第9話 森の狼討伐―後編―
俺を吹き飛ばしたことで倒したと思ったウォーウルフがグレイさんの方へ歩き出す。
どうやら、俺から興味をなくしてしまったらしい。
まあ、見た目だけで判断するなら俺はパーティの中で一番弱そうに見えなくもない。女性もいるが、魔法で次々とフォレストウルフを倒していくマリアンヌさんや大砲で一気に倒したリシュアさんの実力は既に見せている。
だから、女性より弱いと思われても悔しくない。
それもここまでだ。
指に嵌められた指輪を取った瞬間、抑えられていたステータスが解放される。
「ガァッ!」
グレイさんの方を向いていたウォーウルフが俺の方へ勢いよく向きを変える。
さすがに野生で生きてきた魔物だけあって抑えられた状態でも俺が一番強いとは見抜けなかったとしても10倍にされた強さには気付いたか。
「どうした?」
挑発するように言うとウォーウルフが拳を構える。
たしかに剣を押された時は凄まじい威力だった。
けれども……
「残念だったな」
拳を構えるウォーウルフに構えの上から蹴りを叩き込むと、ウォーウルフの体が弾き飛ばされる。どうにか倒れないよう堪えると再び拳を構える。
しかし、その姿は俺の事を恐れて怯えているように見えた。
やはり本能で俺のステータスが脅威であることは感じ取っているらしい。
だが、あいつには何もできない。
一歩踏み出すと、ウォーウルフが一歩下がる。
「自分に勝てる奴なんていないと思い込んでいたか?」
その言葉が理解できたかどうか分からないが、怯えた表情のまま自棄になったウォーウルフが拳を突き出す。これが、奴の本当の戦い方。
だが、何もさせない。
突き出された拳を見切り回避すると、そのまま腕を掴んで持ち上げ、背中から地面に叩き付ける。
ウォーウルフが激痛から叫ぶ。
「うるさい」
上から腹に蹴りを叩き込もうとすると、大きく後ろへ跳び、それまで二本の足で立っていたにもかかわらず、フォレストウルフのように前足も使って四本の足で狼のような体勢になる。
そのまま全速力で走り出す。
俺に背を向けて……
「は?」
ウォーウルフの取った意外な行動に思わず停止してしまう。
そこへ2匹のフォレストウルフが襲い掛かってきた。
最後に自分を逃がす為にフォレストウルフに俺の足止めを頼んだか。2匹で足りなくてもこの場にいる全てのフォレストウルフを集中させれば逃げるぐらいの時間は稼げるかもしれない。
だけど、指揮官である自分が逃げる為に部下の全員を囮にするのはいただけないな。
フォレストウルフに襲い掛かられる前にその場を駆け抜け、俺のいた場所にフォレストウルフが鋭い爪を空ぶっていた。フォレストウルフは無視だ。ブレイズさんたちでも残りの数なら犠牲を出すことなく対処できる。
だが、このままウォーウルフのような危険な魔物を逃がすのは得策ではない。
「よぉ」
「ガァッ!」
ウォーウルフが驚愕の声を上げる。
そうだろうな。自分のステータスの一番自信のあった『敏捷』。にもかかわらず、自分の全速力についてこられるような相手が並走していれば驚くか。
うん、確かに速い。
けれども奴のステータスは総じて1000に届かないぐらいだ。奴の攻撃を受けて、攻撃して、並走して測れた。おそらく900~1000ぐらいだろう。ブレイズさんたちでも連携して戦わなければ個人では倒せない相手。ただ、制約した状態の俺よりも少し弱く、迷宮の入り口で受付をしていたアルミラさんよりも遅いと考えれば……
「今の俺なら全く脅威を感じないな」
並走していた状態から追い越し、ウォーウルフの前に出るとタイミングを計って顎を蹴り上げる。
打ち上げられ、地面に落ちたウォーウルフがふらふらとしながら立ち上がるのを見ると、剣を振り上げて飛び上がった。
――斬。
ウォーウルフの体が天頂から股先まで両断される。
「ふぅ~」
息を吐きながら剣を鞘に納めると同時、ウォーウルフの体が地面に倒れ大きな音を立てる。
「おいおい、マジかよ……」
そこへブレイズさんたちも合流してきた。
どうやら俺が数を減らしたこともあってフォレストウルフについては全て討伐できたらしい。
そして、森の奥へと消えた俺のことが心配になって追ってきたみたいだ。
「まさか、一人で倒したのか?」
「うそ……相手はウォーウルフなのよ」
「できることなら俺のステータスについては秘密にして下さい」
「ああ、新人でウォーウルフを単独で倒せる実力があるとなると色々なパーティから引っ切り無しに誘われるぞ。もしかしたら強引な勧誘をされる可能性だってある」
それは面倒だ。
「ちょっとステータスは人より高いですけど、冒険者としての経験が足りていないのでそういう勧誘は回避していきたいですね」
「ああ、それだけの力があるなら俺たちも即戦力として欲しいところだったが……まあ、気が向いた時にでも一緒に仕事をしようぜ」
「ありがとうございます」
どこまで信用できるか分からないが、単純に目の前の人たちを信じたいと思った。
「それで、この状況はどうするんですか?」
周囲には、100匹近いフォレストウルフの死体。それに両断されたウォーウルフが倒れていた。
「まずは、依頼主である村長を呼んでくる。ギルダーツとマリアンヌ行ってこい」
「分かった……」
マリアンヌさんが返事をしたギルダーツさんを連れて村の方へと駆けて行った。二人とも疲れているはずなのに嬉しそうにしていた。やはり、故郷である村が守れたのが嬉しかったのだろう。
「リシュア、この近くにフォレストウルフだけじゃなくてウォーウルフは残っているか?」
「ちょっと待って……」
群れを見つけた魔法道具を使ってリシュアさんが周囲を捜索していた。
「うん。この森には、もうフォレストウルフもウォーウルフもいないね」
「まあ、そうだろうな」
全てのフォレストウルフがウォーウルフによって統率されていた。
ウォーウルフ以上に強い魔物や他にもウォーウルフがいればあのように上手く統率されるようなことはなかっただろう。
「まあ、予想外な魔物が現れたとしてもマルス君がどうにかしてくれるでしょう」
「違いねぇ!」
場を和ませるリシュアさんの言葉にグレイさんが同意して笑っていた。
「おまえら……俺たちみたいなベテランが新人に頼ってどうする?」
「だって、本当に凄かったよ。ねぇ、あれで本気だった?」
俺は曖昧な笑みを浮かべるだけで答える。
実際、制約の指輪をした状態ではもしもの場合を考えれば危険だと判断したから制約の指輪を外したが、ウォーウルフ相手には1500程度の力しか出していない。
ステータスだけではない。
ウォーウルフに弾き飛ばされ、木に叩き付けられたことによってダメージを負ってしまい、3割ほどの体力を失ってしまった。その状態で制約の指輪を外しても体力が3割から3%になるような感覚はなかった。どうやら、ステータスを一気に向上させてもダメージは割合のまま残されてしまうようだ。
「あれでも、本気じゃないんだ。あ、あたしにできることがあったら何でも言ってね。助けてくれたお礼に可能な範囲で手伝っちゃうよ」
おや、何でも言っていいと?
前々からお願いしたいと考えていたことを言うことにした。
「でしたら、その魔法道具を使わせてもらえませんか?」
「ん、これ?」
「はい。実は、行方不明の父がいるんですけど、その魔法道具があればどこにいるのか見つけることができると思うんです」
魔法道具は冒険者の財産だ。それを使わせてもらうことになるなら報酬を払う必要になるかもしれない。まあ、法外な料金を請求されても払うつもりではいたが、せっかくなので依頼が終わって落ち着いてからではなく、今ここでお願いしてみることにする。
というかブレイズさんは俺が父を探していることを知っているはずなのにどうしてこの魔法道具の存在を教えてくれなかったのか?
だが、リシュアさんは申し訳なさそうな顔をしていた。
「ダメ、ですか?」
「ダメ、というか多分無理だと思うわよ」
無理?
「この魔法道具は探知の精度は高いんだけど、効果範囲はそこそこ広いぐらいなの。分かり易く言えば、この森の中で使えば森の中にいるフォレストウルフを探知するって感じかな」
つまり、この魔法道具で父の行方を捜す為には、父のいる近くで魔法道具を使って正確な位置を知るぐらいしかできない。
父がどこにいるのかすら分かっていないのだから、それでは意味がない。
「あ、だけどこの魔法道具は迷宮で見つかった魔法道具を参考に昔の錬金術師が造り出した魔法道具みたいだから元になった魔法道具なら見つけられるかもしれないわよ。ただオリジナルの魔法道具は王都で厳重に管理されているみたいだから借りるのは難しいわね」
うん、迷宮でそういった魔法道具が見つかることは知っているんだ。
ただ、迷宮主だからと言って何でもかんでも思い通りになるわけじゃなかった。
だから、冒険者ギルドで情報を集めたりしていたんだけど、ここまで全く情報が集まらないことを考えると、そろそろ別の手段を考えた方がいいかもしれないな。