第17話 ルールの盲点
『……大変。向こう側が一気に攻略速度を速めた』
翌日。
帝都の宿で一泊して朝から迷宮探索に乗り出していた。
地下11階の構造はアリスターの迷宮とほとんど変わらず、どこまでも草原が広がっている場所だった。
元々は作物を育てる為の場所なので足元には土の地面が広がっており、吹き抜ける風は心地いいものだった。
しかし、いつまでも浸っているわけにもいかない。
地下12階へ繋がっている転移魔法陣は、この草原のどこかにあり、それを探す必要がある。近くには冒険者が何組かいるものの地下11階にいる彼らは、ここでしか得られない素材を手に入れる為に探索しているのがほとんどであり、下層へ向かうわけではないので自力で転移魔法陣を探す必要がある。
こう心地いい雰囲気のせいでのんびりとしていたが、問題が発生したのは探索を始めてから1時間が経過した時だった。
「どういう事だ?」
問題は、アリスターの迷宮でリオたちの監視をしていたイリスから届いた。
単純に歩いての探索から走っての探索に切り替えただけなら焦りからそのような行動に出ただけで問題があるようには思えない。
『それが単純な話でもない。マルスさんたちと同じくらいの時間にこっちも探索を始めたんだけど、最初はのんびりとした探索だったし、転移魔法陣があるのとは反対方向を探索していたから余裕だった』
その辺は、俺たちと同じか。
洞窟フィールドでは、迷路になっていたものの壁に沿って行けば下層へ辿り着く事ができるという構造になっていた。おかげで自分がどこへ向かえばいいのか方向を見失うような事はなかった。
その点、草原フィールドは草原がどこまでも広がっているだけで進むべき道標が何もない状態だ。
だから見当違いの方向を探索してしまう事もある。
『これはマズいわね。向こうの進行速度から考えて明らかに転移陣がどこにあるのか把握したうえで進んでいる。だって、全く迷いがないもの』
「迷いがない?」
『こんな感じ』
イリスと一緒に監視をしていたアイラから地下11階の現在の様子が映し出された地図が表示される。
小さな緑色の点がいくつもある。
この緑色の点は、地下11階で素材の回収などをしてい俺たちとは無関係な冒険者だ。
それとは別に赤い点が6つ。
赤い点はリオたちを表しているのだが、昨日の5人から1人増えているので行方不明だった1人が合流したのだろう。
ああ、たしかにマズい。
「こいつら、転移陣がどこにあるのか知っている事を俺たちに知られても気にしない、っていうぐらい真っ直ぐに進んでいるな」
転移陣がある場所とは反対方向にいたにも関わらず最短距離を進んでいる。
明らかに転移陣のある場所が分かっていなければ最短距離など選べるはずがない。
『どういうこと? 攻略情報は手に入れなかったはずじゃないの?』
『それは、ちょっと違うよ』
アイラの疑問に答えたのはこれまで黙っていた迷宮核だった。
「どういう事だ? ルールできちんと『事前に攻略情報は集めない』って取り決めてあっただろ」
『それはそうだけど、既に「事前」という期間は過ぎ去ってしまっているんだよ。今は「攻略前」ではなく、「攻略中」だからね』
言われればそうだ。
スタートした時点で攻略中という扱いにしても問題ない。
『たぶんだけど、昨日行方不明だったっていう人物はギルドとか冒険者に聞き込みをして攻略情報を既に手に入れているんじゃないかな? それよりも地下11階なら確実な地図が出回っているはずだから、走りに迷いがない事から地図を手に入れている可能性の方が高いね』
「どうして今のタイミングで……」
『メリッサなら既に気付いているんじゃないかな?』
迷宮核の言葉にメリッサの方へ振り向く。
「はい、簡単です。向こうにも攻略している私たちの姿は監視されています。その結果、今が絶好のタイミングだから一気に攻略へ乗り出したのですね」
「絶好のタイミング?」
「そうです。私たちは1時間ほど探索を行いました。その結果、半分ほど進んでいると思われます。進むにしても、退くにしても同じくらいの時間を必要としているはずです」
「そういうことか」
地図を手に入れている事が俺たちにバレれば俺たちも同じように地図を手に入れる為に動く。
それではせっかく手に入れた時間を活かす事ができない。
だから、油断させておいてちょうど中間地点で攻略へ一気に乗り出した。
「どうしますか?」
「……進もう。ここで動き出したという事は、ここが中間地点である事には変わりない。入り口の場所は覚えているから戻ってもそこまで手間ではないかもしれないけど、もう1度地下11階の探索をするのは手間だ。だったら一気に駆け抜けて地下12階に辿り着いたら転移結晶で地上へ戻ろう」
そこで地図を手に入れる。
リオたちから遅れる事にはなるものの地図がある状態で探索するのとない状態で探索するのでは雲泥の差がある。
そもそも競争にすらなっていない。
「分かりました。急ぎましょう」
目の前の草原を全力で駆け抜ける。
どれくらい走れば辿り着けるのか分からない。
だからこそ聞いておかなければならない事があった。
「お前は、最初からルールの盲点について気が付いていたな」
『そうだよ』
迷宮核が気付いていた事をあっさりと肯定した。
「どうして教えなかったんだよ」
おかげでのんびりとした探索が中断されてしまった。
『そもそも僕がそこまで手を貸す理由がないからね。この問題は、本来なら君たちだけで解決できなければならない問題だったんだ。盲点に気が付かなかった君の方が悪いよ』
そう。迷宮核の役割は、迷宮に関して迷宮主に知識を授け、管理することで迷宮主をサポートする事にある。
決して冒険者としての仕事をサポートするわけではない。
今回は、相手が迷宮主ではあるものの迷宮の管理・運営とは関係がない。
俺が個人的に引き受けた競争だ。
『君の場合は、昨日1人だけが行方不明だった事から何かをしている事には気付いているみたいだったから、相手が行動を起こせば諸々説明するつもりではいたよ』
ただし、そこであたふたする俺たちを見て楽しんでいるのが迷宮核だ。
素直に礼を言う事はできない。
『それに悪いのは君だけじゃない』
「え?」
『主が気付かなかった事にも考えを張り巡らせるのがメリッサの役割だよ』
「……申し訳ございません」
『それにイリスだって冒険者としての経験なら1番豊富なんだから、こういう経験もあるはずなんだ。だから君こそが真っ先に気付くべきだったのに盲点がある事に気付かなかった。理由は分かっているね?』
『……うん。春先に起こった戦争について考え事をしている内にルールの内容を聞き逃していた。私は後から聞いただけだから盲点まで考える余裕がなかった』
二人とも意気消沈していた。
そういう方面で俺を助ける、と普段からやる気を見せているのに失態を犯してしまったのだから仕方ない。
『まあ、盲点についてもそうなんだけど……君は、報酬についても考えていたのかな?』
「……いや、今さらになって気付かされた」
あれだけ言葉では対等を謳っていたリオだ。
約束された報酬についても対等にならなければいけない。
『明言こそしなかったけど、向こうは自分たちが勝ったら何かを要求するつもりでいるよ。一体、何を要求されるのかな?』
それが一番怖い。
迷宮主であるにも関わらず、リスクを背負ってまで相手に勝負を挑み、勝利した事から何かを要求する。
もちろん報酬の条件からして『俺の迷宮で用意できる物』が要求されるのだろうが、逆に言えばリオでは用意できないが、俺なら用意できる物を要求される可能性が高い。
何を要求されてしまうのか?
『今は「神樹の実」のおかげで魔力は問題ないけど、破滅に近いような物を要求されると困る。だから、破滅を回避する為に最も簡単な方法は……』
「勝つしかない……!」
『そういうこと。これも勉強だと思って頑張るんだね』
それっきり迷宮核との通信が途絶する。
ルールの盲点に気付けなかった俺たちに反省させるだけでなく、色々と痛い目に遭う事で今後に活かす。
ありがたいが、こんな忙しい状況でしてほしくない。