第30話 たこ焼き
陸上での戦闘シーン?
全カットです。
ビーチに香ばしい匂いが立ち込める。
宝箱で用意した半球上の窪みがいくつも並んだ特別な鉄板。表面に油を塗り、その中に出し汁で溶いた小麦粉と薬味を流し込み、一口サイズに切られたたこの足を入れて行く。
適度に焼き上がったところで先の尖った錐を窪みの表面に差し込んで、窪みの周囲に沿って一周させて剥がすと上下に反転させて球形に仕上げる。
出来上がったたこ焼き8つを皿に乗せるとソースをかけて完成。
「はい、たこ焼き一つ」
「ありがとう」
焼き上がったたこ焼きをメリッサが男の子にあげていた。
水着で年上のお姉さんからたこ焼きを貰って男の子が頬を赤く染めている。既に時刻は夕方前になっていて暑さのピークは過ぎている。頬が赤くなったのは決して暑さのせいではない。
「ねぇ、あたしたちはいつまでたこ焼きを作っていればいいの?」
「客足か材料がなくなるまでだ」
「……これを?」
専用の鉄板の前でたこ焼きを焼いているのはアイラだ。次から次へと焼き上げると皿の上に乗せて行く。
アイラは一人旅をしていた時の経験があるので、こういう大雑把な料理の方が得意だった。おかげで初めてのたこ焼き作りにも適応できている。
リゾートのビーチに急遽作った屋台の前には数百人規模の列が出来上がっていた。
一体どこからこれだけの人がやって来たのか?
「みんな、これまで巨大海魔に困らされてきたからな。そいつが食えるって話を聞いて憂さ晴らしも兼ねて来ているんだよ」
「そういうわけだから列が途切れる事はないと考えた方がいい」
列が出来上がっている理由を説明してくれたのはたこ焼きを作る為に雇った料理人の一人だ。
昼間はリゾートで屋台を営んでいるらしいのだが、夕方の時間になると閉店作業をして帰るらしい。たまたまビーチに投げ飛ばしたジャイアントクラーケンに一番近い場所にいたという事で打ち上げられたジャイアントクラーケンを見物していたので、報酬を出すので手伝って欲しいと誘ってみたところ了承してくれた。
他にも手が空いている料理経験のある者を雇って5人で作っている。
「じゃあ、材料は?」
「そっちも諦めろ」
たこ焼きに必要なたこの足がなくなる事はない。
材料はもちろん討伐されたジャイアントクラーケンだ。
ジャイアントクラーケンの触手には、再生能力が備わっていた。おかげで無限に再生する……実際には92本が限界だったので100本の巨大な足が手元にある。
巨大なたこの足が100本。
とてもではないが、1000人以上にたこ焼きを提供しても尽きそうにない。
「文句を言う暇があるなら次々に焼いて行く」
「そっちは……そっちで大変そうね」
アイラ以上に忙しいのがシルビアだ。
シルビアにはたこ焼きに必要な出汁を作ってもらっていた。市場で買って来た鰹節から作った出汁でたこ焼きの美味しさを更に引き上げていた。その作業には他にも調味料を使用しており、神経質な作業を要求されていた。
それと並行してたこ焼きにかけるソースもシルビアが自作している。
俺たちパーティメンバーの中ではシルビア以外にはできない。
「誰か変わってくれない? もう、熱くて死にそう」
「水着でもダメなのか?」
「無理……」
本当に辛そうにしていた。
さすがに倒れられては困るので水分だけは細目に取るように水筒を渡す。ついでに回復魔法も掛けて体力を回復させる。
「変わってあげたいのですが……」
「私たちの技量では……」
渋い顔をしながら断っているのはメリッサとイリスだ。
彼女たちには接客を頼んでいる。作るばかりでは売る事ができない。誰かが料金のやり取りをし、トラブルが起こらないように列を整える必要がある。
二人が接客を担当しているのはたこ焼きを作ることができなかったからだ。
いや、作れないわけではないのだがメリッサが作ると焦げた物がいくつか混じってしまい、イリスの場合は生焼けの物が混じってしまう。自分たちで食べる分には問題ないのだが、商品として提供するには問題があった。
そのため二人には接客を頼む事になった。
自然とアイラが作るしかなくなる。
「分かったわよ。作ればいいんでしょ、作れば!」
自棄になりながらアイラが手元の鉄板に集中する。
その姿を見ながら手伝いの料理人もやる気に満ち溢れていた。
手伝いに雇った料理人は、全員が男だった。水着姿の少女が自分たちと同じ作業をしてやる気を出しているのに自分がやる気を出さないわけにはいかない。
おまけにメリッサやイリスもいる。
焼き上がったたこ焼きの受け渡しなど間近で接する事のできる彼らにとって報酬以上の物が得られた。
二人とも自分たちの役割が分かったうえで対処してくれているので料理人たちの視線を嫌そうにはしていても粛々と作業に勤しんでいた。
「……って、タコがなくなりそうよ!」
「悪い」
「あんたのペースが一番遅いんじゃない?」
そんな事はない、と思いたい。
切断された100本の足は道具箱の中に保管されており、俺にしか取り出す事ができないため管理も俺が行っており、足を一口サイズに切るのも俺が行っていた。
素早く手を動かしていかないと焼く為の足がなくなってしまう。
「ここで少しでも多く売って稼がないと」
「一応、黒字なんですから問題ないのではないですか?」
「バカ! あれだけ苦労したのに黒字はちょっとにしかならなかったんだぞ」
釣り竿と潜水艦にほとんどが消えてしまった。
何事にも利益を出さなければならない。
ちょうどジャイアントクラーケンを討伐した後には素材――巨大なタコと100本もの足が残されていた。
これは有効活用しないといけない。
気が付けば討伐されたジャイアントクラーケンを見学に来た人だかりがあった。
大人数にも提供できるタコ料理。
以前に迷宮核から迷宮で得られる魚介類を利用した料理について説明を受けていた中にタコ料理も含まれていた。1度しか作った事はないが、家庭用の小さな鉄板で作ったたこ焼きを思い出してサボナの人たちにも売る事を思いついた。
これまでサボナは海を散々荒らされて来た。
彼らにだってジャイアントクラーケンを食べる権利はある。
「おいしい!」
「なんだ、このタコ!」
「こんなに美味しくて歯応えのあるタコは食べた事がないわ」
まあ、そんな事に関係なくたこ焼きを食べた瞬間に美味しさから笑顔になる光景を見ていると良かったと思える。
魔物は体内に魔力を溜め込んで強くなるほど肉も美味しくなる。迷宮から得られる魔力だけでは足りなくなり、船に積み込まれている魔石を狙って襲っていたジャイアントクラーケンは体内に大量の魔力を溜め込んでいた。
おかげで足の一部しか使われていないのに客は満足していた。
最初に俺たちも食べさせてもらったが、満足できる出来栄えだった。
「美味しいですよ、お兄様」
「これをお姉ちゃんたちが倒したんですか?」
「さすがはお兄様とお姉様たちです」
近くでは妹たち3人がシートの上に置かれた巨大蛸を眺めている。
接客には母親たちを全員連れて来て手伝ってもらっている。
とりあえずの安全が確保されたので約束通りに連れて来る事にした。
前日までいなかったはずの家族が来ている事については街を困らせていた巨大魔物を討伐したお礼も合わせて気にされない事になっている。
「どうだ、凄いだろ」
「できれば生きている時の姿も見てみたかったです」
ビーチからなら安全だったかもしれないが、俺の事に気付いていたジャイアントクラーケンが相手だともしもの場合があったかもしれない。
「残念だけどそれは無理だ。せめて残骸だけで我慢してくれ」
「はい。それからわたしも手伝いたいと思います」
「3人とも?」
「最近では学校の方でも料理について授業でやっていますし、家にはシルビアさんがいるので手伝いながら教えてもらっています」
「だから、わたしもお姉ちゃんを手伝う」
「微力ながら私も手伝います」
妹たちはやる気に満ちていた。
ただ、ジャイアントクラーケンの強さは倒された今でも変わらず足を切断するには彼女たちのステータスでは足りない。鉄板の前に立たせるのは危険だし、屈強な冒険者も客にいるので接客も任せるのは危険だ。
「だったら出来上がったたこ焼きにソースを掛けるのを手伝ってくれるかな?」
「分かりました」
それぐらいできるだろう。
重労働だけど、本人たちが働きたがっているんだし頑張ってもらおう。
巨大海魔討伐報酬
・たこ焼き売上