第13話 最悪な結末
探し物ができる魔法道具を手に入れた俺は、早速使うべく地下1階へと転移する。地下77階からでは、高低差がありすぎて正確な位置が分からない。
迷宮核の指示に従って人目の付かない場所に移動すると迷宮魔法:道具箱を使用する。中から取り出すのは薬液の入った瓶。
それをゴクゴクと飲み干す。
空になった瓶を収納リングの中にしまうと一言……。
「まずい……」
顔を青くしながら呟く。
今飲んだ薬液は、街の道具屋で店売りされている魔力を回復させるポーションであり、迷宮で見つかるような高性能なポーションではない。迷宮で得られるポーションなら一口飲むだけで魔力が回復するが、店で売られているようなポーションは瓶を飲み干さなければ効果を発揮してくれない。
こんな物を飲んでいるのも地下77階で魔力を大量に消費してしまったせいだ。まだ、枯渇を気にするような段階ではないが、ペンデュラム・ダウジングを使用することを考えると圧倒的に足りない。
だが、マズさを我慢して飲み干したおかげで魔力が回復していた。
迷宮魔法:宝箱を使用すればマズくないポーションを取り出すことも可能だったが、店売りされているポーションでも問題ないのだから迷宮の魔力は節約した方がいい。
「さて……」
これで準備は整った。振り子を使用する。
使用方法は、頭の中に探したい物――父の姿を思い浮かべるだけ。
魔力がガンガン吸い取られる。
しかし、消費した量に見合った働きをしてペンデュラムがある方向を指し示し、そこまでの距離もなんとなく教えてくれる。
「え……」
魔力の消費を抑える為にもペンデュラムの使用を止める。
そのまま足早に迷宮を出るとアルミラさんがすぐに俺が出て来たことに気付いた。
「おや、どうしたんだい?」
アルミラさんから心配されてしまった。
「ちょっと……怪我をしたとかではないので大丈夫ですよ」
「そうかい」
今の俺にはアルミラさんを気遣えるだけの余裕がなかった。
簡単に挨拶を終えてアルミラさんから見えない場所まで移動すると走り出す。全速力で。
体力、敏捷共に1万を超えている俺の速力なら馬よりも速いスピードで持続力もある。
途中にあるアリスターの街も通り越して、生まれ育った村の近くまでやって来る。ここまで街道を利用することなく、人目に付かないように移動していたこともあって誰にも見つかることなく辿り着くことができた。
もう一度ペンデュラムを使用する。
すると、ある一点を指し示しており、ここまで近付いていれば正確な場所も分かった。
そこには、一本の大きな木が植えられており、周囲は更地となっており、時間によっては子供たちが遊んでいるのだが、今は誰もいなかった。
俺にとっては好都合だ。
なぜなら……ペンデュラムはその木の根元を指し示していた。
「アースウェイブ」
魔法を使って地面を軽く揺することで土を柔らかくすると、そのまま魔法を使って土を少しずつ慎重に取り除いていく。
そんな作業を20分も続けていると、
「見つかってしまった……」
こんな形で見つけたくなかった。
俺が掘り当てた先には、ボロボロになった遺体の頭部と手があった。
暗い気持ちになりながらも作業を続けて全身を露出させる。
遺体は完全に腐敗しており、体からでは誰なのか判別することができない。しかし、左手の薬指に嵌められた指輪を見て確信した。
「やっぱり、父さん、なのか……」
その指輪は、装飾品など全く買ったことのない父が結婚する時に母の為にと購入した結婚指輪で指輪の内側には父と母の名前が彫られていた。
間違いなく指輪は父の物で、遺体も父だ。
認めたくはない。
指輪だけがここに置かれているだけで遺体は別人かもしれない。
けど、確かめないわけにはいかない。
「本当に、持ってきておいてよかったよ」
俺が取り出したのは地下77階の宝箱から得られた『死魂の宝珠』。
手に入れた時は、もしも最悪の場合の為にと持ってきておいたが、本当に最悪の結末になってしまった。
これがあれば遺体に残った魔力を掻き集めて、魔力が生前の頃の姿形と意識を写し取り、会話が可能になる。
――幽霊との会話が可能になる。
たった、それだけの能力だが、父の遺体を見つけてしまった俺には最も必要な能力だった。
死魂の宝珠を遺体の中心にそっと置くと、遺体から光の粒が浮かび上がり、宝珠へと吸い込まれていく。光の粒が遺体に残った父の魔力で、それを宝珠が集めているというわけか。
そんなことを考えている間に地下77階で見た黒い靄が集まって魔物が生まれる、ような光景と同じように集められた光の粒が人の形を作り、素となった遺体の胸部分から少し浮いたように存在していた。
その人物は40歳ぐらいの男性で、簡素な鎧に身を包んでいた。アリスターの街に駐在している騎士だけでなく、兵士の着ている鎧と比べても明らかに安物だ。どれだけ金を掛けていなかったのかということが分かる。
というか……
「久しぶりだな、父さん」
『マルス? この状況は一体どうなっているんだ?』
幽霊のように呼び出された父は状況が全く分かっていないようだった。
しかし、自分の体が浮いており、足元に遺体が転がっていることを確認すると何か納得したらしく、
『俺は、死んだんだな』
悲しそうな声で俺に確認してきた。
「ああ……」
俺もそれしか答えることができなかった。
『俺が死んだことについては理解した。だけど、この状況は一体何なんだ? 俺は幽霊なのか?』
父がもっともな質問をしてくるので正直に答えることにした。
死んでいたとは知らずに行方不明だと思っていたら借金を背負わされてしまったこと、返済の為に冒険者になって迷宮に挑めば迷宮主になっていたこと。父を探すために冒険者ギルドで依頼を出して情報を集めたりしたが、上手くいかなかったため迷宮にある宝箱に頼ったこと。
それらの話をたっぷりと10分間聞かせると、父は、
『そうか、済まなかった』
一言だけ謝ってきた。
『俺の浅はかな行動のせいで迷惑を掛けてしまったらしいな』
その言葉を聞いて俺は首を横に振る。
「たしかに色々とあって大変だったけど、おかげで迷宮主にもなれた。信じられる? ステータスなんてウォーウルフを簡単にあしらえるぐらい強くなったんだから」
『ほう、それはすごいな』
父が感心していた。
兵士の数が少ない村の中で父は一番強かった。フォレストウルフの群れを退治した時も率先して戦っていたぐらいだ。だからこそ上位種であるウォーウルフがどれほどの強さかというのも分かっている。
俺が幼い心ながらに伝説を残すような冒険者に憧れたりせず、兄のような騎士になろうと考えずに兵士になろうとしていたのも村を守るために自分の力を振るう父の姿に憧れたからだ。
「だから生きている父さんに今の姿を見せたかった。それに母さんやクリスも父さんが帰って来るのを待っているんだ……」
それが、もう叶わない願いであることは目の前の存在を認識すれば無理なことは理解していた。
父の残滓とも言える存在は、そのこともきちんと認識していた。
『残念だが、無理なんだろうな。なんとなくだが分かる。今の俺は、お前の父だったクライスの残り滓みたいな存在で、こうしていられる時間も限られている』
迷宮の魔法道具で形を得ているだけに迷宮魔法:鑑定も問題なく使用することができた。
目の前の存在が言ったように残滓であるせいか、父のステータスが表示されるようなことはなかった。だが、名前と残りの効果時間『25:00』が表示されており、刻々と残り時間が減っていた。
『お前が残りの時間で知るべきことはなんだ?』
父が真剣な表情で聞いてくる。
そんなことは決まっている。
「行方不明になった日、いったい何があったの?」
これを聞かないわけにはいかない。
『ああ、そうだな。俺に何があったのか……いや、俺を殺した犯人は――』