第18話 船
1日たっぷりと遊んだ後は仕事をしなければならない。
「こんにちは。船を貸してもらえませんか?」
午前中の内に漁から帰って来たばかりの漁師に声を掛ける。
忙しそうに片づけをしていた男性は面倒くさそうな顔を一度だけ見せた後、背中を見せながら作業に戻っていた。
「悪いが、お前たち冒険者に貸し出せる船はないぞ」
「やっぱり船を壊されるのが困りますか?」
「当り前だ」
これまで巨大海魔討伐に出た半数近い船が港に帰って来なかった。
その結果を思えば自分の船を貸し出したくないと思うのも仕方ない。
しかし、こっちもジャイアントクラーケン討伐の為には近距離から攻撃する必要があるので船が必要になる。
「もちろんレンタル料だって払いますし、壊した場合には必ず弁償する事を約束します」
「金の問題じゃないんだよ」
既に多くの冒険者が討伐に失敗して船を壊してしまっている。
そのせいで冒険者の信用が落ちていた。
「俺たちは自分の船に愛着を持っている。いくら弁償してくれるって言っても自分の船を壊される事前提で貸し出すような奴はいない。それに今じゃあ、船の修理そのものが難しくなっている」
何度も壊され、その度に修理され、新しい船を造る事になったせいで造船所の仕事量は既にパンク寸前だった。
そのため弁償する金はあっても弁償する当てがない状態だ。
「それにこの時間なら俺以外の奴にも断られたんじゃないか?」
既に時刻は午前10時。
朝の早い時間に漁へ出る漁師を相手にするには遅すぎる時間だ。
それというのも彼に話を持ち掛ける前に4人の漁師に断られてしまったので、5人目の交渉相手だったからだ。
「そうですね。みなさん自分の船を貸してくれませんでした」
「最初の頃は貸していた奴もいたけど、今じゃあ誰も貸してくれない」
これまでの失敗を考えると仕方ないのかもしれない。
ギルドからは全くサポートされていないので、その辺も自分たちで解決しなければならない問題だ。
「それにお前たちみたいな弱そうな奴には貸したくないな」
一般的に強い冒険者となると筋骨隆々な一見して鍛えている事が分かる冒険者の方がイメージとしては強い。中には魔法使いで強い者もいるが、鍛えられていなくてもそういう者は強い雰囲気がある。
残念ながら俺たちにはそういう雰囲気が欠けているので子供の冒険者にしか見られない。
しかも今は濡れてもいいように、ということで水着の上にパーカーを羽織っただけの格好だ。見ようによっては遊んでいるようにしか見えない。
「どうしても出たいっていうなら貨物船なんかの昼間でも出ないといけない船に護衛として乗り込むしかなさそうだな」
やっぱりそれしかないか。
ジャイアントクラーケンは、今までの統計から日の昇る前に現れた事はない。
それが分かっているからこそ漁師は今までよりも早い時間に漁へ出て、早目に漁を終えて帰って来ている。
しかし、貨物船は荷物の搬入などがあるため、どうしてもジャイアントクラーケンの出現時間を避けるという事ができなかった。
「ありがとうございました」
お礼を言ってその場を離れる。
離れた場所で成り行きを見守っていたシルビアたちに近付いて首を横に振ってダメだった事を伝える。
漁師のような強面を相手に交渉するなら女性よりも男性である俺の方が幾分か実力を納得してもらえるという判断から離れた場所で待ってもらっていた。近くに待機しているだけでも仲間だと見られて実力を下に見積もられる。
一般人相手にAランクの冒険者だと言っても簡単には信用してもらえない。
「さて、どうする?」
「やっぱり護衛依頼を受けるしかないのではないでしょうか?」
とはいえ、サボナでの伝手が全くない状態では簡単に護衛として乗せてもらう事ができない。
多くの船に護衛として冒険者が乗り込んだ後だ。
残っている船を探すのも大変だ。
「お困りのようですね」
5人で頭を悩ませているとゆったりとした服を着た男性が話し掛けて来た。
「あなたは?」
「これは失礼。私は商人のニルセンという者です。隣の港まで荷物を運びたいのですが、昨日連日で襲われた件もあって護衛の人数を増やしたいのです。よろしければ引き受けてもらえないでしょうか」
船に乗せてくれる。
願ってもない状況だが確認しなければならない事がある。
「どうして俺たちにその依頼の話を持ち掛けたんですか? 強そうな冒険者なら他にもいるはずですけど」
「たしかにギルドへ行けば冒険者はたくさんいるでしょう。しかし、私が本当に欲しているのはジャイアントクラーケンを本当に倒せるだけの実力を持った本物の強者です」
「あたしたちが本物の強者、だと?」
「はい」
迷う事無く自信満々に肯定するニルセン。
「あなたたちが実力者である事は昨日の魔法を見て知っております」
「そういうことですか」
昨日、メリッサが放った終炎砲。
一切隠すようなことなく使ったから射線上には誰もいない事を確認していたが、近くには何隻か船が航行していた。
おかげで船の上から俺たちの姿を認識する事はできたはずだ。
ニルセンもその一人だ。
「あれだけ凄い魔法を使える者なら本当にジャイアントクラーケンを討伐する事ができるかもしれない。それに乗せているだけで安心する事ができます」
実際、昨日はたった一撃の魔法でジャイアントクラーケンを退けている。
試し撃ちのつもりだったが、意外なところで実力を証明する形になってしまった。
「いいでしょう。護衛を引き受けます」
「ありがとうございます」
「それで詳しい日程をお伺いしてもいいでしょうか」
行き先はサボナを迂回して北上した先にある交易都市。
サボナは漁とリゾートで栄えた街だが、それ以外の産業に関してはあまり上手く行っていないので近くにある交易都市に物資を頼る事になっている。
今日の夕方には交易都市へ着き、明日の昼過ぎには戻って来る予定になっていた。
「ええ、問題ありません」
とにかく海へ出られなければ何も始まらない。
手短に準備を終えるとニルセンの案内の下、彼が所有している船に辿り着く。
「げっ!」
そこにはサボナでは既に顔馴染みと言っていいほど遭遇している拳闘士の男がいた。
「おや、モリスさんとお知り合いですか」
「ちょっと何度か顔を合わせた事がある程度です」
「そうですか。モリスさん、こちら冒険者のマルスさんです。今日の護衛は彼らにも協力してもらうことになりましたので、よろしくお願いします」
「おいおい、俺たちの事が信用できないって言うのかよ」
「いえ、あなたたちの実力が信用できないわけではなく、ジャイアントクラーケンが信用ならないのです。彼らの実力は魔法を港から見せてもらったので把握しています」
「クソッ」
モリスと呼ばれた拳闘士の男も昨日ジャイアントクラーケンが連日で出現したところを目にしている。
これまでのセオリーは通用しない。
それが分かっているからこそ念には念を入れる必要がある事を分かっている。
意味もなく険悪な雰囲気になる必要もないのでこちらから下手に出る。
「こちらは船の護衛は初めてなので色々と教えて下さい」
「ああ……お前らの戦闘力に関しては分かっているから心配はしていない。けど、不用意に動いて海に落とされるような事がないように気を付けろよ」
「そうですね。気を付けます」
昨日までの態度が嘘のように静かだ。
あっという間に海を凍らせ、凍らされた海を蒸発させてしまうほどの砲撃を撃てるような相手が怖いだけだろう。
こちらとしても無意味に足を引っ張られる心配がなさそうなので問題ない。