第17話 リゾート
「お前らは討伐依頼を受けたんじゃないのかよ!」
「そうだけど?」
俺たちが巨大海魔の討伐を目的にサボナまで来た事はギルドにいたこいつらなら知っているはずだ。一体何を言っているのか?
「なら、どうしてこんな所にいる! 俺たちは今日も船の護衛で海に出ていたら浜辺で遊んでいるお前たちの姿を見つけた。報酬を前金で貰っているんだからきちんと仕事をしろよ」
「ああ、ジャイアントクラーケンが出るから船の護衛依頼があるのか」
海にも魔物はいる。
馬車と同じように無防備な状態で走っていれば魔物に襲われる危険性は船の場合でも常にある。だからこそ冒険者を乗せて護衛してもらっている。
こいつらも船の護衛中に遊んでいる俺たちの姿を見つけたみたいだ。
目に見える近場の海は、リゾートなので利用料を支払った者しか入れないようになっているが、沖合からなら小さな俺たちの姿を見つける事ができる。
「悪いけど、俺たちは契約違反をしたわけではない」
「どういうことだ?」
「俺たちはたしかにジャイアントクラーケンの討伐を請け負った。ただし、この依頼は成功報酬しか出ない依頼だ。さらに討伐期限も設定されていない」
そう、討伐した冒険者に報酬が支払われるだけだ。
事前に前金として金貨1枚も受けているが、それも遠征費として処理されているので実質依頼を受けただけでは依頼は出されていない。
それに一番重要な理由が残っている。
「俺たちはここに来るまで5日間も強行軍だったんだ。1日ぐらい休ませてくれてもいいんじゃないか?」
もう、終わった話なので男たちの傍を離れてスイカの正面に立つ。
「そういうことを言っているんじゃない!」
しかし、納得できないらしい。
「遠征費だけとはいえ、報酬を貰っている奴が遊んでいると討伐に頑張っている奴らの士気に関わるんだよ」
まあ、自分が頑張っている中、同じように討伐依頼を引き受けた奴が遊んでいたら苛立つだろう。
しかもメンバーは女性ばかり。
さっきからシルビアたちを見ている男たちの視線がイライラする。
「士気に関わる、ね……ジャイアントクラーケンが現れて3カ月も経つのに未だに討伐できない連中の士気が重要か?」
「テメェ!」
剣士の男が腰に差した剣を抜いて斬り掛かって来たので手首を掴んで頭から砂浜に叩き落す。
こんな奴らを綺麗な海に落としたくない。
本当は砂浜にも落としたくなかったけど。
「それに、こっちはただ遊んでいたわけじゃないんだ」
「なに?」
――ザップーーーン!
遠くの海で水柱が上がる。
そこでは、太い触手が通り掛かった遊覧船に襲い掛かろうとしていた。
「なっ、連日で出ただと!?」
「え、毎日出るものじゃないのか?」
「おいおい、いくらなんでも毎日襲われていたらサボナから船がなくなっちまう。今までは現れても数日に1回ぐらいだったんだよ。連日で出て来る事なんて今までなかったのに、どうして今日に限って……」
本当に珍しい事らしく現れたジャイアントクラーケンの姿に震えていた。
震えている拳闘士を無視して光魔法で人の顔よりも少し大きなレンズを作り出して正面に浮かべる。
「なんだ、それは……」
ちょっと調節してやれば遠く離れた場所の光景も映し出してくれる。
光属性の遠視鏡。
「遠くにいるジャイアントクラーケンの姿を見るには便利な魔法だ」
「私たちはジャイアントクラーケンが連日では出現しないという事実を知らなかったのでてっきり今日も出て来るものだと思っていました。だから、船を襲っている姿を今度はしっかりと確認しようと海が一望できる場所で待っていたのです」
ただ遊んでいたわけではなく、ジャイアントクラーケンの姿を確認する為に浜辺で待っていた。
「そんな、無詠唱でこんな強力な魔法を使えるなんて……」
拳闘士の仲間の魔法使いが俺の魔法を見て驚いている。
そんな高度な魔法でもない。迷宮魔法で再現させた魔物の能力だし、ランク的に言えばCランクぐらいだ。
「お、そろそろ動くみたいだぞ」
遊覧船に向かってジャイアントクラーケンが触手を伸ばす。襲い掛かったジャイアントクラーケンだったが、遊覧船の中から飛んで来た火球を触手に受けて火傷を負っていた。さらに矢も放たれて次々と突き刺さる。
遊覧船の中にはきちんと護衛がいたみたいだ。
「なかなかやるみたいだな」
「ああ、このまま10分ぐらい奮戦できるなら引き上げていくはずだ」
「長いな」
海上には触手しか出していないので全体から見ればジャイアントクラーケンのダメージは大した事がない。
それでもダメージを蓄積させて、襲う事が利益に値しないと判断すれば引き上げて行くはずだ。
さすがに10分は長すぎる。
「理由は単純だ。どういうわけか奴は火傷を負っても少しすると回復するんだよ」
「本当だ」
最初の攻撃から何十発と火球を受けた触手だったが、最初の方に受けた場所の火傷はいつの間にか治療されていた。
これは、治療というよりも再生かもしれない。
「遊覧船の護衛は大丈夫なのか?」
既に襲われてから5分が経過している。
遊覧船に被害は今のところないものの中から放たれる攻撃に最初ほどの勢いがない。
「誰が乗っているのか分からないが厳しい状態だな」
海上のど真ん中では助けは望めない。
護衛として船に乗り込んだ者だけでどうにかしなければならない。
「メリッサ」
しかし、俺たちはそんな常識は関係がない。
収納リングから杖を取り出したメリッサがジャイアントクラーケンのいる場所に向かって杖を構える。
「どうするつもりだ?」
「ここから狙撃する」
「は?」
男たちが戸惑っている。
無理もない話だ。ここからジャイアントクラーケンがいる場所まで5キロ以上ある。そんな場所まで届く攻撃なんてあるはずがない。
「ほら離れるぞ」
被害を受けないように男たちに離れるよう言う。
メリッサの構える杖の正面に炎が集まる。
特に指定はしていなかったけど、海中にいる敵を焼くつもりか。
「まずは小手調べです」
そういうことならいいだろう。
ただし、海に影響が出ないようにもしないといけない。
「イリス凍らせろ」
「絶対零度の凍結」
イリスが海面を足で叩いた瞬間、ジャイアントクラーケンまで続く氷の道が出来上がるように海面が凍らされる。
「これで問題視されるほど海が蒸発するような事もないだろう」
炎が杖の先端に収束して行く。
「照準固定」
メリッサが魔法を使って遠距離に狙いを定める。
俺の使ったレンズと違って、遠くを見る事ができるようになる鷹の眼だ。
ホークアイは自分の視界を向上させるだけで周囲にいる人々に見ている景色を見せる事ができないので魔法を使えないシルビアとアイラの為にスコープレンズを使用していた。
「仮想砲身展開」
魔力で作られた光り輝く砲身が杖の前に現れる。
「アンカーセット」
同様に杖の後方から砂浜に杭が撃ち込まれる。
「終炎砲発射」
あ、これはヤバイやつだ。
咄嗟に俺とイリスで結界を張って余波を受け止める。
杖の先から放たれた太いレーザーのような炎がジャイアントクラーケンに迫る。
メリッサの構える杖の周囲には衝撃波が発生し、砂が巻き上がっており、結界がなければ立っていられないほどだ。アンカーは魔法に集中しているメリッサを固定する為に使われている。
――ジュ。
炎のレーザーが触手を貫通し大きな穴を開ける。
海の方から雄叫びのような声が聞こえる。
そのままジャイアントクラーケンの触手が海の中へ沈んでいく。
「どうだった?」
「駄目です。ここからだと距離があり過ぎてヒートエンドバスターぐらい威力のある魔法でなければ決定打になりません。それから、この魔法は連射ができないので何本あるのか分からない触手を相手にするには向きません」
「そうなんだよな」
遠距離攻撃では威力が足りず、未だ全容が掴めないジャイアントクラーケンが相手では不安が残る。
とりあえず最低限の情報は手に入った。
ジャイアントクラーケンも既に姿を晦ました。
「よし、スイカ割りの続きだ」
今日は遊ぶ事にしているので、今日はもう出ないだろうし遊びを続けることにする。