第5話 皇帝の条件(裏)
「グレンヴァルガ帝国の建国から話をする事にしましょう。元々は、帝都のある土地に流れ着いた少数部族が興した小さな国でしたが、数十年後には鍛え上げた兵士と共に驚異的な力を利用して周囲の小国を併合し、瞬く間に大国と言われるまでに成長した国です」
その建国が今から600年前の話。
そこまでは一般にも知られている内容だ。
流れ着いた少数部族が強力な戦闘能力を持っていたおかげで周囲の小国との戦争にも勝てるだけの力があった。
だが、ある歴史学者が言うには、『それだけの力がある部族にも関わらず土地を流れていたのはなぜなのか?』という疑問があった。
この疑問に対しては様々な諸説があり、元々住んでいた土地が環境の変化によって住んでいられなくことにより移り住んで来た、もっと強い部族がいた為に追い出されてしまった、などと元々住んでいた土地で問題があったから追い出されたという説が有力だった。
だから、誰も元々は弱小部族で流れ着いた土地にあった力でのし上がったとは考えない。
「流れ着いた部族が手に入れた力。それが迷宮主の力でした」
彼らは誰も住んでいない土地に迷宮がある事を発見した。
それが入手先不明の力の正体。
「なるほど。迷宮があればレベルなんていくらでも上げられる」
魔物を召喚してレベルを上げたい人物に討伐させる。
迷宮主の命令一つで無抵抗のまま攻撃されるようにする事も可能なのでレベル上げは非常に簡単に済む。召喚に必要な魔力も必要と分かっていれば誰もが協力してくれる。
他にも魔力さえあれば強力な武具も好きなだけ呼び出す事ができる。
彼らは、流れ着いた土地で追い出される事のない力を手に入れた。
「その部族で最初に迷宮主になったのは、族長を務めていた男の息子でした」
やがて迷宮の力を手にして国を興し、皇帝を名乗るようになった。
「大きな力を手に入れて野心に燃えた周囲の国を併合して行きましたが、貴方方も知っているように迷宮主でも寿命には勝てません」
それは、迷宮主になった男も受け入れていた。
だからこそ自分の死後に一つだけルールを遺した。
「自分の死後、迷宮主になった者が現れたなら即座に皇帝の座を譲らなければならない」
そんなルールだけを遺して初代皇帝は逝去した。
初代皇帝の死後、多くの冒険者が迷宮へと挑んだが、その頃には既に地下50階まで造られており、誰も辿り着く事ができなかった。
「よくそんなルールを遺す事ができたな」
絶対的な権力者だった皇帝とはいえ、そんな条件さえ満たせば誰でも皇帝になれるようなルールを遺すのは難しい。
「元々住んでいた土地を迫害された経験を持つ初代皇帝は、自分の子孫に自分の部族以外の血が入る事を酷く嫌っていました。ですが、政治を行ううえで自分たちの血ばかりが濃くなっていくのは好ましくありませんでした。そのルールを遺す為にかなりの無茶をしたらしいです」
国ほどの規模になると婚姻による結束は重要になってくる。
どうしても他の血を取り込まなければならない。
「そこで、初代皇帝は二つの仕掛けを施しました。一つは、並大抵の実力では敵う事のできない魔物を最下層の手前に配置して全ての侵入者を退ける事。そして、二つ目がその魔物を倒す為の力を自分の血を色濃く継いだ者なら倒せるように強化する事です」
迷宮へ挑んだ者の中には最下層前の魔物まで辿り着いた者がいたかもしれないが、全員倒されてしまっている。
そのため、初代皇帝の長男が皇帝を引き継ぎ、孫が、曾孫が引き継いで行った。
その頃になると迷宮主が皇帝になれるというルールは誰からも忘れられていた。
だが、曾孫が皇帝の時に転機は訪れた。
初めて初代皇帝逝去後で迷宮の最下層まで到達した者が現れた。
「その者は、当時の皇帝の甥にあたる人物だったらしく皇族の一人でした。初代皇帝の定められたルールに従い、皇帝の息子に譲られるはずだった皇帝の地位は甥に譲られる事になりました。ですが、それに納得できないのが皇帝になるはずだった人物です」
自分が継ぐはずだった地位が突然手に入らなくなった。
当然、そんな結果に納得なんてできるはずがない。
そこで起こした行動が自分に賛同してくれる者に声を掛けて反乱を起こす、というものだった。
どこか今回の戦争に似ている。
「ですが、結果は凄惨たる物でした。反乱を起こした人物は協力してくれた者たちと一緒にどこからともなく現れた魔物に蹂躙され、反乱が本当に起こされる事もなく事態は鎮圧されました」
その理由も分かる。
迷宮主が皇帝になれるというルールが忘れられたように迷宮主の力を忘れられ、反乱を起こそうとした人物は迷宮主の力を侮っていた。
迷宮主なら訓練する時間さえあればレベル上げに必要な魔物を呼び出して自分の部下だけを強くすることだってできる。その時の場合なら、おそらく召喚で近場に魔物を呼び出して襲わせたという事だろう。
ただの人間が迷宮主に勝てるはずがない。
「その後も3度迷宮主になった皇族が現れ、当時の皇帝は即座に皇位を譲り渡していました」
「そう言えば……200年ほど前にも即位してから数年という短い期間で皇位を譲り渡していた皇帝がいましたね」
話を聞いていたメリッサが以前の皇帝について思い出していた。
その皇帝は、まだ30代という若さでありながら病気をしたわけでもないにも関わらず皇帝の座を自分の息子ではなく、皇族の一人でしかなかった人物に譲り渡していた。
「先代の迷宮主ですね。その人物も皇帝即位のルールについて知らなかったそうですが、最下層まで辿り着いてしまったが為に迷宮主となり、皇帝となる事ができた人物です」
迷宮主になるまでにどれだけの苦労があったのか俺には分からない。
しかし、管理者として地下50階までの到達は生半可な覚悟ではできないと分かっている。
「よく、迷宮主になれたな」
迷宮主になる為には迷宮の最下層にある迷宮核に触れる必要がある。
俺みたいなズルをしていなければ、伝説と言われた冒険者でなければ難しい。
「俺は皇帝だった男の息子とはいえ、貴族位なんて持っていないに等しい。だから冒険者として生計を立てていたんだ」
幸いと言うべきか戦争を繰り返していた皇族の血を引いているおかげで戦闘能力には困らなかった。
「色々とあって9人もの大所帯のパーティになったせいで維持に金がかかる。だから金がない時は、皇都にある迷宮で金を稼いでいたんだ。だけど、迷宮を深く潜れば潜るほど俺の力が増している事にある日俺は気付いたんだ」
迷宮に潜っている間のみステータスに有効となる『帝国迷宮の加護』。
迷宮の外に出てしまえば無効化されてしまうスキルだったので効果に気付くのに時間がかかってしまった。
「この加護を持っている人間は、迷宮を奥へ進めば進むほどステータスが徐々に上昇するようになっている」
10階層深く潜る毎にステータスが1000上昇するようになっていた。
迷宮に挑む普通の冒険者から見れば破格のスキルだ。
だが、そんなスキルがあったなら自力で迷宮の最下層まで到達できたのは納得できる。
今とほとんど変わらないステータスがあれば迷宮の魔物など圧倒できる。
「俺は、迷宮の最下層に何があるかなんて知らなかったし、迷宮主になれば皇帝になれるなんてルールは知らなかった。俺一人ならもっと簡単に最下層まで辿り着けたんだろうけど、どうせなら今は眷属になってくれたこいつらと一緒にパーティとして迷宮をクリアしたかった」
眷属でなかったという事は、迷宮主にしてみれば足手纏い以外の何者でもない。
リオが守りながら進む必要があった。
それでも最下層まで辿り着き迷宮主になる事ができた。
「これが皇位継承権の低かった俺が皇太子になれた理由だ」
一般には知られていない迷宮攻略者が皇帝になれる。
そのルールがリオを成り上がらせていた。