第19話 草原疾走
草の生える地面を走る。
先頭を走っているのはシルビア。
迷宮へ再び戻って来た後は、地図で大まかな方向だけを確認すると草原を駆け抜ける。
『今、向こうは地下16階に到達した』
「チッ、さすがにタイムロスが痛いな」
イリスからの報告を聞いて既に4階層分の差が出てしまった事を確認する。
ここから逆転する為には向こう以上の速度で草原フィールドを駆け抜ける必要がある。
地下11階の広さを考えれば12階もそろそろ転移魔法陣のある場所に辿り着くはずだ。迷いなく進んでいるおかげで速度は速くなっている。
「……おい、どうなっているんだ!?」
「分からねぇ、こんな奴が出て来るなんて聞いた事がないぞ」
「人を呼んで来い! 俺たちだけで対処するのは不可能だ」
……ん? 先の方で妙な騒ぎが起こっているな。
「どうやら問題が発生しているみたいです」
先頭を走っているシルビアは既に問題に気付いている。
「何が起こっているのか分かるか?」
「詳しい事は距離があって分かりませんが、攻略情報にない強力な魔物が出現して冒険者が苦戦させられているようです」
それで、救援を呼びに近くにいる冒険者へ頼んでいる。
地下12階を探索しているような冒険者では手に負えないような相手らしい。
「戦っているのは猪型の魔物みたいです」
「猪は猪でもミノタウロスに近いな」
二本の足で立った猪のような魔物が両手で斧を持っていた。
ただ、人の体に猪の頭をしたミノタウロスとは違って全身から茶色い毛がたくさん生えており、チラッと見える背中には鬣もあり、獣の猪をそのまま立たせたような感じだった。
「鑑定」
念の為に相手の魔物を確認してみる。
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名前:アックスボア
レベル:40
体力:800
筋力:900
俊敏:400
魔力:600
スキル:逆鱗斧
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草原フィールドに出て来る魔物としては、レベルは高い方だ。
おそらくボスクラスの魔物。
ステータスも高く、スキルも持っているので強力な魔物であるのは一目で分かる。
スキルの逆鱗斧は、ダメージを与えるなどして怒らせると攻撃力が上昇するスキルだ。小さなダメージを与えて長期戦になればなるほど相手の攻撃力を上げてしまい、窮地に追い詰められていく。
「ここまでするか」
アックスボアと対峙しているのは20人近い冒険者。
彼らは剣や盾を持った前衛の冒険者が注意を惹いている間に後衛の冒険者が弓や魔法で牽制をしており、大剣を持った冒険者と斧を持った冒険者の二人が隙を伺うようにしていた。
逆鱗斧に対する認識がしっかりとできていた。
だが、それも一人……また一人と前衛の冒険者が斧の一撃を受けて下がる度に隙を伺う事ができずにいた。
「迂回しますか?」
「いや、倒そう」
「余計な時間を使う事になりますよ」
「あの魔物はこんな場所に出て来るような魔物じゃない。地下5階であった足止めと同じで明らかに俺たちの足を止める為に用意された魔物だ」
地下5階で少年たちを助けた事から困っている人がいたら助けずにはいられないと判断されたのかもしれない。
実際、俺たちの都合に巻き込まれたなら助けずにはいられない。
「俺が斬るから先頭を走る」
シルビアと先頭を代わり、迂回せずにそのまま突っ込む。
「こんな奴が出て来るなんて聞いてない!」
「む、無理だ……」
「撤退するなら好きにしろ。けど、一人で抜ければ残った奴を見捨てた事になるっていう事を忘れるなよ」
じわじわ追い詰められていく状況に半ば恐慌状態に陥っている。
「迷宮魔法:威圧」
高レベルの魔物が放つ敵意を進行方向に向けて放つ。
自分たちを圧倒的に上回るレベルを持つ魔物の敵意を受けて冒険者たちが一斉に俺たちの方を振り向く。いや、振り向いたのは冒険者たちだけではなくアックスボアも同様だった。
さらにピンポイントで威圧をアックスボアに放つ。
威圧を受けたアックスボアが動けなくなる。
「援軍の冒険者か? 良ければ手伝いを……」
「手伝いは必要ない」
後衛として後ろから弓矢を放っていた冒険者が近付いて来る俺たちに気付いて声を掛けてくるが、冒険者の声を無視してその場を駆け抜ける。
「ブ、ブモォォォ!」
目前まで迫って来たところで雄叫びを上げながらアックスボアが斧を振り上げるものの既に遅い。
目の前に置かれたアックスボアを蹴り倒して真っ直ぐに進む。
「あ、素材は自由に使っていいですよ」
足を止める事無く後ろでポカンとしている冒険者に声を掛ける。
「シルビア、前を進め」
「はい」
再びシルビアの先導で草原を走る。
「それにしても凄い切れ味でしたね」
「自分でもビックリしているよ」
隣を走るメリッサと同様に俺も驚いている。
アックスボアの体を上から下へ斬る。
今までの高ステータスに任せた切断ではなく、剣の軌道に気を付けながら真っ直ぐに鋭く振り下ろす。
鋭い一撃はアックスボアに斬られた、と気付かせる事なく命を消す。
「明鏡止水を使っていましたか?」
「いや、使っていない」
どんな物でも斬れるようになれるスキル明鏡止水なら一刀両断も可能になる。
今までなら明鏡止水を使用しなければ一刀両断はできなかった。
レジェンドソードマンとの訓練の成果はしっかりと得られている。
「それにしても向こうは随分と積極的な方法で足止めをしてきましたね」
『向こうは怖くない?』
ボスクラスの魔物を上層に出現させる。
積極的な手段を採った事にメリッサとイリスが驚いていた。
『あれ? こっちも同じ手段を採ればリオたちの足止めができるんじゃない?』
状況を見ていたアイラが提案して来る。
が、せっかく見ていたというのに足止めが全くできていない、という事に気が付いていない。
「俺が全く苦戦せずに倒したのに気付いていなかったのか? 足を止める必要のない魔物を配置したところで魔力を無駄に消費するだけだ」
今は、常時配置している魔物で散発的に攻撃させている。
それで少しでも周囲を警戒して速度を緩めて欲しかったのだが、向こうにも感知能力に優れたメンバーがいるらしく速度を緩める気配が一向にない。
「それに、こっちとそっちじゃ環境が違うから、間違ってもお前たちは同じ事をするなよ」
『環境?』
俺の言葉にアイラが首を傾げているのが分かる。
「この地下12階だけでも40人~50人ぐらいの冒険者がいるんだ。アリスターでもイベントがあればそれぐらいの人数を同じ階層に集めるぐらいはできるけど、それは難しい。理由は分かるか?」
『そもそもの人数が違うから?』
「その通り」
昨日の夜、少しだけ帝都の繁華街を覗かせてもらったが、アリスターとは比べようがないほど賑わっていた。
アリスターも辺境という土地柄賑わっている方だったが、さすがに大国の首都に勝てるほどではない。
そして、賑わせている理由の大半が冒険者だ。
首都という事で要所にある帝都は利用しやすい場所にあった。
おかげで依頼のついでに立ち寄る冒険者もいる。
「しかも、こっちは帝都の中心に迷宮があるから利用しやすい。それに比べてアリスターは街から離れた場所にあるから迷宮で稼げる実力があって、慣れた冒険者や一獲千金を夢見た連中でないとなかなか来てくれないんだ」
単純に侵入者の数が多ければ多いほど得られる魔力量は多くなる。
とはいえ、帝都の場合は広大な帝都の結界を維持する為にも魔力を使用されているせいで膨大な余裕があるというわけではない。
「だから強力な魔物を出現させて無関係な冒険者に迷惑でもかけてみろ。明日から来てくれなくなる可能性だってあるぞ」
『あっ!』
迷宮にとって冒険者が訪れないというのは死活問題だ。
帝都の場合は多くの冒険者がいるから多少の無茶もできるかもしれないが、こっちの場合は多少の無茶が死活問題に繋がってしまう可能性だってある。
「いいか? 俺たちがやれるとしたら無関係な冒険者に迷惑を掛けない通常通りの範囲で足止めをするしかないんだ」
こういうところでも見落としがあった。
最初から俺たちの競争は条件が対等なんかじゃなかった。




