第31話 キングシーサーペント
――帝都迷宮地下30階。
目の前には重厚な鋼鉄製の扉で遮られた部屋があった。
ボス部屋――部屋の中にいるボスを倒して転移魔法陣を使えるようにしなければ次の階層へ進む事ができないようになっている。
「この奥がボス部屋でいいんだよな」
「そのはずです」
「ボスは?」
「デッドシャーク、サハギンガーディアン、アイアンクラブといった魔物がいるみたいなんですけど……」
既に攻略情報が出回っているので予め出現するボスを知る事ができる。
ただし、俺たちにとっては正直言って物足りない。
「デッドシャークは既に地下27階で倒してしまっていますし、サハギンガーディアンやアイアインクラブに至っては強化してもレベルは60ぐらいが限界。わたしたちの敵ではありませんね」
ニッコリと微笑みながら言ってくるシルビア。
ちょっと笑顔が怖い。
「まあ、問題ない相手だからと言って油断だけはしないように」
俺たちのステータスを考えれば最大の敵は慢心だ。
鋼鉄製の扉を押して開ける。
部屋の中は攻略情報にあった通り、円形の地面があり、その周囲を水路で覆われていた。
ボス部屋の中央まで進む。
「さて、何が出て来るやら」
正面にある水路が盛り上がり、水の中から魔物が姿を現す。
姿を現した魔物は直径が3メートルはありそうな太い胴、下の方は未だに水中にあって全体を見ることはできないが、蛇のように長い体をした全長が50メートルはありそうな魔物だった。
迷宮主の知識から目の前にいる魔物の情報を照会する。
「キングシーサーペント」
ついでに【鑑定】を使用してステータスも確認する。
「レベル200。随分と高レベルの魔物を連れてきたな」
「それだけ向こうも本気ということです」
攻略情報にはなかったボス。
明らかに俺たちを足止めする為に用意された魔物だ。
可能ならキングシーサーペントに俺たちを倒してほしいところなのかもしれないが、レベルが200程度なら問題なく対処する事ができる。
「ねぇ、キングって呼んでいるけど、あの頭にある王冠が原因じゃないわよね」
アイラの指差す先――頭頂部には金色の鱗が王冠のような形をしていた。
「魔物の名前なんて人間が見た目から適当に付けている場合があるからな」
「本気?」
「本当に本当」
頭に王冠を被っているように見えるからキングシーサーペント。
別に他のシーサーペント種を従えるような能力があるわけではない。ただ単純に王様のように見えるからそんな名前が付けられた。
「って、そんな事を話している間に来た!」
大きな口を開けて襲い掛かって来た。
中央にいた俺が上へ跳び、シルビアとアイラがそれぞれ左右へ跳ぶ。
俺たち3人のいた場所を通り抜けて行くキングシーサーペント。が、突如として方向を変えて右へ跳んだアイラを追う。
「アイラ!」
「分かってる!」
剣を盾のようにして突っ込んで来たキングシーサーペントを受け止めている。
「さすがはボス。無茶苦茶な力ね」
衝撃を受け止め切れず2メートルほど押し切られたが、そこから動かなくなる。
「黙っていろ」
キングシーサーペントの体を殴る。
硬い鱗に覆われているだけでなく、キングシーサーペントが攻撃の瞬間に【鎧鱗】を発動させたせいで防御力が向上し、ダメージがほとんど与えられていない。貫通するような事にもならなければ後ろへ吹き飛ぶような事にもならない。
鑑定を使用している俺たちには使用しているスキルの詳細まで分かる。
「使っているスキルが【鎧鱗】なら対処のしようはあるんだよ」
握っていた拳を開いて魔力を流す。
「魔導衝波」
体内へと浸透した魔力が衝撃となり、内部からキングシーサーペントの体をズタズタにする。
――グオオオォォォォォ!
苦痛から声を上げている。
「煩い!」
あまりの煩さに顔を顰めながら下から蹴り上げる。
天井付近まで吹き飛ばされると地面に向かって落ちて来る。
落ちて来たところを俺が左から、アイラが右から体の一番端に剣を突き刺して頭の方へと移動させる。異常なほど硬い鱗だったが、神剣と聖剣に斬れない物は存在しない。
「ご苦労様です」
体中から血を流して地面に倒れたところをシルビアが喉元へ短剣を突き刺して止めを差す。
「ここに魔石があるので取り出すのを協力してくれませんか?」
「ああ」
道具箱からナイフを取り出して喉の鱗を剥いで、肉を開く。
「ありました」
とりあえず魔石だけを回収しておく。
魔石さえ奪い取ってしまえば魔物が実は生きているという危険はない。
「で、こいつはどうする?」
目の前には巨大なシーサーペント。
「レベルは200あったんでしょ。だったらそれなりに美味しいんじゃない?」
「……これを解体するんですか?」
シルビアがジト目を向けて来る。
俺たちのパーティで調理するとなればシルビアの役目になっている。
「……分かりました。ですが、今は解体しているような時間はないですから持って帰る事にしましょう」
道具箱にキングシーサーペントを収納する。
「あ」
キングシーサーペントの死体が転がっていた場所に置いてあった物にアイラが気が付いた。
「宝箱よ」
「へぇ」
ボスを倒して宝箱が手に入る事はあるが、あまり機会には恵まれていなかった。
「何が入っているの?」
期待した目でアイラが見て来る。
こっそりとシルビアの【神の運】を使用させてもらってから宝箱を開ける。
中には腕輪が入っていた。
「気泡の腕輪?」
見た目だけでは効果が分からなかったので【鑑定】を使用して確認する。
魔力を流す事によって水中で気泡の球体を使用者の周囲に生み出し、水中での活動が自由にできるようになる魔法道具らしい。
しかし、手に入れるタイミングが悪すぎる。
「ここで海底洞窟も終わりだぞ」
既に気泡の腕輪を使うタイミングは失われている。
「たぶん、この魔法道具を使って探索をもっと行え、って意味じゃない?」
再度探索を行わせる為に引き返したくなる魔法道具を渡す。
厭らしい手段だ。
「あ、地図によるとここでは宝箱の発生件数が多く、ほとんどが気泡の腕輪みたいな水中での活動を助けてくれる魔法道具みたいです」
確実に再度の探索を行わせる為の魔法道具ですね。
これを手に入れた事で何度も海底洞窟の探索を行わせる。
「ま、俺たちは先へ進むのが目的だから戻るような事はしないけどな」
「ですね」
とりあえず使い道があるかもしれないので収納リングに保管しておく。
「そっちの迷宮の様子はどうだ?」
『現在、もうすぐ地下33階の探索を終えるところです』
「少しずつ差は縮まっているみたいだな」
リオたちの探索階層を聞く。
「地下31階で大ショートカットは行わなかったんだな」
『うん。仲間から止められてショートカットを選ぶことはしなかった。そもそもあそこのショートカットは、地下27階のショートカットよりも目に見えて危険すぎる』
地下31階~35階は高山フィールドとなっており、5階層分をぶち抜いた構造で山の頭頂部となっている地下31階から山道を下りて行く構造になっている。
迷宮最大のショートカット。
山道のない場所は深い穴のようになっているため上から跳び下りれば一気に35階まで到達する事ができる。もっとも、かなりの高度なので空を飛ぶ、もしくは専用の道具を持っている者でなければショートカットはできない。
さらに、そのショートカットには非常に危険が伴う。
高山フィールドには多数の空を飛ぶ鳥型の魔物が生息しており、高山を歩いているだけで襲い掛かって来るような相手だが、ショートカットを選んだ侵入者から優先的に襲うよう設定されている。
当然、優先対象については攻略情報として知られている。
つまり、ショートカットを選べば地下31階から35階にいる全ての魔物が一斉に敵となってしまうような状況になる事をリオたちは知っている。
地下27階で苦労したばかりなのにそんなルートを選ぶはずがなかった。
「鉱山フィールドは高低差の激しい場所だ。探索にはそれなりに時間が掛かるだろうからこっちは急いで進める事にしよう」
「あの、次の階層についてなんですけど……」
「どうした?」
シルビアが言い難そうにしていた。
そう言えば攻略情報の載った地図は、困った事があれば随時見せてもらう程度で全体を見せてもらっていなかった。
「いえ、転移魔法陣は目の前にあるんですから、先に自分の目で見て貰った方が早いと思います」
「分かった」
躊躇する理由もないので転移魔法陣に魔力を流して起動させる。
そうすれば目の前の景色が一瞬で変わる。
「え……」
目の前の景色が全く違う物に変わるのは、何度体験しても簡単に慣れるようなものではない。
それでも迷宮主として慣れたつもりでいた。
しかし、先ほどまで湿った空気と水を含んだ土の上に立っていたのに、乾いた風が吹く固い地面の上に立っていた事への変化は驚いた。
「……荒野フィールドです」
見渡す限りに広がる荒野。
いや、迷宮の中である以上、奥には壁があり、どこまでも広がっているように見えるよう景色が映し出されているだけ。
実際には決められた広さしかない。
「ゴールはどこ?」
「分かりません。地図はここまでしか購入する事ができませんでした。地下30階の地図に『次は荒野フィールドだ』と描かれていたので、予想する事はできたんですけど……」
ここに来て攻略情報の消失。
ここからは自力で探索しなくてはいけない。