、アリスターの街か迷宮を見つける事ができた。
アリスターなら辺境にも関わらず近くに迷宮があるおかげで賑わっている都市として隣国でもそれなりに知名度がある。探している物がよほどの貴重品ならば場所から迷宮が関係している事は簡単に予想できる。
俺たちが隠したい本当の素性まで知られていた事も『天の羅針盤』を所持していた事が解決してくれた。
「でも、どうするの?」
「そうだな……」
――グルゥ!
上空から鳴き声が聞こえる。
視線を上へ向ければ300メートルほど先に大空の死神などと呼ばれる下半身は獅子、上半身は鷲の魔物――グリフォンがいた。
「さっきから煩い連中だ」
魔物がワラワラと集まって来るが近付いてくる前に倒していた。
それというのも荒野フィールドで用意できるレベルの魔物では相手になることすらできず、あっという間に見つけられてしまうので奇襲を警戒する必要ないため近付く前に倒せてしまう。
目印になる物が何もない空間は簡単に迷わせる事ができるが、同時に隠せる物が何もないせいで奇襲という選択を自ら排除してしまっている。出口を明らかに分かった状態で進んでいる為大急ぎで魔物を集めているみたいだ。
もっとも、普通ならグリフォンなどという凶悪な魔物が現れたなら逃げるか諦めるかの選択肢しか存在していない。
「跳躍」
この視界を遮る物が何もない空間は、こちらにとって奇襲するに打って付けだ。
迷宮魔法の跳躍は、見える範囲ならどこへでも一瞬で転移する事ができる。転移先が300メートル先の上空だろうが、空を飛んでいるグリフォンの背に飛び乗る事ができる。
――グルゥ!?
いきなり増えた自分の重量に驚いて背中を振り向いているが、その時には既にグリフォンの首が地面へと落ちて行っている。
せっかくなので道具箱へグリフォンを回収する。
「大丈夫ですか?」
「この程度の魔物なら問題ない事は知っているだろ」
「そうですけど、いきなり飛び出せば気になります」
こっちはグリフォンが鳴き声を上げたせいで説明が途中で遮られてイライラしていた。
「さっきの質問だけど、どうもしない。俺たちの素性が知られていようが競争にはあまり関係がない。ただ、ここから先はお互いに迷わせるのが難しくなる」
俺たちはメリッサの【魔力探知】。
リオたちは『天の羅針盤』がある。
お互いに出口が分かった状態では迷わせる事にあまり意味がない。
「じゃあ、地下47階の改造はどうするの?」
改造を担当していたイリスとしては地下47階のしっかりと見ておきたかった。
「そっちは継続させる。地下47階の性能なら『天の羅針盤』を持っていても関係ない」
「ああ、そういうこと……」
「ここからは攻略速度が勝敗を分ける事になる。さっさと進む事にしよう」
可能なら今日中に40階までは到達しておきたい。
5日目の到達階層
・マルス:地下41階
・リオ:地下44階