第31話 巨大蛸討伐報酬
翌朝、俺とメリッサだけで冒険者ギルドを訪れる。
目的は巨大海魔を討伐した報酬を受け取る為だ。
報酬の受け取りだけなら全員で行く必要もないという事でリーダーの俺とメリッサを連れてやって来ていた。他の3人は、連れて来た家族の護衛と案内だ。
冒険者ギルドに入った瞬間にギルド内にいた人々の視線を集める。
「まだ数日しかいないのに随分と有名になったものだな」
「仕方ありません。私たちがサボナに来なければこの街は遅くない内に滅びる運命にあったのですから」
それだけ巨大海魔は彼らにとってどうしようもない相手だった。
そんな相手を1週間も経たずに討伐してしまった俺たち。
注目されてしまうのも仕方ない。
「待っていた」
ギルドの2階からギルドマスターのジェフリーが下りて来る。
「用件は分かっていますか?」
「報酬の受け取りだな」
「もちろん」
ジェフリーに案内されて3階にあるギルドマスターの執務室へと案内される。
依頼の報酬は1階にあるカウンターでやり取りされるのが普通なのだが、今回のように報酬金額が高額な場合や内密にしたい特別な依頼の場合には上階にある部屋を利用される事がある。
中でもギルドマスターの執務室が使われるのは本当に特別な時だけだ。
「かけてくれ」
執務室の中にあったソファに座る。
これまでギルドマスターの部屋には何度か入った事があるが、その中でもソファの座り心地が最もいい。やはり、貴族なんかと接する機会が多いとこういうところから気を付けなければならないらしい。
「まずは、最も大事な用件から済ませる事にしよう」
既に用意されてあったケースをテーブルの上に置く。
開けられたケースの中には金貨がぎっしりと詰められていた。
「討伐成功報酬の金貨10000枚だ」
「ありがたくいただきます」
ケースの蓋を閉めてスキルで出現させた道具箱の中にしまう。
「数えなくていいのか?」
「問題ありません。冒険者ギルドがこういう事で報酬を渋って少なく渡す――なんて信用を損なうような真似をするはずがありません」
「当然だ」
報酬金額が少なかった。
それだけで冒険者ギルドは信用を一気に失う事になる。
けれども完全に信用したというわけでもない。
『うん。きちんと金貨が10000枚あるから安心していいよ』
迷宮核に数えさせていた。
俺が1枚1枚数えるよりも迷宮核に数えさせた方が早いし正確だ。それに偽物が混じっていた場合でも瞬時に気が付いてくれる。
「やはり、収納系のスキルを持っていたか」
「やはり?」
「君たちがどうやって巨大海魔を討伐するつもりなのか気になっていたので色々と調べさせていた」
もちろん遠方から監視されている事には気付いていた。
だから潜水艦を出す時には幻影を映し出していたし、ボートで沖に出た時は海の上から女を連れて眺めているようにしか見えないようにしていた。
それでも潜水艦での戦闘は隠し通せるものではなかった。
「海上を船で警戒していた冒険者の多くから目撃情報が寄せられている。急に海面へ浮上して来た潜水艦がある。こちらで調べた限り、君たちが潜水艦を所有しているような様子はなかったし、サボナではそんな潜水艦は取り扱っていない」
そこから人目に付かない潜水艦をスキルで取り出した、と判断した。
たしかに間違ってはいないが、正確でもない。
「あなたが言うように俺は収納系のスキルを持っています。それが、何か?」
「いや、冒険者に持っているスキルについて聞くのはギルドマスターでも厳禁だ。君たちほどの実力を持った相手とは敵対したくはない。単純に運搬に便利なスキルを持っているならサボナで専属契約を結んで働いてみないか、と誘ってみたかっただけなんだ」
勧誘か。
いくら船で大量の商品が運搬可能とはいえ、リゾートでは毎日のように様々な物資が消費されて行く。そんな場所なら少しでも運搬の負担を減らせるスキルの存在は重宝されてもおかしくない。
「お断りします」
「報酬の方は可能な範囲で出す。それでも無理か」
「俺たちはアリスターを気に入っています。ここで運搬係として扱き使われるよりはアリスターでのんびりと過ごす事を決めています」
それに金には困っていない。
いくら報酬を積まれたところで心が動く事はない。
「そうか、分かった」
あっさりとジェフリーが引き下がる。
「随分と簡単に諦めるんですね」
「さっきも言ったように君たちと敵対したくない。無理を言って君たちの不興を買いたくなかっただけだ」
特に問題はなさそうだ。
だが、メリッサは完全に納得していなかった。
「先ほど私たちに監視を付けていたと言っていましたが、どこまでの事を知っていますか?」
「そこまで詳しい事は分かっていない。だが、魔法道具の潜水艦や強力な釣り竿をどこから用意したのか……気になる事はたくさんある」
いくら気になっても俺に教えるつもりはない。
というわけで諦めてもらうしかない。
「それより1番肝心な報酬が残っています」
「……討伐報酬は渡したが?」
たしかに最初から約束していた分は貰った。
だが、追加報酬については貰っていない。
「最初に巨大海魔を釣り上げた後で『リゾートの無料招待』をお願いしたでしょう」
「ああ……!」
ジェフリーが思い出していた。
俺としてはこっちの方が重要だったのだが、すっかり忘れていた、もしくは冗談だと捉えて本気にしていなかったらしい。
家族を招待するうえで俺が滞在費用を出すよりも報酬で無料招待券を手に入れる事ができた、という方が妹たちはともかく母たちは気兼ねなく遊んでくれるはずだ。
「そっちも欲しいのか?」
「何か問題が?」
「昨日も巨大海魔の足を使った料理で荒稼ぎをしたみたいじゃないか」
「最終的に金貨30枚の利益を生み出してくれましたよ」
たこ焼き作りを手伝ってくれた料理人たちに報酬の銀貨50枚を支払ってもまだそれだけの余裕があった。
それに在庫もたくさんある。
アリスターに帰ったらみんなに振る舞うのもいいかもしれない。
「申し訳ない。準備をしていなかった。だが、私の名前を出せば無料で遊べるように手配させてもらうので思う存分楽しんで欲しい」
「大丈夫です。今日1日ぐらいしか滞在しませんから」
夜には全員が転移で帰るつもりでいる。
リゾートのように高額な滞在費が必要な場所に何日もいるわけにはいかない。
「ところで、無料招待という事ですが、どこまで有効でしょうか?」
「……遊んだ分の全てを私が負担する、という事にする。だから君たちは気兼ねなく全ての施設で遊んでほしい」
「ありがとうございます」
メリッサがきちんと言質を取る事も忘れずに部屋を出る。
部屋を出る前に見たジェフリーさんの表情は疲れていた。さすがに個人的なお願いで出す事になった報酬までギルドの経費で処理するわけにはいかないので、本当にジェフリーさんのポケットマネーから出す事になるのだろう。
リゾートの料金は本当に高い。
ビーチに入るだけでも1人につき銀貨を10枚も要求された。他にも美味しい料理を食べられるが、値段がとんでもなく高いので10人近い人数分の利用料を簡単に払えるものではない。
関係者以外で無料で入れるのは警備を頼まれた冒険者ぐらいだ。
「よかったのか?」
執務室を出るとメリッサに尋ねる。
「いえ、せっかく出して下さるというので自分のお金では利用しにくい場所を利用しようと思います」
人のお金で遊べるとなるとやる気を出していた。
「実は、砂浜の地熱を利用した蒸し風呂があるらしいのです」
普段はそこまで美容に拘らないメリッサだったが、気になる場所があったらしい。
「金の事は気にせず行って来ればいいのに」
本当に行きたいのなら費用を出すぐらいは問題ない。
「いえ、こういうのは自分で稼いだお金で行くからいいのです」
ジェフリーさんに奢ってもらう事になっているが、それは巨大海魔討伐の報酬として奢ってもらうので問題ないらしい。
「よし、サボナ最後の日だし、遊びまくるか」
「はい」
巨大海魔討伐報酬
・金貨10000枚。
・リゾートのフリーパス(ギルドマスターの自腹)。