第35話 留守番メイド
『長年走り続けたヒットオストリッチの肉は美味だと聞きます。その場で焼いてしまうような真似はせずに持ち帰ってください』
屋敷で寝ているはずのシルビアから念話が届いたかと思えば魔物を持ち帰って来いという内容。
ええ~……
まあ、反対する理由もないし、食べた事のないお肉だっていうなら狩る事には反対しない。
――クェェェエエエ!
さて、どうやって狩ろうかと考えているとヒットオストリッチが倒れた。
原因は、弓を構えたアイラだ。
「お肉♪ お肉♪」
獲物を仕留めたアイラはスキップをしながら倒れたヒットオストリッチに近付いて行く。
喜々と近付いて行くが、解体は帰ってからになるので道具箱に収納するだけだ。
「それにしても良く仕留める事ができたな」
「うん? あたしも普通の弓だったら絶対に仕留められなかったわよ」
「ああ、『穏者の聖弓』の効果か」
穏者の聖弓は、使用者の魔力で矢を作り、弓から放たれた矢を当たる瞬間まで認識させなくさせるという効果がある。さすがに警戒心の強い相手でも認識する事ができなければ回避する事ができない。
『回収ありがとうございます』
それはいい。
しかし、聞いておかなければならない事がある。
「お前は、きちんと寝ているんだろうな」
『……もちろんです』
明らかに答えるまで間があった。
『嘘ばっかり』
『あ、ちょっと……!』
ここで面白がってネタ晴らししてしまうのが迷宮核だ。
迷宮接続で繋がっている屋敷の様子が視界の隅に映し出される。
そこに映し出されていたのは、自分の部屋で寝ているはずのシルビアがキッチンにおり、鍋で何かを作っている最中だった。
「シルビア……」
『こ、これは……』
寝ていないのは状況を見れば明らか。
鍋の中身は既に煮立っており、とても今作り始めたばかりとは思えない。
『落ち着かないんです。もう1年以上もご主人様の傍でお世話をしていましたし、屋敷で留守番をしている時は家事をしていました。だから、傍にもいられない、家事もできない時間なんて苦痛でしかないんです……』
ちょっとシルビアの状態を甘く見過ぎていたかもしれない。
倒れてしまったのは心配だけど、ちょうどいい機会だから体をゆっくりと休めて欲しいと考えていたが、全然休められていない。
だけど、毒を受けて倒れてしまったのは事実。
今日のところは無理を言ってでも休んでもらわなければならない。
問題は、どうやって休ませるかなのだが……
『あ、シルビア』
『お、お母さん!?』
シルビアを休ませる説得の方法を考えているとどこかへ出掛けていたらしいオリビアさんが屋敷に帰って来た。
『どうしてキッチンなんかにいるの!? 今日は休んでいるようにマルスさんからも言われているんでしょ!』
『こ、これは……』
シルビアが言い訳を始めようとする。
けれども、その前にシルビアの頭にオリビアさんが自分の拳を叩きつけていた。
『いた~い!』
ステータス的にはオリビアさんが今のシルビアにダメージを与えられるはずがない。
それでも痛がっているのはシルビアの精神的なものだ。
幼い頃に怒られた時の記憶が叩かれた時に思い起こされている。
俺も母に叩かれればダメージはなくても痛く感じてしまうだろうし、今でも母には頭が上がらない。
『言い訳をしない。しかも屋敷には誰もいないはずなのに話し声が聞こえたわよ。熱があって幻聴でもしているんじゃない?』
その場にはいない俺たちと会話をしているとは言えない。
そもそも向こうの様子を知ることはできても、こっちの声を向こうに届ける術がないので教えることができない。
『独り言じゃなくて……』
『独り言じゃない? ああ、マルスさんたちがこっちの様子を見ているんですね』
母娘の様子を見られていることに気付いてオリビアさんが恥ずかしそうにしている。
シルビアは今でもオリビアさんに色々と怒られているみたいだが、その様子を俺たちにも見せたことはない。こういう母娘の躾は親しい間柄であっても他人に見せるべきではない、とオリビアさんが秘めて来たからだ。
それが二人しかいないと思って油断してくれたおかげで見ることができた。
オリビアさんには迷宮同調について、簡単にしか説明していなかったのでスキルで会話している事をすぐに思い当たる事ができなかった。
俺としては珍しい光景が見られたので問題ない。
『娘はわたしが責任を持って寝かせておきますから安心して下さい。まったく……ちょっと買い物に出掛けている間に起きて料理をしているんだから、体調を悪くした時ぐらい回復させることを優先させなさい』
『ごめんなさい』
フェードアウトしていくオリビアさんとシルビア。
たぶんシルビアの部屋へと連行されて行ったのだろう。
鍋の火が点けっぱなしになっていたのがちょっと気になるところだけど、屋敷のことはオリビアさんに任せるしかない。
「さて、いきなり足を止められることになったけど先へ進むことにしよう」
「できました!」
進み出した瞬間、後ろの方で大声がする。
振り向くとメリッサが杖を掲げて喜んでいた。
何があったのか聞く前にメリッサが魔法……魔力操作による技能の一つを披露する。
「【魔力探知】」
【魔力探知】は、周囲の魔力を探知する技能だ。魔法の扱いに長けた魔法使いならほとんどの者が使えるスキルとも呼べない技能で、主に相手の保有している魔力量を計ったり、魔力に反応する罠を見抜いたりする為に使われる。
この広い荒野には罠らしい物は存在しないし、味方の魔力量を計ったところで意味はない。
「こっちが出口です」
とりあえず北側へ向かって歩いていたが、メリッサが杖で示したのはちょっとだけズレて北北西だった。適当に選んだけど惜しかったな。
しかし、普段は思慮深いメリッサが自信満々に言っている。
何も根拠がないのにそんな事を言う彼女ではない。
出口を示したことには何らかの理由があるはずだった。
「根拠を説明してくれるか?」
「ああ、ごめんなさい。ようやく完成したので少し興奮してしまいました」
今朝からブツブツと呟きながらしていた何かの事だろう。
「迷宮が侵入者から魔力を得て維持される場所だというのは知っていますよね」
「当然だろ」
「では、吸収された魔力はどこで蓄積されますか?」
「全て最下層に安置された迷宮核に送られ……まさか!」
侵入者の魔力は迷宮の壁や地面が吸収され、転移魔法陣を通って迷宮内部を流れるように最下層へと向かう仕組みになっている。
メリッサは、その仕組みを利用した。
「この迷宮における魔力の流れについては全て把握しました。そこに予め探知できるよう調整しておいた私の魔力を流し込んで最下層への道が分かるようにしました」
今のメリッサには転移魔法陣がどこにあるのか把握できている。
探索を進めるうえでこれほど有利になる事はない。
「さあ、探索を進めましょう」
『わたしの役割が……』
こっちの様子を見ていたシルビアが落ち込んでいる。
斥候を担当していたシルビアにとってメリッサに自分の仕事を取られてしまったように見えたのだろう。
「大丈夫です。この方法が使えるのは迷宮だけですから、今回の件が終わればシルビアさんに頼ることになります」
『本当ですか!』
『大声を出さない』
興奮したシルビアがオリビアさんに怒られている。
本当に安静にしていてほしい。
「私の方でも迷宮の情報収集に3日、解析に迷宮へ戻った昨日1日を費やしてようやく完成させた探索方法です。こんな特殊な状況でもなければ私が道案内として先導する事はありません」
だが、これで広大な空間を探し回る必要はなくなった。
ここからはサクサク進んで行くことにしよう。
『あ、彼らが地下37階に到達したみたいだよ』
リオたちの監視をしている迷宮核が状況を教えてくれる。
上手く行けば、地下37階で足止めができる。
「さあ、見つけられるものなら転移魔法陣を見つけてみろ」