第10話 迷宮管理②
フォレストウルフの群れを討伐した夜。
村を脅かしていた相手が討伐されたとあって村の中は賑やかになり、宴会が開かれることになった。
中でも村人が注目したのは俺が両断したウォーウルフの死体だ。
「おい、こいつを坊主がやったのか?」
「まさか、ブレイズたちがやったんだろ」
「そりゃそうだろ」
俺が斬ったという話を聞いても酔っ払った村人たちは一向に信じなかった。
まあ、その方が助かる。
翌日、狩ったフォレストウルフから素材を剥ぎ取り、売れる肉や皮を馬車に積み込めるだけ積み込むと素材で溢れていた。いつもなら現地で売ってお金にするなり、それでも余った分については焼却処分したりしているらしい。
ただ、さすがにそれは勿体ない。
『迷宮魔法:道具箱』
余った30匹ほどの素材を全て俺がもらい受けることになった。
それにウォーウルフについても俺が持って行っていいとのことだ。
「本当にいいんですか?」
「ああ、これが何も働かずに自分にも分け前を寄越せって言うなら俺も怒るところだけど、これだけの数の素材についてはお前が倒した分だろ。遠慮なんかせずに持って行けばいいんだよ」
「分かりました。ありがたく受け取ります」
ウォーウルフの死体を持って道具箱の近くへ移動すると手からパッと一瞬の内に消える。
「随分と便利なスキルを持っているね」
「ええ、非常に便利ですよ」
収納リングに入らない大きさだったため道具箱を使用していた。
迷宮魔法を見せてしまうことになってしまったが、さすがにウォーウルフなどの戦利品をこの場に置いていくのは勿体ない。
ブレイズさんは出現した道具箱を見てスキルだと勘違いしていた。まあ、魔法にこんな物があるなど聞いたことがないため、そんな風に勘違いしてしまうのも仕方ない。
準備を終える頃には夕方になっていたため、その日は村で一泊することになった。
翌日、行きとは違って馬車には素材を積み込んでいる為、馬車には御者としてネイサンさんが乗り込んでいるだけで全員が歩いて移動していた。
そうして、行き以上に3日もの時間を掛けてアリスターの街に戻ってくると真っ先に冒険者ギルドへ向かう。
「すまねぇが、素材の買取を頼めるか?」
「は、はい!」
冒険者ギルドの職員が荷馬車に積み込まれた大量の素材を見て驚いていた。
「今回は、ありがとうございました」
「なんだ、もう帰るのか?」
「はい。数日家を空けてしまったので家族が心配しているはずですので家に帰りたいと思います」
「これから打ち上げでもしようかと思っていたんだがな」
「だったら今度みなさんに何か奢らせて下さい」
その後、それぞれに挨拶をしてから家へと帰る。
家に帰ると妹が飛び付き、涙を流していた。依頼で数日ほど遠出することは伝えていたが、この間のことがあるせいか数日姿を見せなかったせいで随分と心配させてしまったらしい。
俺が倒した魔物の素材については、その内売り払えばいいだろう。
☆ ☆ ☆
翌日、俺は迷宮へと向かって走っていた。
「おや、久しぶりだね」
迷宮の入り口前にある建物に顔を出すとアルミラさんが俺に気付いた。
「お久しぶりです。ちょっと魔物と戦ってレベルアップしたいと思ったので来てみました」
迷宮核に聞いたところ、そういう目的で来る冒険者も多く、階層ごとに強さが分かれているため自分に合った強さの相手と戦えるのが迷宮の利点だった。
ただ、俺にとってはただの言い訳に過ぎない。
「それなりに強くなったようだけど、気を付けるんだよ」
どうやら鑑定を使ったわけでもないのに俺が強くなったことには気づいたらしい。
まあ、ブラウンベアやらウォーウルフのような魔物を倒したおかげで着実にレベルが上がっていた。
アルミラさんに迷宮へ入ることを告げる。
(クソッ、これがなければ転移で一発なのに……)
迷宮へ転移する分にはどこからでも可能だったが、迷宮から転移できるのは迷宮内に限られている為、出る時のアリバイを考えると入った時の記録を残しておく必要があった。
しかし、入ってしまえば何の制約もない。
『迷宮魔法:転移』
行き先は、迷宮の最下層。
『うわぁ~ん、待っていたよ~』
最下層に姿を現した瞬間、そんな泣き縋るような声が聞こえてきた。
『もう、10日も迷宮に来てくれないなんて迷宮主失格だぞ』
どうやら、前回の構造変化の時から一向に姿を見せる気配がなかったせいで寂しくなってしまったらしい。これで、よく何百年も一人で耐えることができたな。
まあ、こいつの泣き言については無視だ。
「それで、魔力はどれくらい貯まった」
俺が一刻も早く聞きたかったのは冒険者を招き入れてどれだけ魔力を貯められたのかということ。
『うん。結構な量が貯まったよ。大体500万くらいかな~』
毎日のように訪れる冒険者から魔力を搾取したことによって構造変化からの10日間だけでこれだけ貯まった。特に構造変化後の初日に宝箱を求めて長時間潜る冒険者が何人もいたおかげで、大量に貯まった。
ステータスカードに表示される量を考えれば異常な数値だ。
だが、これでも足りない。
「迷宮の維持にはどれくらい必要なんだっけ?」
『大体400万~500万かな? 君が迷宮主になってくれたおかげで、もう少し抑えることができるかもしれないけど、400万は覚悟しておいた方がいいかもね』
消費される量が半端ではなかった。
これでよく迷宮主がいない間はやり繰りできていたな、と素直に感心する。いや、本当にギリギリか足りていなかったのだろう。
「これで俺の魔力も使えたならもっと楽だったんだけどな」
『ははっ、残念だけどそこについては諦めるしかないかな』
そう、残念なことに1万オーバーの魔力量を持っていても迷宮は俺から魔力を吸収してくれることはなかった。
その理由はスキル:迷宮適応にあった。
迷宮適応は、迷宮内にいる間、迷宮主をあらゆる環境やステータスから守ってくれるスキルだ。だが、これによって『魔力吸収』というバッドステータスからも守られてしまっていた。
おかげで大量の魔力を迷宮の為に使用することができない。
慣れればスキルをオフにすることもできるらしいが、魔力の吸収だけはオフにすることができないとのことなので意味がない。
「とりあえず現段階で俺が自由に使える魔力は100万くらいあるんだな」
『そうだよ~』
「だったら前にも見せてくれたカタログを見せてくれ」
『は~い』
迷宮核の前に現れた魔法陣から一冊の分厚い本が現れる。
中には、いくつもの魔法道具が色付けされた状態で載っていた。これは、迷宮が魔力を消費することによって生み出すことができる魔法道具を紹介した本だ。
これによって自分の目的にあった魔法道具を選ぶことができる。
俺が父を探す為に必要な魔法道具もきちんとあった。
『天の羅針盤』
探し物の方向を指し示し、探し物までの距離も教えてくれるという代物だ。
これがあれば父を探すことが難しくないことはすぐに理解した。
しかし、致命的な問題が存在した。
――消費魔力5000万。
さすがに距離に関係なく探している物の位置が分かる魔法道具では、レア度がSに跳ね上がっていた。いや、それはいい。問題は同じレア度Sでも魔法道具と武器では10倍近い差があること。
おかげで今の俺では手が出せない。
こうして冒険者を招いて魔力に余裕ができるまで待つぐらいしかできなかった。
以前の迷宮主が残してくれた予備の魔力もある。それを使えば足りるかもしれない。しかし、迷宮の維持に必要な魔力にまで手を出すわけにはいかない。個人の目的を優先させて、迷宮主としての義務を疎かにするわけにはいかない。
だが、それを使えば……
『あっ!』
欲に駆られそうになっていると、迷宮核が何かを思い出したように声を上げる。
『可能性は低いけど、魔法道具を手に入れる方法を思いついたよ』
「本当か!?」
迷宮核には既に俺の事情を話している。
探し物ができる魔法道具を求めていることも知っている。
『うん。地下77階は、部屋が5つあるだけの部屋で通り過ぎることもできるんだけど、その部屋にいる主を倒すと宝箱が出現して中にはレア度Sの魔法道具や武器が入っているらしいよ』
「本当か!?」
俺の操作によって地下55階以降は、上の階で構造変化が起こっても何も変わらないように設定してある。
つまり、地下77階もそのままだということだ。
「その宝箱の中に天の羅針盤もあるのか?」
『そこが問題なんだよね。地下77階は前の迷宮主がちょっとした遊び心で造った階層で、置かれている宝箱からは必ずレア度Sの物が出る。けれど、何が出てくるのかは設定した迷宮主でも分からないっていう代物なんだ』
なんで、そんな階層を造った!?
必ずレア度Sの道具が出てくるらしいが、その為には部屋の主を倒さなくてはならない。地下77階ということを考えれば強さはそれなりにある。俺でも最初からステータスを全開にしなければ危ないかもしれない。
「いいだろう。少しでも可能性があるならそっちに賭ける」
どうせ、地下77階なら俺以外にやって来る人間もいないだろう、と考えて地下77階へと転移する。