第33話 海中遊泳
海中遊泳。
この時代では、潜水艦を所有している者などほとんどおらず、普通は動かすだけでも膨大な費用が必要となる。そのため遊興目的で使用される事など滅多にない。
そんな貴重な潜水艦に乗り込んでいるメンバーは13人。
いつものパーティメンバー5人、妹たち3人、母親たち3人、それにメリッサの父親であるガエリオさん、それから休みが偶然にも重なった兄と彼女のアリアンナさん。
定員オーバー状態なので少々手狭なのだが、そんな事が気にならないぐらいに感動していた。
「どうですか、海中の様子は?」
「本当にこれが海中なのかい?」
「そうですよ」
初めて見る海中にガエリオさんは信じられない様子だった。
とはいえ、見ているのはモニターに映し出されている映像。
『どうにか本物の映像を見せる事はできないか?』
『……全員が水圧に耐えられる事ができるなら方法はない事はないけど』
迷宮核から知らされた答えは受け入れられない。
か弱い女性陣もいる状況で、その提案は受け入れられない。
『わたしたちもか弱い女性なんですが』
『……それよりも魔物もいるんだから気を付けろ』
俺の考えを読んで来たシルビアからすかさず話題を逸らす。
海には獰猛な魚もいるが、それ以上に危険な生物として魔物もいる。
「お兄様、魔物が迫って来ます」
「お、来たか……げっ!」
潜水艦に近付いて来たのは鮫型の魔物。
体長が4メートルにも及び、途中にいた魚を丸呑みにしていた。
「怖い……」
「大丈夫だ」
魚が捕食される光景に怯えたアリアンナさんを兄が落ち着かせていた。
あっちはあっちで幸せそうな生活を送っているな。
『デビルシャーク。けっこうな大物が出て来たね』
迷宮核が落ち着いた様子で魔物の名前を教えてくれる。
鮫の魔物が近付いて来る。そろそろ撃退した方がいいな。
3メートルまで近付いたところで鮫の魔物が上下に両断される。
「……今のは?」
「安心して下さい兄さん。この潜水艦にはしっかりと防衛能力が備わっています」
魔法で先端に鋭い鋸が付いたアームを動かして魔物すらも両断する。
ついでに魔石も回収する。海中にいる魔物が相手で潜水艦の中にいる状態であったとしても潜水艦の左右に取り付けられたアームを操作すれば海中を漂う魔石を掴み、潜水艦の船底部分に収納する事もできる。
「だから安心して海中の様子を眺めていてください」
「そうか」
今のはちょっと失敗だった。
海中が危険な場所である事を認識してもらう為に魔物が襲ってくる光景を敢えて見せて、潜水艦が撃退できる事を知らしめて安心してもらうつもりだったのだが、逆に怯えさせてしまった。
『まあ、この潜水艦は隠密能力よりも戦闘能力を重視した潜水艦だからね』
だから魔物にも気付かれる。
潜水艦の中には潜行と同時に船体に迷彩効果を施し、魔物の探知能力を妨害する機能を持った物もあるらしい。
というよりも潜水艦に求められているのは戦闘能力よりも隠密能力だ。
この潜水艦の方が異様なのだ。
『ま、お金になるんだからちょうどいいんじゃない?』
安全を確保する事もそうだが、海中にしかいない魔物の魔石は高値で売れる。
海中にいる魔物を討伐する為には船の上から釣り上げるのが一般的だ。釣り上げる必要があるせいで効率が悪い。優秀な冒険者ほどもっと効率的に狩れる魔物を狙って討伐を行う。
そのため需要はあっても供給が乏しい。
だから高値で取引される。
『それにしても大漁だね』
迷宮核が言うようにさっきから潜水艦に向かって海底付近から襲ってくる魔物が後を絶たない。
『おそらく巨大海魔が討伐された影響でしょう』
『どういう事だメリッサ』
『あの巨体でしたから人間だけでなく魔物にも恐れられていたのでしょう。巨大海魔が暴れている間は、どの魔物も海底付近で隠れるようにひっそりと潜んでいた可能性が高いです。その恐怖の対象がいなくなった今、失ってしまった魔力を得ようと活発に動き回っているのだと思われます』
『なるほど』
ある意味、巨大海魔討伐の弊害だ。
だからと言って俺たちが何かをする事はしない。
潜水艦であっさりと倒してしまっているが、サボナにいる冒険者なら負傷してしまう可能性はあるが、討伐そのものは難しくない。
彼らが稼ぐ為にも俺たちが乱獲するわけにもいかない。
『ま、海中の魔物についてはこれぐらいでいいかな』
『ん……? 何かあるのか?』
『せっかくだから面白い所に案内してあげるよ』
『面白い所?』
『着いてからの楽しみかな』
どんな場所なのかは教えてくれなかった。
具体的な場所も探索を担当しているシルビアにしか教えない。
「ご主人様……」
「どうした?」
「いえ……行き先がどこなのかは分かるのですが、家族を連れて行っていいのかどうか」
そんなに危険な場所なのか。
いや、さすがに水中での戦闘となれば俺たちは無事でも家族の安全まで保障できているわけではない。
だが、危険だと分かっている場所に迷宮核がわざわざ案内するはずがない。
「アイラ向かえ」
「いいの?」
「いざとなったら潜水艦を捨てて逃げればいい」
最悪の場合には全員を連れて屋敷まで転移すれば生き残れる。
ただ、その場合にはせっかく手に入れた潜水艦を捨てることになるし、サボナからいつの間にかいなくなった事になってしまう。
『そんなに警戒しなくても大丈夫だよ』
「でも、シルビアが……」
『今のあそこには何もないから安心していいよ』
シルビアに案内されるまま潜水艦を進める。
海底の光景はどこも変わらないように見えて案内なしでは自分がどこにいるのか分からない。
「おい、あれ何だ?」
「あれ?」
兄が何かを見つけた。
きっと海中の様子に詳しい俺に何かを求めたのだろうが、生憎と俺も海中の様子には詳しくない。
兄が見ているモニターには海底から漏れ出した光が映し出されていた。
「あそこが目的地です」
シルビアの言葉にアイラがゆっくりと潜水艦を近付けていく。
「……雪?」
近付くにつれ、そう思わせるように光の粒が海底から浮かび上がっていた。
その光は、海面に近付く頃には消えてなくなっているので海上からでは光がある事にすら気付かない。
「これは何だ?」
『迷宮が崩壊する瞬間だよ』
「なに?」
『昨日まではジャイアントクラーケンがいたから迷宮も維持されていたけど、本当に無人の迷宮になった。そのせいで迷宮が崩壊を始めているんだ』
誰も訪れる事がなくなり、迷宮を守る者もいなくなった事で崩壊が始まった。
『迷宮に残されていた僅かな魔力。迷宮そのものがなくなった事で、それが解放されているんだ』
それこそ光の正体。
漏れ出た魔力が迷宮の入口にある小さな隙間を通って海上へと向かって行っている。
まるで気泡のようだが、溢れているのは魔力による光。
崩壊の象徴だが、幻想的な光景だった。
「きれい……」
誰かが呟く。
俺たちも思わず光の光景に目を奪われる。
海上からでは見る事ができない、この日に海中からだけ見る事ができる光景。
『いい思い出にはなったかな?』
『おまえ……』
『感動してくれたなら僕はそれで満足だよ。僕には既に自分の足で、自分の目で見る事はできない。だけど、君たちが少しでも感動してくれたなら迷宮同調を通して僕にも感動が伝わる。君たちの冒険は、僕の冒険になっているんだよ』
だから自分が知っている様々な光景を見せる。
ああ、少しでも俺たちを通して感動してくれたなら満足だ。
「さ、帰ろうか」
光が溢れる迷宮があった場所をゆっくりと旋回してからビーチへと戻る。