第22話 マリー
私は小さな村を拠点に行商で生活している夫婦の娘だった。
両親だけでなく、姉もおり平和な日々が続いていた。
そんな日が終わりを迎えたのは、あっという間の出来事だった。
幼いながらに両親の手伝いをしていた私は、両親の商売に付いて行っていたのだが、馬車に多くの商品を積み込んで街道を移動していたところを4人組の盗賊に襲われた。
盗賊の襲撃を逸早く察した父さんの手によって荷物の奥に隠された私は、盗賊に襲われて殺される家族の姿を怯えながら見つからないように願いながら見ていた。
気付けば両親の遺体すら近くにはなく、馬車を奪った盗賊の手によって洞窟のような場所の近くに連れられていた。
幸い、私の存在は盗賊には知られていない。
だからこそ今でも生きている事ができている。
襲撃が成功して、陽気に酒を飲んで宴会をしている盗賊の目を盗んで逃げだした。
その後、どこをどうやって逃げたのか覚えていない。幼い自分では、住んでいた村がどこにあるのかすら分からなかった。
一人きりになった私は必死に生きていた。
ただ、私の幸せを簡単に奪って行った奴らに復讐する為だけに。
日々は物乞いのようにご飯を道行く人に巡ってもらい、時には残飯すらも拾って食べた。その傍ら、父さんが護衛用にと持たせてくれたナイフを使う練習を欠かさない。いつか、このナイフで盗賊たちの首を狩り、心臓を突き刺してやると誓っていた。
そうして、少しばかり体が大きくなると冒険者として登録した。冒険者になれば仕事をしながら色々な街を渡り歩ける。そうすれば、どこにいるのか分からない復讐相手を探す機会も増える。
そんな生活が4年も続いた時、復讐相手の盗賊たちを見つけた。
「か、彼らは!?」
「……ん?」
その街に来たばかりの私は、街で有名な冒険者について老齢な冒険者に話を聞いていた。
老齢な冒険者も私の不審な態度に気付いたみたいだったけど、特に何かを言われる事もなく相手の情報を教えてくれた。
「あいつらは2年位前にフラッとこの街にやって来て冒険者になった連中だな。この街で冒険者になったけど、その前から戦いが必要になるような仕事をしていたのか魔物相手でも問題なく戦えていたらしい。以前に動きを見させてもらった事があるが、あれは盗賊の動きだな」
老齢まで冒険者をしていた人物の目は誤魔化せなかったらしく元の素性がバレていた。
私の記憶にある家族を奪った相手と同じだ。
だが、そんな事が関係ないのが冒険者だ。
「ま、過去にどんな奴だったかなんて冒険者には関係ないからな」
彼が言うように冒険者ギルドは冒険者の経歴については関与しない。
冒険者になった時点で新たな身分が与えられ、元盗賊の彼らも足を洗ったという事で『冒険者』として見られている。
けど、私にとっては盗賊でしかない。
あいつらを殺した事で罪に問われることになったとしても、今すぐにでも殺してやりたい衝動に駆られた。
けれど、その衝動をどうにか抑えた。
「あいつらは、Dランクの冒険者。素行が悪いせいでランクアップに響いているみたいだけど、実力だけならCランクはあると見ておいた方がいい」
元々盗賊として戦いに慣れていただけに戦闘にも躊躇しないだけに冒険者として頭角を現すのは早かった。
私みたいな少し戦える程度のEランク冒険者では、上手く行けばという条件の下不意打ちで一人を殺せるのが精一杯。その後は、他の3人に逃げられてしまう。私の目標はあくまでも4人全員を懲らしめる事にある。
実力での復讐を諦めた私は情報を集めた。
必要な情報を集めた後は、商談だ。
「ねえ、おじさん」
「なんだ?」
いつかと同じように酒を飲んで上機嫌な元盗賊に話しかける。
私の素性については知られていない。
最初から顔を知らないのか、それともあれから7年も経過して成長したおかげで私の事に気付かないのかは分からない。
だが、気付かれていないのは好都合だ。
「ちょっと儲け話があるんだけど乗らない?」
「儲け話?」
酔った元盗賊は、私が持ち掛けた儲け話に簡単に喰い付いてくれた。
ある貴族が抱えていた優秀な護衛が高齢を理由に引退する事になった。そこで新たな信頼できる護衛を求めている。
「それのどこが儲け話なんだ?」
「その貴族は、近くでは優秀な領地経営が出来ているという事で有名な貴族です。そんな貴族との間に繋がりができることはおじさんみたいな先を考えるようになる年齢だと儲け話に繋がるんじゃない?」
いつまでも冒険者みたいな危険な仕事ができるわけではない。
貴族との間に繋がりができれば、将来も安泰になる可能性があった。
「その話は本当なんだろうな」
「もちろん。私は前にちょっとした依頼で知り合いになったEランク冒険者でね。街に優秀な冒険者がいないか探すように頼まれた新人冒険者だからね。話を引き受けてくれるなら私から紹介してあげるよ」
「……仲間と相談してからだな」
相談する、なんて言っていたけど引き受ける気でいるのは間違いない。
ここ最近は、冒険者仲間に体がきつくなって来たと嘆いていた。
そこから楽そうな仕事を紹介すれば簡単に喰い付くと考えた。
「……どういうことだ!」
1か月後、ギルドで引き受ける依頼を吟味していると元盗賊たちが襲い掛かって来た。
狭いギルド内。
怒った最初の一撃を避けるぐらいなら私でもどうにかできる。
「なんですか?」
「お前の紹介した貴族だよ」
「仕事の方はどうでしたか?」
「真っ赤な偽物だったよ」
「そうでしたか」
最初から知っていた。
私は彼らを紹介する為に紹介状を認めたが、同時に貴族から提示された条件だとして「ミスリル製の鎧を装備する事」という条件を提示していた。
ミスリル製の装備は貴族にとって一種のステータスになる。
本物そっくりな紹介状を見て、貴族の伝手が得られると思った元盗賊は借金をしながらでもミスリル製の装備を手に入れた。
貴族に雇ってもらえれば将来的には借金なんて返せる。
ただし、それは私が用意した紹介状が本物だったならの話だ。
「お前のせいで借金をしただろ。どう責任を取るつもりだ!」
「そんな事は知りません。貴方たちが勝手に借金をしてミスリル製の装備を手に入れただけです。私がどこに関与しているんですか?」
「この紹介状が何よりの証拠だ」
元盗賊が紹介状を掲げるものの……
「その、どこに私が関与しているという証拠がありますか?」
紹介状には貴族の名前が本物そっくりに描かれているものの私については何も描かれていない。
「お金に困っているなら昔のように誰かから盗めばいいじゃないですか?」
「おまえ……」
「考え無しに儲け話に手を出すからそういう目に遭うんです。あ、そんな性格だったから目の前にある宝を奪ってでも手に入れる盗賊だったんですね」
「テメェ……!」
煽ると先頭にいた元盗賊が背中の大剣を抜いて斬り掛かって来る。
狙い通り、狭い場所であろうと短気な男は自分の武器を手に私を殺すべく襲い掛かって来る。
「借金。頑張って返済して下さいね」
魔法道具を使って街外れまで転移する。
使い捨ての高価な魔法道具だったが、激昂する元盗賊たちの顔はどうしても見たかった。
「さて、後は彼らが破滅するまで見学するだけですね」
既に彼らの宿は調べている。
こっそりと宿屋の部屋に忍び込んで所持金を全て奪う。
これからミスリル製の装備を購入する為にした借金を返済する為に冒険者ギルドに借金をする事になるのだろうが、冒険者ギルドの借金は絶対に踏み倒す事ができない。冒険者ギルドの借金返済が僅かでも滞った場合には、過酷な環境での強制労働が課せられる事になるし、断った場合にはギルドから高ランクの冒険者が派遣されて捕らわれる事になっている。
「馬鹿な奴ほど力を持っている」
彼らが破滅するまで時間が掛かる。
その間に私と同じような目に遭っている人たちを少しでも助けよう。