第7話 迷宮踏争
ルール説明回です。
「きちんとルールを定めたうえでのお互いの迷宮への攻略だ」
ルール①お互い同時に迷宮へ挑む。
ルール②事前に迷宮の攻略情報収集はしない。
ルール③地下50階に安置された迷宮核(偽)を破壊した方の勝利。
「これだけでいいのか?」
「問題ない。俺は純粋に自分のデザインした迷宮がどれだけ強者を相手に通用するのか知りたい。そして、俺の力が強者の作った迷宮相手にどれだけ通用するのか確認したいだけだ。これは、皇帝になる俺の最後の我が儘だ」
皇帝になれば冒険者だった頃とは違って政務に追われて忙しくなる。
当然、自由などない。
今が最後の自由にできる時間だった。
「ルールについては分かった。こっちでも相談する」
念話で仲間と会話する。
これなら席から移動することなく秘密の会話が可能となる。
『どう思う?』
『ルール①と②についてはお互いの条件を対等にする為の措置でしょう』
こういう相談をするならメリッサだ。
『彼は異様にルールに拘っているところがあります。おそらく本当に対等な競争がしたいからだと思います』
冒険者として最後に面白い事をしたい。
その想いに集約されているのだろう。
『気になるのはルール③です。用意できるのですか?』
わざわざ向こうから迷宮核(偽)を用意すると提示してきたのだから、向こうは既に用意できることを確認している。
こっちでも用意できるのか確認する必要があった。
『用意できるよ。「迷宮操作:罠創造」の一つに「迷宮核(偽)」がある。これは最下層まで到達しそうな侵入者を騙す為の罠でね。極上の魔石と同等の魔力を秘めた迷宮核と全く同じ形をした偽物なんだ』
ただの偽物だが価値がある。
それ故に迷宮核に触れれば迷宮の支配権を得られることを知らない侵入者を騙すことはできる。
『用意できることは分かりました』
『問題は、向こうの提案を受けるか否かということだ』
『デメリットはないと思われます』
迷宮主にとっての致命的なデメリット。
それは、最下層に安置されている迷宮核に触れられてしまう事だ。
迷宮の支配権は、最後に最下層に安置された迷宮核へ触れた者に移譲される。ただし、これには迷宮主と迷宮眷属は除外される。他の迷宮に関わる者は、別の迷宮を支配することができないようになっていた。
このルールのせいで他の迷宮への興味は薄れていた。
しかし、今回はこのルールがあるおかげで最大のデメリットを気にする必要がなくなっていた。
『相手が迷宮主の場合には最下層まで到達される危険性はあります。ですが、迷宮の支配権が奪われるようなことにはなり得ません』
デメリットはない。
『逆にメリットもないんだよな』
『そう? 相手も皇帝になろうとしている男ならメリットぐらい用意しているはずだけど』
イリスの言うことももっともだ。
「何か私たちにメリットを用意しているの?」
どう確認しようか考えているとイリスがあっさりと訊ねてしまった。
「もちろんだ。迷宮内にある財宝は好きに手に入れてくれていい」
迷宮には侵入した冒険者に探索させる為に強力な装備や魔法道具、直接的な物で金貨といった様々な財宝の詰まった宝箱が設置されている。
「いいのか? 俺たちなら乱獲するかもしれないぞ」
財宝もタダではない。
迷宮の魔力を消費することによって生み出されている。
「問題ない。財宝を求めて探索を優先させれば、お前たちがゴールまで辿り着く時間を延ばせるだろ」
「なるほど」
財宝を求めて探索を優先させればゴールまで辿り着く時間が犠牲になる。
俺たちの足止めする為に財宝を餌にしていた。
「それに俺たちよりも先にゴールに辿り着いたなら俺たちが用意できる物の中で望んだ財宝を与えることを約束しよう」
先にゴールまで辿り着けば自由に選ぶことができる。
途中にある財宝を優先させるべきか、先にゴールすることで得られる財宝を優先させるべきか。
既に駆け引きは始まっていた。
「もちろん途中にある財宝なんて普通に迷宮へ挑むだけで手に入るようなものだ。だけど、俺がやりたいのは対等な条件下での競争だ。だから、俺の提案を引き受けてくれるなら、ある宣言をすることを約束しよう」
「宣言?」
「皇帝宣言だ」
皇帝宣言――帝国においては最も強い発言。
その内容がどれだけ気に入らないものでも従わなければならない。反対した場合には極刑すらあり得る宣言だ。
それだけ皇帝の権力は強い。
「内容は、『春の戦争で活躍した冒険者マルスには関わらないこと』だ」
「皇帝としてそんな宣言をしてもいいのか?」
情報によれば既に諜報員がアリスターに来ていてもおかしくない。
後でサンドラットを召喚して街を監視させるつもりだったが、他国の諜報員というのは対応が面倒だ。ただ見つけて始末していっても諦めが悪ければ次から次へと来る可能性がある。
それだけのことを俺たちはしてしまった。
その点、皇帝宣言をしてもらえるのはありがたい。
なにせアリスターに来ていた事実を明るみにするだけ背後関係も含めて全て極刑にしてくれる。
「問題ない。誰も俺には逆らえないんだからな」
「政治としてどうなんだ?」
「たった4人で戦争の行方を左右するような戦力。そんな者には関わらない方が賢明だ。そんな意図すら読めないような奴ならいらないな」
暗に化け物だと言われているような気がして気に入らなかったが、スルーすることにする。
「それから皇帝として王国に対して不可侵を約束しよう」
「それはありがたい。戦争をされても倒すことができるだけの戦力があるつもりだけど、そんなことを繰り返していると今度は俺たちの方が恐怖の対象と見做される。そんな人生は御免だ」
今後、戦争が起こっても自分から向かうような真似はしないつもりだった。
さすがにアリスターまで攻められれば応戦しなければならなかったので、戦争をしないという提案は素直に嬉しい。
戦争によって相手の物資を奪ったり、倒した相手の魔力をそのまま得ることができたりするが、それ以上に今の平穏な生活の方が大切だ。
「ただ、帝都まで移動するのに俺たちでも数日の時間が必要になる。そっちの方はどうするつもりなんだ?」
「それも問題ない。俺の眷属がお前たちを連れて迷宮まで転移する」
それなら移動時間も短縮することができる。
ちょっと他者の迷宮にも興味があったところだったからちょうどいい。
「こっちの誠意を見せる為だ。お前が欲しい魔法道具を渡そう」
そう言って小さな木箱を取り出した。
中にはペンダントが入っていた。
「効果については自分たちで確認してみろ」
おそらく迷宮操作:宝箱で用意した魔法道具だと思われる。
迷宮産の魔法道具なら迷宮魔法:鑑定も使えるので早速、鑑定を使って詳細な情報を得る。
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名前:色魔のペンダント
レア度:A
効果:精力増大
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「は?」
報酬として出されたペンダントを鑑定した瞬間、そんな言葉が俺の口から漏れていた。
だから喰い付いたのは女性陣の方だ。
『ぜひ受けさせていただきます』
4人が声を揃えてリオの提案を受けることを承諾してしまった。
まさかの魔法道具に釣られての承諾。
これが何らかの罠かもしれない可能性だってあったのに、周囲を警戒していたシルビアやアイラまで引き受けている。
「お前ら……」
承諾した4人を見るとサッと視線を逸らされる。
その間に報酬のペンダントをシルビアがしっかりと回収している。
「いや、いいけどな……」
ペンダントがなくても皇帝宣言があったので引き受けるつもりでいた。
「俺からもお前の提案を受ける」
「そうか。お互いに女が多いと苦労する事も知っている。そいつは、友好の証だとでも思って受け取ってくれ」
「ありがたいんで素直に受け取っておく」
最近、ますます搾り取られるようになってしまったので純粋にありがたい魔法道具だ。
どうやら女性の仲間を多く持つ者としても同じ境遇だったらしい。