第28話 マグマ急流評価
マルス視点とナナカ視点です。
――帝都迷宮地下24階。
「う~ん……微妙」
地下27階のマグマ急流における戦果を確認しながら唸っていた。
迷宮同調があるおかげで迷宮最下層から監視しているイリスの視界を共有する事ができているおかげで攻略の様子をリアルタイムで見ることができていた。体が無防備になってしまっていたが、魔物との遭遇も少ないので探索の傍らで監視を行う事もできた。
確認が終われば評価、反省となる。
「微妙、ですか? それなりの結果は得られたと思いますが?」
隣を走るメリッサが魔法で魔物を倒しながら訊いてくる。
「それに私たちが挑んだ時に比べて難易度が上がっています。彼らを消耗させられただけで戦果としては十分では?」
俺たちが挑んだ時は、現れた魔物のレベルは40~60だった。
それが今回現れた魔物は60~80までレベルを上げさせてもらった。
だが、迷宮主と眷属の実力を考えればそこまで苦戦するような魔物ではない。
本当の意味で難易度を上げているのは急流の方だ。
以前に挑んだ時は、川の流れは穏やかなものでボートを動かした影響で揺れる事はあっても流れているだけで揺らつくような事はなかった。
今回は、川に波がありボートが簡単に揺れるようにしていた。
おまけに魔物たちの狙いも『ボートに乗っている人』ではなく『ボート』を狙うように指示を出してある。
普段ならボートに乗っている自分の身を守る為に戦わなくてはならないが、リオたちはボートを守る為に戦わなくてはならなかった。
それが難易度を上げていた。
しかし、俺としては最後が不満だ。
「せっかくレベル300の魔物まで用意したのに一撃で倒されたんだぞ。溶熱巨人は門番に最適な魔物だからって紹介されたから用意したのに。もう少し粘って奴らの能力を暴いてほしかった」
消耗させられる事も目的の一つだったが、それ以上にリオたちの能力について知りたかった。
情報屋から得意な能力についても教えて貰える事ができたが、それはあくまでも冒険者として表向きに明かしている事だけ。迷宮眷属となった事で得られたスキルや特性について知りたかった。
マグマ急流で追い詰められた事で上層では見せなかった能力が見えて来た。
「よくもあれだけ個性的な能力を持った人物が集まったものだ」
判明したのは7人。
それぞれに役割がきちんとあり、重複しているような様子はない。
「地下28階に到達すると帰ったみたいですけど、これからはどうしますか?」
「火山の次は高低差のある鉱山フィールドだ。下手に弄るよりも今のままの方が転移魔法陣を探すのに苦労する。足止めをするなら地下37階の方が適している」
「……今度は何をするつもりですか?」
メリッサが呆れたような視線を向けて来る。
さすがに先ほどの地下27階の様子は迷宮主や関係者でなければ対処できない。
なにせマグマの上でも平気な者、マグマをどうにかできる者でなければ生き残ることすら難しい。
残念ながら地下37階に用意した罠はそういう危険はない。
「安心しろ。お前も知っているけど地下37階はリゾートエリアだぞ」
「知っていますけど……」
だからこそ足止めに適した理由が分からない。
リゾートエリアは魔物が一切出て来る事のないエリアで、暖かな日差しと静かな海とビーチがあるだけの場所。魔物が現れないおかげで安全なので、俺もよく釣りに出掛けている。
はっきり言って最下層以外では迷宮内で一番安全な階層だ。
「そっちの準備はできているのか?」
『できている。けど、こっちは現在、地下47階の改造に意識を集中させているせいで疲れている』
「……昨日の夜、美味しそうなスイーツを売っている店を見つけたのでそれで許して下さい」
『分かった。とりあえず明後日までには終わらせる』
地下45階から先には現状、誰も訪れていない。
改造にどれだけ派手な事をしていても問題視されるような事にはならないので本格的に行っていた。
「あの……喋るのはいいんですけど、近付いて来る魔物の数が本当に多くなって来たので討伐の方をお願いします」
先頭を走るシルビアは探索に集中してもらっていた。
分かれ道に差し掛かる度に左右の道から襲い掛かって来る魔物を討伐するのは俺とメリッサの役割だ。
飛び掛かって来たロックリザードを斬り捨てる。
正面にはロックゴーレムが立っている。
シルビアの前に出てロックゴーレムを殴って破壊する。
「これで、この階層だけで40体目の魔物だぞ。神の運は使っているんだよな」
「使っています。使ってもこれだけの魔物が現れるんです」
「そうなると、可能性として考えられるのはこの階層全体に大量の魔物が現れているせいで運が良くてもこれだけの魔物と遭遇してしまう、という事でしょう。怒らせてしまいましたね」
偶然で減らしているにも関わらず、偶然では済まされない数の魔物と遭遇している。
あきらかに【迷宮操作】を使って誘導、もしくは新しく生み出されている。
とはいえ、やる事は変わらない。
「シルビアは全力で先へ進め。襲ってくる魔物に関しては俺とメリッサで討伐する。ただし、魔力量が乏しくなってきたら絶対に言うように」
「はい」
魔力切れで探索を続ける事ほど危険な事はない。
ここは自分たちの迷宮ではない。街へ戻る為には転移結晶を使うしかないのだから探索を続けるのかどうかは慎重に考えなくてはならない。
☆ ☆ ☆
「放しなさい!」
「何を考えているのですか!?」
アリスターの迷宮から帝都の迷宮最下層へ戻って来るとカトレアさんがボタンに羽交い絞めにされていた。
カトレアさんの手には【迷宮操作】を使用する為に必要な宝珠が握られている。
事情を聞く為にも落ち着いてもらう必要がある。
冷気の風を吹かせる。
「寒い……」
「落ち着きましたか?」
「ナナカ」
「戻りました」
冷気を浴びて頭が冷えたらしくカトレアさんの体から力が抜けていた。
「何をしていたのか訊ねてもいいですか?」
「はい……その、彼らがいる地下24階に大量の魔物を配置してしまいました。数にして800匹ほどですね」
「は?」
カトレアさんの代わりに答えてくれたボタンには申し訳ないが、そう聞き返さずにはいられなかった。
普段でも鉱山フィールドには各階層に100匹程度しかいない。
魔物とはいえ活動する為に適した環境という物がある。
鉱山フィールドの階層に魔物を集めるなら他の鉱山フィールドの階層から集める必要がある。
地下21階から25階までの他の階層から集めたにしても300匹足りない。
「足りない魔物についてはどうしたんですか?」
「迷宮が蓄えていた魔力を使って新たに生み出しました」
その言葉を聞いてわたしは頭を抱えたくなった。
迷宮の魔力は侵入者である冒険者から吸収した物だ。
当然の如く、有限であるため無駄遣いなどしていられない。ただでさえ、帝都の迷宮は帝都の結界を維持する為に魔力を消費しているので無駄遣いしているような余裕はない。
「どうしてそんな事を……理由は聞くまでもない、か」
「はい。リオ様が危険な目に遭われていたので怒ったカトレア様が彼らを排除する為に多くの魔物を呼び寄せました」
たしかに危険な場所だった。
防衛、と言うよりもカトレアさんの護衛に必要なわたしを呼び寄せるぐらいには危険だった。
怒る気持ちも分かる。
しかし、大量の魔物を呼び寄せたところで無駄な戦力だ。
「カトレアさんの気持ちは分かります。だからこそあなたには落ち着いて欲しいのです。今のあなたの行動は、国庫を無駄に消費しているようなもの。皇妃になろうという人がそのような事でどうするのですか?」
「そう、なのですけど……」
宝珠を覗いて呆然としていた。
「リオ様が危険な目に遭っているというのに傍にいられないなんて……せめて迎撃の為の戦力を……」
「迎撃ができていますか?」
改めて大量の魔物が蠢く地下24階の様子を確認してみる。
突然、現れた大量の魔物にマルス以外の冒険者は為す術もなく蹂躙されて行っているが、最優先目標であるマルスパーティは近付く魔物をいないもののように斬り捨てて先へ進んでいる。
足止めにもなっていない。
「魔力を無駄にするだけです。操作は止めてください」
「はい……」
宝珠に魔力を注ぐのを止めると目がトロンと閉じられる。
ボタンの魔法によって強制的に眠らされていた。
「カトレア様にも困ったものです。今や自分の一人の体ではないのですから、ご自愛していただきたいところです」
「仕方ない。リオの事になるとすぐに本気になってしまうのはカトレアさんの良い所であると同時に悪いところでもある」
けれどもわたしたち眷属は全員がリオとカトレアさんに救われている。
あの二人の為なら全力を懸ける事ができる。
「とりあえず滅茶苦茶になった迷宮を元に戻す」
「お願いします」
ボタンが頭を下げて来る。
わたしたちのパーティの中で【迷宮操作】が使えるのはわたしとカトレアさんのみ。
だから、カトレアさんが気絶した状況ではわたしが片付けるしかない。
その事を苦に思った事はない。
少しでも恩を返す為なら、これぐらいの苦労はなんでもない。
「向こうは本気で用意した階層がある。それがこれで終わりなはずがない」
こっちも何か新たに考えた方がいいかもしれない。
3日目到達階層
マルス:25階
リオ:28階