第33話 タメ口
イリス視点です。
それは、私がパーティに加入してアリスターを訪れて数日が経ったある日の出来事。屋敷のリビングで相談を持ち掛けていました。
「あの、少しいいですか?」
ちょっとした相談があって新しく母になった3人に話しかけていました。
一人はパーティリーダーで主であるマルスさんの母親であるミレーヌさん、同じパーティの仲間であるシルビアさんとメリッサさんの母親のオリビアさんとミッシェルさん。
3人ともいきなり訪れた私に対して本当によくしてくれて、本物の母親のような人になってくれました。
これまで私には母親と呼べる人が何人かいました。
私を生んでくれた母、孤児になった私を引き取ってくれた孤児院の院長を務めていた養母、目標にしていた母のような女性。
まさか新たに3人も母ができるとは思っていなかった私は、嬉しく思うと同時に戸惑ってもいました。
けれども、それ以上に戸惑っている問題を解決する為にも彼女たちの力を借りなければなりません。
「それで、何か相談があるっていう話だったけど」
「実は、皆と仲良くするにはどうすればいいのか分からないんです」
「皆、っていうのはマルスたちの事かしら」
ミレーヌさんの質問に頷く。
「まだ数日だけど、そこそこ上手くやれているように見えますけど」
「それとも屋敷の外では雰囲気がぎこちないのですか?」
そういうわけではありません。
「私は同年代の人と長く一緒にいる事がなかったんです。だからマルスさんやシルビアさんたちとどのように接したらいいのか分からないんです」
仕事をするうえで仲良くするぐらいなら問題ありません。
けれども主と眷属、眷属同士という関係になった以上、とても永い時間一緒にいることになるのは間違いありません。
仕事の関係でいるのは良くないというのは分かります。
「まず、確認しておきたいのだけど、仲良くしたいのはマルス? それともシルビアちゃんたち?」
「いえ、皆さんと仲良くなりたいんです」
「残念だけど、マルスとシルビアちゃんたちでは同じ方法で仲良くなるのは難しいわね」
「ど、どうしてですか!?」
母親であるミレーヌさんの言っている意味が分かりません。
「まず男と女――異性と同性が同じ方法で仲良くなれるわけがないの。イリスちゃんだって好きな男の子と同じように接して女の子と仲良くなれると思う?」
「別に好きな訳では……」
未だにどう接したらいいのか分からない感情だけに否定してしまいます。
けれども、母たちには全く意味がなかったみたいです。
「あなたの顔を見ればマルスさんをどう想っているのか分かりますよ」
「私としては、どんな出会いがあったのか聞きたいですね」
興味津々といった様子で訊いてくるミッシェルさん。
もちろんミレーヌさんもオリビアさんも聞きたそうにしていたので出会いと戦争中にあった出来事を教えます。
「なるほど。初めての出会いはなんでもない偶然なもので、再会した時は――」
「戦場で危機的な状況だったところへ駆け付けて助けてくれた」
「我が息子ながら凄い事をしているわね」
ニヤニヤとした笑みを浮かべてお茶を飲んでいる3人。
なんとも恥ずかしくなって俯いてしまいます。
「あらあら……」
「でも、若干つり橋効果な気もしませんか?」
「あの恐怖や不安から来るドキドキを恋愛感情だと勘違いしてしまう事ですか? ですが、そんな過程など関係なく好きになってしまったなら関係ないと私は思いますよ」
ミッシェルさんが言うように既に関係なくなってしまっている。
眷属という繋がりもある事によって放し難い感情となってしまいました。
「ま、マルスと仲良くなりたいなら時間を掛けて仲を深めなさい。ただでさえ、貴女は他の3人よりも遅く仲間になったのだから」
「はい」
「問題は、シルビアちゃんたちと仲良くなる方法ね」
「わたしとしては友達と接するような感覚でいいと思いますけどね」
シルビアさんの母親であるオリビアさんからのアドバイス。
たしかに仕事仲間よりは友達の方が適切な距離感であります。
ただ、問題なのは……
「私、これまで友達と呼べる人がいなかったんです」
「「「……」」」
沈黙がリビングを支配します。
幼い頃に孤児となってしまったせいで孤児院に預けられてしまいました。普通なら孤児院にいる同年代の子供たちと友達になるのかもしれませんが、私はティアナさんのような強い冒険者になってクラーシェルを守る事を誓っていたため友達を作る事もなく剣を振り続け、本を読んで魔法の理解を深めて行きました。
その結果、孤児院の中で孤立してしまいました。
いえ、私の目標は強くなる事にありましたし、孤独な子供時代があったおかげで今の自分があると言ってもいいぐらいなので後悔はしていません。
しかし、友達を作らなかった過去が今になって足を引っ張る事になるとは思いもしませんでした。
「どうしましょうか?」
「これは重傷ですね」
「ま、やる事なんてないんですけどね」
母たちは顔を見合わせて困っていました。
私としては、そんな顔をさせるつもりはなかったんです。
「友達なんて作ろうと思って作るものではありません。それなりに一緒の時間を過ごし、親しくなる事ができれば自然と友達になっているはずです」
「そういうものでしょうか」
とはいえ、その親しくなる方法が分かりません。
「一つ、これから始めてみては、というものがあります」
「本当ですか!」
ミッシェルさんの言葉に明るくなります。
それだけ私は困っていました。
「簡単です。まずは、敬語を止めて対等な口調で話すことです」
「口調、ですか?」
「私たちみたいな年上や目上の人には敬語でも構いませんが、友達だというなら敬語で話す人は少ないですよ」
「え、でも……」
思い起こされるのはミッシェルさんの娘であるメリッサさん。
「あの娘の敬語はあれが素だから問題ありません。物心付いた頃から厳しく躾けていたせいと育ってきた環境のせいか敬語が普通になってしまいました。まあ、あの娘はあれでいいのです」
「シルビアさんは?」
「私の娘が敬語を使うのはマルスさんだけです。あの娘の敬語は、あの娘なりの従者としての決意というものでしょう。現に仲間には敬語を使っていないでしょう?」
言われればアイラさんやメリッサさんには敬語を使っていなかった。
そんな事にも気付けないほど親密にはなれていない。
「そうですね。心のどこかで対等になれていない、と思うのなら対等な行動から心がけてみるのがいいですよ」
☆ ☆ ☆
「さっきはありがとう」
「いきなり何?」
荒野を歩いているといきなり先頭を歩くマルスから礼を言われた。
目印になるような物が全くない状況では頼れる物は【神の運】しかないという事で迷宮魔法によって再現可能なマルスが先頭を歩いている。
「いや、シルビアが毒に侵されているってすぐに見破っただろ。俺だけだったら毒の可能性なんて全く思いつかなかったから礼を言っておこうと思たんだよ」
「別にたいした事はしていない。あれぐらい冒険者なら常識」
「その常識が欠如しているのが俺たちなんだよな」
マルスたちは私が何年も努力して手に入れた力を駆け足で手に入れた。
そのせいで強くなる過程で手に入る力や知識が欠如している。
「いいの。こういう時こそ手を取り合って協力するのが仲間でしょ」
「そうだな」
マルスが肯定しながら笑っていた。
「なに?」
「いや、最初こそ無理なタメ口だったけど、なかなかパーティに慣れて来たなって思ったんだ。それに助ける事が当たり前だって思えるぐらいの仲にはなれたみたいだな」
そうだ。
倒れたシルビアの姿を見た瞬間、私が助けないといけないと思った。
冒険をしていると毒を持った魔物を相手にする事も珍しくない。適切な処置ができなければ仲間を助ける事もできないから、とフィリップさんたちから色々と教えられた。
フィリップさんたちと一緒にいた時は私よりも経験豊富な3人が一緒にいたから活躍する機会はなかったけど、今になって助けたいと思える仲間を助ける力となってくれている。
「任せて。こういう事なら私の方が得意だから」
「ああ、頼りにしているよ」
けれど、今日の探索はここまで。
目の前には次の階層へと繋がっている転移魔法陣がある。
私は、私なりの方法で助けになろう。