第14話 新人冒険者の足止め
スタスタと進めば簡単に地下5階まで進める。
こっちには探索能力に優れ、勘のいいシルビアもいるおかげで迷う事無く探索が進む。
このまま行けば夕方になる前に地下10階までの探索を終えられる。
問題が起こったのは、地下5階に到達した時だ。
「……ん?」
階段を下りた直後、目の前で揉めている4人の冒険者がいた。
俺たちよりも少し年下――たぶん12、3歳ぐらいの少年たち。
「どうするんだよ」
「結局、入口に戻って来たじゃないか」
「だから僕はさっきの曲がり角を左に行った方がいいって言ったんだ」
「そ、そんな事言っていないだろ!」
揉めているというよりは一人の少年が三人の少年に詰め寄られていた。
詰め寄られていた少年が助けを求めるようにあちこちへ視線を彷徨わせていると俺と合ってしまった。
何やら面倒事の気配がするが、先輩冒険者として無視するわけにはいかない。
詰め寄られている少年と視線が合ってしまったことで他の少年たちにも俺の存在がしっかりと認識されてしまった。これで、仮に大怪我を負うようなトラブルが発生して直前に俺たちと遭遇した事が冒険者ギルドに知られてしまうと『困っている新人冒険者を見捨てた先輩冒険者』という立ち位置になってしまう。
帝都の冒険者ギルドでそんな噂を立てられたところで、拠点にしているわけではないからすぐに困るような事にはならないが、冒険者の繋がりというのは甘く見る事ができない。時に危険な場所に赴く事もあるので、情報のやり取りはある程度行われている。
確実にアリスターまでは伝わる。
その時、俺の評価がどんな事になっているのか考えるだけで怖くなる。
「あ、あの……!」
詰め寄られていた少年が助けを求めるように近付いて来る。
この年齢ぐらいなら年齢が近くても迷宮みたいな危険な場所で落ち着いている相手なら頼りになる大人に見えるはずだ。
だが、何かがあって4人とも落ち着いていない。
こういう時は、年上の俺が事情を聞いても怯えさせるだけだ。
「とりあえず何があったのか教えてくれますか?」
メリッサが訊ねるとコクコクと首を縦に振る4人。
美人なお姉さんからの質問。
少年の意識を落ち着かせるには十分な相手だった。
「俺たち、迷宮に来て3日目なんですけど、ここまでは上のギルドで買った地図を頼りに進んで問題なかったんですけど……この階も地図通りに進んでいたら階段があるべき場所には何もなかったんです」
「本当?」
「本当です! 見て下さい」
少年の持つ地図を確認する為にメリッサがわざと屈む。
自然と形の変わる胸に少年たちの視線が吸い寄せられている。
そんな少年たちの様子にメリッサは気付かないフリをしている。
「この地図が確かなら入口から左手の壁に沿って進むだけで階段のある部屋に辿り着けそうですね」
「そうなんです。でも階段の部屋がある場所には壁が続いているだけで……」
「何もなかったんです。この地図だって結構高かったのに」
地図もタダでは貰えない。
きちんとお金を払って購入する事で手に入れることができる。
もちろんギルドで販売している地図は信頼がおけるものなので間違っているという事は考えられない。
彼らの地図の見方が間違っていた可能性もある。
だが、今の状況では一つの可能性がある。
「私たちも一緒に行ってあげますから、もう一度地図に従って進んでみることにしましょう。もしかしたら見落としがあるかもしれないのでゆっくり進みますよ」
『はい』
美人のお姉さんの言葉に素直に返事をする少年。
説明している間に念話で先行して調べるようお願いされたので右側から先回りする。
『あれ、わたしは!?』
『大丈夫だ。お前も十分に美人だから』
だが、少年たちにとって目を引いてしまう物がメリッサの方が大きかった。
いや、シルビアも十分に大きいので落ち込まないでほしい。
『次の角を左へ曲がって、そのまま300メートルほど直進して下さい』
迷宮同調で死角も共有しているので地図を見ながらゆっくり歩いているメリッサに先導されながら階段のある部屋がある場所の前へと先回りする。
そこには壁があるだけで何もないように見える。
「たしかに部屋なんてないな」
しかし、そう見えるだけだ。
試しに地図では何もない事になっている場所を叩いてみる。
「向こう側は空洞になっているみたいだな」
目の前にある壁は入り口を塞ぐ為に急遽用意された物だ。
元からあった物ではない。
「あいつらやりすぎだろ……」
誰が、どうやって用意したのかなど明白だ。
というよりも他に可能な人物がいない。
『犯人は、カトレアさんですか?』
「間違いなく俺たちを足止めする為だ」
出口を塞ぐ。
これ以上に有効な足止めの手段なんて存在しない。
迷宮の壁は基本的に非破壊属性が付加されているので、この壁の向こうに階段があると分かっていても諦めるしかない。
……普通なら。
「迷宮魔法:迷宮破壊、沈黙の風」
イリスの持つスキルを再現して壊せないはずの壁を殴って砕く。
ついでに破壊した時の音が聞こえないように風の防音壁が張り巡らせる。
少し砕くだけで向こう側が見えるようになり、壁の向こう側がある事を確認すると入口があるように見える程度に穴を大きくして行く。
「こんなものでいいだろ」
『はい。後はこちらで話を合わせておきます』
サイレントウィンドを解除して少しすると近付いて来る足音が聞こえるので姿を見られないように遠回りしながら少年たちの後ろへと回り込む。
少年たちの後ろを歩いていたシルビアが俺に気付いた。
「お疲れ様です」
「本当だよ。俺たちだけに被害が及ぶならいいんだけど、今回は他にも被害に遭う新人がいるからな」
なるべく穏便な形で済ませたかった。
「メリッサさん、ありました」
「よかったですね」
『ありがとうございます』
少年たちが駆け足で階段へと駆けて行く。
あまりに軽率な行動。
駆け出した少年たちに一足で近付くと襟を掴んで動きを止める。
「何をするんですか!?」
「それは、こっちのセリフだ」
「え……?」
「さっきまでなかったはずの出口。不審には思わないのか」
「罠の有無など、ですか?」
一人が気付くと残りの3人も階段から離れる。
実際には罠なんてない事はシルビアから借りた【探知】で確認しているから問題ないんだけど、新人を諭すのも先輩の役割だ。
「そうだ。冒険者ギルドが売っている地図は信頼できる。それが理由は分からないけど、一時的にでも間違っていた可能性がある。何らかの罠が作動して出口を隠してしまったと考えるべきだ」
事実は全く違うのだが、ギルドに対して少年たちが下手に訴えても逆に難癖を付けて脅されるだけだ。
それなら罠が作動して出口が隠れたと説明した方がいい。
ギルドも把握していない罠。
落としどころとしては、そんなところだろう。
「なるほど」
「それから地図を持っていた君がこのパーティのリーダーかな?」
「はい。そうです」
「リーダーなら仲間の体調にも気を遣った方がいい」
「え?」
一人だけ本当に疲れた顔をした少年がいた。
リーダーもそうだが、他の二人も気付いていなかった。
だが、リーダーなら常に仲間の様子には気を遣わなければならない。
「おそらく長時間歩いた事で精神的にも疲れたせいで魔力を大きく消費してしまったんだろう。命に別条があるような状態ではないけど、今日のところは帰って休ませた方がいい」
「そうなのか?」
「……ごめん」
訊ねられた少年は弱々しく答える。
「俺の方こそ気付いてやれなくてごめん」
「だって、今日は地下5階を延々と歩き続けているだけで報酬は途中で見つけた宝箱の中に入っていた銀貨3枚だけなんだ……だから、少しでも多く稼がない、と」
決意は立派だが、既に探索ができるような体調ではない。
少年の前に屈むとデコピンをする。
「いたっ」
「あのな。稼ぎがないのは冒険者として恥ずかしいが、体が資本なのに冒険者が体を壊すほど無理をしたら本末転倒――そんな奴は冒険者失格だ。だから、少しでも無茶だと思ったならリーダーに相談した方がいい」
おそらく4人の中で一番魔力量が少ないのだろう。
だから迷宮で探索を続けていれば一番先に力尽きるのは決まっている。
それを恥ずかしいからという理由で躊躇していれば大惨事に繋がりかねない。
「ありがとうございます。俺……」
「これぐらいのアドバイスは気にする必要はない。ただし、俺みたいな優しい先輩ばかりじゃないから気を付けた方がいい。中には優しさを見せた状態で後ろから襲うような冒険者もいるからな」
「そんな人がいるんですか!?」
「いるぞ。俺も新人だった頃にやられた事がある」
あの時は本当に最期を覚悟した。
同時に家族の事を思えば諦める訳にはいかなかった。
「よく無事でしたね」
「ああ、その後で力を付けて全員泣いて謝るまでボコボコにしてやった」
その惨状を想像しているのか頬を引き攣らせている。
実際には迷宮の糧としたのだが、そこまで詳しく教える必要はない。
「ま、少しでも金を稼ぎたいのかもしれないけど、ゆっくりと実力を付けながら稼いだ方が絶対にいい。今日のところは、階段を下りた先にある転移結晶で地上まで帰る事を勧めるよ」
『ありがとうございました』
慌ただしく少年たちが階段を下りて行く。
階段前の罠の有無については、シルビアがそれらしく確認して許可を出している。
「少し時間を使ってしまいましたが、よろしかったのですか?」
「仕方ないだろ。彼らが出口を見つけられなくて迷っていたのは完全に俺たちの競争のとばっちりを受けたからだ。少しぐらいは手助けしてあげたいし、迷宮で困っている新人がいたら助けてあげる事にしているんだ」
自分は初めての迷宮で困らされたから、せめて自分が遭遇する新人には優しくしてあげたかった。
洞窟フィールドでは昔を懐かしみながら進んで行きます。