第21話 帝都の夜
――ガヤガヤ。
喧騒で溢れ返っている酒場。
そこに足を踏み入れると待ち合わせをしている人物の座っているテーブルに近付く。
「待たせましたか?」
「問題ないよ。酒場で時間を潰すぐらい、どうということはない」
待ち合わせをしていた相手は、ギルドで地図を売ってくれた情報屋。
宿屋に戻ると俺たちが利用していた部屋に「情報を買わないか?」というメモが挟まれていた。
メモを見たシルビアからは、リオ側の罠ではないかと言われたが街中にいる情報屋にまで手を回されていると俺たちの勝ち目が全くなくなってしまう。
現在の状況は、リオ側が地下22階、俺たちが地下18階。
初日を情報収集に充てた事で向こうの方が情報量は多い。
ここから逆転する為には、こちらも何らかの方法で情報を得る必要があったので情報屋の接触はありがたかった。
さすがにこんな場所に女性を連れて来る訳にもいかなかったので、シルビアとメリッサは宿屋で留守番させている。
「さて、情報を求めているみたいだけど、君の立場が分からないとどんな情報を売ればいいのか分からない。こっちも次期皇帝を敵に回す可能性があるんだから売れる情報と売れない情報の選別はしっかりとやりたい」
「それもそうですね」
アリスターで接触後、迷宮の攻略速度を競う戦いをしている事を伝える。
時間的齟齬から色々と疑問に思うところはあったはずなのだが、情報屋は深入りせずに俺の話を聞いている。
「俺が求めている情報は二つ。迷宮を攻略するうえで必要になりそうな情報――昼間に買った地図以上の情報があれば下さい」
「それぐらいなら問題ない」
地図には描いていない情報屋が独自に集めた攻略情報が得られた。
これは、ありがたい。だが、先に聞いていれば幻惑の森が天井ギリギリまである事を知れたので頭をぶつけるような事にはならなかった。
ただし、得られたのは地下40階までの情報。
さすがにそれ以上の情報は持っていないという事だった。
「僕が迷宮の攻略情報を専門に扱っているわけじゃない。本格的に知りたいなら専門家に頼る方がいい。僕も紹介してあげたいところだけど、さすがに地下40階以降の攻略情報となると持っている情報屋の方が少ない。君たちはそんな場所に挑もうとしているって事を自覚した方がいいよ」
「危険は承知の上ですよ」
地下40階以降ともなれば侵入者を足止めする為の階層ではなく、侵入者を排除する為に設けられた階層になっている可能性が高い。
そのため攻略に挑んでも帰って来られた冒険者が少ない。
「まあ、迷宮の攻略情報は最低限で構いません。それよりも知りたいのはリオたちについてです」
「ん? 知り合いじゃないのかい?」
「知り合いと言えば知り合いだけど、詳しくは知らない感じかな?」
「それでよく依頼を引き受ける気になったな」
全くだ。
相手が同じ迷宮主だということで信じ過ぎてしまっていた。
「まず、知りたいのはカトレア、ボタン、ナナカの3名について」
しっかりイリスと報告のつけ合わせを行い、この3人が攻略に加わっていない事は確認している。
「カトレアは簡単だよ。最初は、リオと彼女だけの2人パーティだったんだ。初めて冒険者ギルドに来た時の姿からどこかの貴族のおぼっちゃんとお嬢ちゃんだっていうのが僕たちの認識だったね。貴族位を引き継げない貴族の子供の中には実力を示す為に冒険者に登録する者もいる。だからリオも最初はそういう手合いだと思われていたね」
しかし、貴族の子供二人は街中にある雑事のような小さな依頼にも真面目に取り組んで毎日のように冒険者ギルドへ通った。
そんな日が何カ月も続けば彼らのランクは自然と上がり、ランクアップの実力を計る為に盗賊討伐の依頼を引き受ける事になる。
「その時に盗賊から助けたのが自分の名前もよく分からないソニアって名前のお嬢ちゃんだ。どうやら盗賊が奴隷商の馬車を襲った時に捕まっていたらしく、身を寄せる相手なんて誰もいない可哀想な娘だった。その娘を一目見て気に入ったカトレアが引き取って冒険者に育て上げたりもしたな」
「いい話じゃないですか」
身寄りのない子を引き取る。
冒険者にするよりも孤児院に預けたり、もっと安全な仕事を紹介したりした方が女の子の為だったように思えるが、女の子の方も助けてくれたリオたちの事を一目で気に入ってしまったため引き取る事に誰も文句を言わなかった。
なにより自分の名前すらはっきりと覚えていなかった女の子にとって『ソニア』という名前を与えてくれたカトレアさんは母親のような存在だった。
「それで、終われば美談だったんだけどね」
「え?」
「その後から妙な縁で結ばれた奴を拾ってくる癖が付いてしまったらしく、奴隷少女や戦闘能力なんてないはずの村娘、社交性がなくて学校の落ちこぼれになった少女、果てには怪盗や詐欺師まで仲間にしている」
「……なんですか、その個性的なパーティは」
パーティを組むうえで一番重要なのは、仲間と上手くやっていけるのかという事だ。
そのためお互いの弱点を補うような相手や連携のし易い相手と組む事が多い。
果たして、そんな個性的なメンバーで連携が可能なのか。
いや、眷属にまでしているなら共にある覚悟が相互にあるというわけだ。
「あなたはリオがどういう立場にいるのか知っているんですよね」
「うん」
「側室とはいえ、次期皇帝の妻がそんな人物たちで問題ないんですか?」
「問題ないね。僕たち平民にとって皇帝や皇妃がどんな人物だったとしても普段の暮らしに影響がなければ問題ないんだよ。それに、その辺は皇帝や皇妃になるリオとカトレアが考えているはずだよ。後から仲間にしたメンバーは、二人にとって娘や妹みたいな存在だからね」
たしかにアリスターで少し見ただけだが、リオは仲間から信頼されているような感じだった。
それだけの信頼が彼らの間にはある。
少なくとも俺は眷属にした相手を捨てるような事はしない。
「あと、怪盗や詐欺師と言っても……怪盗の方は、領民から無駄に税を絞ったり法律違反スレスレの事をして私腹を肥やしたりしているような悪徳貴族からしか盗まない義賊。詐欺師の方は、力は強いけど頭は弱い悪さをしている盗賊みたいな冒険者を専門に騙している奴だったよ。まあ、二人とも過去に何かがあったらしいね」
「いくら事情があったとはいえ、そんな連中をよく仲間にする気がありましたね」
「その辺は本人じゃないと分からないね。まあ、そういう訳でハーレムパーティで目立つっていうだけじゃなくて面白い奴を次々と仲間にしていく事から帝都を拠点にしている冒険者の間だと有名なパーティだったね」
リオたちのパーティについて聞くのは為になった。
基本的にはリオとカトレアさんのパーティ。しかし、そこに仲間が加わって行った事で人数が増えて行く事になった。
為人や過去の行動を聞いた事で見えて来た事がある。
カトレアさんは、基本的にリオを中心に物事を考える癖がある。リオの為なら多少の無茶ぐらいは許容して行動してしまい、最初の一人だった事から眷属全員の統括みたいな事をしている。
ボタンさんは、シスターとしての修行を終えた後、帝国の外れにある村でシスターをしていたらしいが、教会の神父から迫られた時に誤って大怪我を負わせてしまった。その事に激怒した神父が教会から追放したらしく、途方に暮れていたところを拾ったのがリオ。
ナナカさんは、学校で成績優秀者だったものの無視のような虐めを受けていたらしくちょっとしたトラブルからリオと仲良くなり、今も学校に籍があるものの冒険者として活動している方が楽しいらしく一緒に行動している。
「どうして、こんなに一癖も二癖もあるメンバーが集まったのか」
「さあ。けど、これだけ個性的なメンバーを集める事ができたからリオは皇帝の試練をクリアして皇帝にまでなれたのかもしれないね」
「皇帝の試練?」
「どんな試練なのかは分からないけど、帝国には以前から帝位継承権が低いにも関わらず皇帝になった者がいるんだ。その話を聞いた情報屋の間では、皇族にだけ伝わる皇帝になる為の試練があって、それをクリアした者は皇帝になる事ができるっていう認識になっている」
なるほど。
一般には迷宮主になるという事がそんな風に伝わっているのか。
「色々と為になる話をありがとうございました」
情報量として金貨を置いて行く。
「そう言えば……酒場に来たって言うのにお酒を飲んでいなかったけど、いいのかい?」
「ええ、明日も仕事があるので控えるようにしているんです」
酒場に来てからはつまみとして唐揚げの注文しかしていない。
実際には翌日を気にしたわけではなく、お酒が飲めないから辞退していただけだ。
「だけど、やる事が多いのは事実だし」
宿に戻ったら手に入れたリオたちの情報を元にメリッサと攻略方法を相談しなければならない。
2日目の状況
マルス:地下18階
リオ:地下22階