第16話 スタートの裏で
リオ視点です。
「ただいま~」
間延びした声で戻って来た事を告げるのはソニア。
黒髪のショートヘアーで明るくコロコロと笑う姿から帝都の街中でも人気のある少女だ。
最初に出会った時は幼い少女だったのだが、数年も一緒にいる内に立派な女性になっていた。付き合いの長さで言えばカトレアの次に長く、パーティに欠かせないムードメーカーになっていた。
「おかえり」
帰って来たソニアを迎える。
自分の女を外に働かせに行かせていた以上、帰って来た女を出迎えるのは男の仕事だ。
とは言っても帝都にある慣れ親しんだ自宅でもなければ、これから拠点となる帝城でもない。メティス王国にあるアリスターという辺境の街にある宿屋の一室だ。
「えへへへ、ありがとう」
だらしない笑顔で応えてくれる。
こいつも側室とはいえ、皇帝の妻になるのだからそれらしい顔をして欲しいところだが、こういう人懐っこい姿こそソニアの長所だから無理に矯正するわけにもいかない。
「それで、仕事の方はどうだった?」
「うん。ちゃんとできたよ」
その言葉に部屋にいた俺以外の4人もソニアに向き直る。
部屋にいたメンバーだけではない。帝都にある迷宮へ防衛……ソニアの安全の為に戻したメンバーも迷宮同調で会議に参加している。
「まず、そっちが今日の内にどこまで探索を終えたのか聞かせてくれるかな?」
「そうだな」
地下10階にいるボスを倒して11階からは草原フィールドになっていた事を確認して帰って来た事を伝えた。
この辺は俺たちの迷宮と変わらなかった。
「っていうことは、地下10階までの地図はいらなくなったか」
左手側に出現させた魔法陣から取り出した紙の束10個を右手へと渡して適当に放り投げる。その先には最初に出現させたのと同じような魔法陣があり、紙の束が放り込まれて行く。
道具を収納しておけるスキルである道具箱と同じようなスキルだが、それは左手側に出現した魔法陣の効果だ。
ソニアの持つスキル。
・空想箱
・塵は塵箱へ
イメージボックスは、本人のイメージが持つ限りどんな物でも無限に収納する事ができる亜空間を作り出すスキル。魔力消費もなく使えるので迷宮操作の道具箱以上に使いやすい。
ダストシュートは、収納したあらゆる物を消滅させてしまうスキル。
この二つのスキルを使って収納してある物体を入れ替えているようにしか見えないが、実際には収納してある必要だった物が不要になってしまったので処分しているに過ぎない。
童女のような笑顔でポイポイと物を次から次へと処分して行っている。
「今のは?」
「地下1階から10階までの地図。攻略が終わったなら必要なくなったでしょ」
「それもそうだな」
「で、こっちが地下11階から30階までの地図ね」
テーブルの上に置かれた20枚の紙の束。
これらは全てアリスターの近くにある迷宮の現在の地図。
迷宮は一定期間ごとに構造を変化させてしまうので、その度に今ある地図の価値がなくなってしまう。だが、逆に言えば構造が変化する度に地図を用意する事ができれば地図を用意するだけで安定した収入を得られ続ける事ができる。
今回、競争に際して2週間ほど前に構造変化が迷宮で起こっている事は接触前に冒険者ギルドで確認している。
おかげで構造変化が起こった直後に迷宮へ挑み、作製した地図を売る事で収入を得ている冒険者は、自分が探索できる範囲の地図の作製を終えていた。
このタイミングで競争を持ち掛けたのもこの辺りに理由があった。
テーブルの上に置かれた地図を確認する。
「内容を見る限り、それなりに優秀な奴が用意した物みたいだな」
「それはそうよ。こっちはきちんと情報収集をして優秀な冒険者を見つけてから商談をしたんだから」
「いや、助かった」
粗悪な地図だと入口と出口しか描いていなくて方角しか分からない物もある。
地図を作製した冒険者からギルドが買い取った地図なら粗悪品を買うような事はないが、ギルドで販売している地図よりも更に詳しい地図――罠の有無などに関してまで描かれた地図を求めていたのでソニアに行ってもらった。
「でも、リオも人が悪いよね。向こうには事前の情報収集はしないとか言っていたのにしっかりと地図を買って情報収集しているじゃない」
「勘違いするな。俺はルール違反したつもりはない」
「そうですよ」
パーティの頭脳であるマリーがソニアを諭す。
「事前に提案したルールで『事前に攻略情報は収集しない』と約束しましたが、既に競争が始まる前ではありません。ソニアさんにも私たちがスタートしてから情報収集に出てもらいました。これで競争が始まる前ではありません。あくまでも競走中の出来事です」
「ええ~、屁理屈じゃない?」
「そんな事はありません。ルールの盲点に気付かない方がいけないのです」
これぐらいの騙した、騙されたは冒険者の間ではよくある事だ。
やり手の貴族なんかから依頼を受けた場合には契約書を交わしたにも関わらず文面に盲点を用意しておいて少ない報酬で済ませてしまう場合なども珍しくない。
その場合、気付かなかった冒険者の方が悪い。
俺も皇帝になるべくそういった教育は少なからず受けている。
だが、こういった事に俺よりも詳しいのは詐欺師として活躍していたマリーの方だ。
「お前はこんな方法をよく思い付くよな」
「こちらも目的があります。正々堂々などと言っていて負けてしまっては目的を達成する事ができません。それにリオさんも反対されなかったですよね」
「ああ。有用である事には変わりないからな」
『はい。監視していますが、向こうは完全にリオ様が地図を購入しているなどと全く思っていません』
マルスを監視させているカトレアから報告が届く。
あいつらにルールを信用させる為の策もマリーが考えた。
カトレアを含めた3人がマルスたちと常に行動することで攻略に向かったマルスたちは自分たちの迷宮の攻略に6人、防衛に3人で動いていると判断していた。そして、防衛に残っていると思われるマルスの仲間に対して常に5人の姿を晒し続ける事で防衛側には攻略に5人、防衛に4人が向かったと思わせた。
こんな認識の違いは後でしっかりと報告を行えばバレる事である。
だが、マルスの傍にカトレアたち3人がいた状態で詳しい報告が行われるはずがない。攻略中も詳しい人数まで報告が行かない。
だからバレるとしたらその日の夜。
たった1日だけの嘘。
しかし、その1日という時間を得たおかげで1人を自由に動かす事ができた。
そのアドバンテージは大きい。
こうして地図は得られたわけだし、地図が作製されない31階以降の迷宮がどんな構造になっているのかもギルドや冒険者から話を聞いてしっかりと聞いている。
「今も探索されているのは地下45階までみたい。そこから先については、最後に確認されたのは何百年も前に挑んだ凄腕の冒険者だけ。さすがに現在も同じようになっているのかは分からないけど、基本的なフィールドは変わらないはずだから地下50階までは攻略情報がある程度は集まっているよ」
「後で教えて下さい。明日の朝までに攻略ルートの割り出しなど行います」
「うん、お願い」
情報収集と攻略ルート。
この二つに関しては、ソニアとマリーに任せておけば問題ない。
「それで、攻略情報を聞けばお前の未来予知はどこまで精度が上がる」
マリーのスキル未来観測。
情報を得る事によって未来を観測する事ができる。その未来は、正確な情報を集めれば集めるほど精度を上げて行くので、俺たちが勝利できるか予測するうえで迷宮の情報収集は欠かせなかった。
「私たちの地下50階までの到達速度は予知する事ができます。ですが、向こうの情報があまりに少なすぎます。戦争の時でさえ、全力を出していない可能性があります。向こうの全力を正確に把握できていなければ、向こうの到達時間は予測する事ができません」
「いや、気にしなくていい」
こっちの到達時間を予測してくれるだけでもありがたい。
その後は、主人である俺の責任だ。