第11話 空の旅
「じゃあ行ってくるよ」
フェルエスで一晩ゆっくりした翌日、フェルエス山脈へと続く街道から外れた場所に立つ。
隣に立っているのはメリッサだけでシルビア、アイラ、イリスは後ろに立っている。
山脈越えに必要な魔法は飛行。
適性属性は持っていても魔法に対する適性が低いシルビアとアイラでは飛行そのものが使えず、イリスでは飛行を使えるものの元々持っていた水と光に強い適性が現れた関係から長時間の飛行が困難なため3人は留守番になっている。
「本当に二人だけで大丈夫でしょうか?」
「心配ない、って。飛行訓練だけなら迷宮で何度も試しただろ」
山脈を飛び越えるほどの高度まで達した事はなかったが、長時間の飛行はいつか必要になるかもしれないと思ってメリッサと一緒に訓練に励んだ。
ただ、その姿を見ていても飛べないシルビアでは飛んで山脈を越える事に不安があったらしい。
「向こうに着いたら1度連絡を入れてから呼ぶようにするからそれまで待っていてくれ」
「あたしたちは適当に過ごしていることにするわ」
フェルエスは温泉街。
時間を潰す娯楽には事欠かない。
「何か問題があった時にはすぐに呼んで下さい。飛ぶことはできなくても助けにはなれるかもしれません」
「ありがとう」
風が俺とメリッサの周囲に渦巻き俺たちの体を持ち上げる。
そのままシルビアたちの姿が見えないほど高く飛び上がると前方へと進路を向ける。
☆ ☆ ☆
「行ったわね」
空高く飛び上がって姿が見えなくなった二人の姿を眺めながらアイラが呟く。
空を飛んでの山脈越えなんて方法はわたしたちでは不可能だ。
こういう時は魔法に適性のない自分が恨めしい。
「私たちはこれからどうする?」
「朝食はさっき食べたばかりだし、温泉にでも入りに行きましょうか」
イリスとアイラがフェルエスへ戻ろうと動き出す。
いつまでもこんな場所にいても仕方ない。
けど、わたしはご主人様を放って自分たちだけ観光をするなんて事ができなかった。
「シルビア?」
「二人はフェルエスに戻っていて。わたしはわたしでやることができたから」
「……分かった」
わたしの態度を不思議に思いながら二人がフェルエスに戻って行く。
着いて行けない。わたしには目的ができた。
「相談があります」
『なんだい?』
わたしの心情を分かっていた迷宮核さんが即座に応えてくれます。
「わたしには魔法に適性がありません。これは鍛えてどうにかなるものですか?」
『ちょっとぐらいなら問題ないよ。けど、魔法特化のメリッサに追い付くのは絶対に不可能だね。君には君にしかできない事があるんだから自分の長所を伸ばして行く方がいいよ』
言いたい事は分かる。
それにわたしが聞きたかったのは『魔法は諦めた方がいい』という事。
「大丈夫です。わたしはわたしなりの方法で空を飛んでみようと思います」
『そうかい?』
それきり何も喋ってくれなくなった迷宮核だけど、そっと見守っていてくれる感覚がある。
☆ ☆ ☆
空を飛んでの旅は順調だった。
地面を飛び立ってから1時間以上が経過すると山頂が見えて来た。
『そろそろどこかで休憩するか』
飛行中は空気の流れが凄すぎて会話も満足にできない。
しかし、俺たちには迷宮同調によって念話という通信手段があるので問題ない。
『いえ、飛び上がるのも大変ですからこのまま目的地まで向かうことにしましょう』
現在、俺たちは地上からは影ぐらいしか見えないほど高い場所を飛んでいる。
そんな高い場所をわざわざ飛んでいるのは地上から見つけられても問題がないようにする為だ。
山脈には利用する人が少ないとはいえ、馬車が通れる程度には広い整備された山道があった。
誰かが通り掛かる可能性は十分にある。
『時代は進んだね』
俺たちの見ている光景を迷宮核も見ている。
『昔はなかったのか?』
『そうだね。前回の迷宮主がこの山に来た時には山道なんてなかった。険しい山道を人々は苦労して登るしかなかったんだよ』
懐かしそうに話す言葉を聞きながらステータスを確認する。
常に魔力が減り続けているが、旅の半分ほどに来たところでも3割ほどしか消耗していなかった。
『この分だと問題なく辿り着けそうだな』
『それは、どうでしょうか?』
メリッサが俺ではなく遠くの方を見ていた。
そこでは黒い羽根を生やした鳥の魔物が10体以上おり、群れを成した魔物がどこかへと向かっている最中だった。
『これまでは空での戦闘もなく問題なく飛ぶ事ができましたが、これからは魔物と遭遇する可能性もあります』
空中戦も問題なくできるように訓練している。
しかし、空中で戦闘をすればそれだけ魔力を消耗してしまう。
早く目的地に辿り着きたい俺たちとしては魔物との戦闘を極力避けて先へ進みたい。
『それは、あれを無視できるのならの話です』
メリッサが魔物の進む先にある物を指差す。
そこには、数人の護衛を連れた馬車が走っていた。
バラバラな装備から護衛たちは冒険者だと思われるが、空から迫る魔物に気付いた様子はない。
『どうしますか?』
助けられるのは俺たちだけ。
だが、気付かれて空を飛んでの山脈越えが可能だと知られると面倒事に巻き込まれる可能性がある。
『助ける』
けれども、これから襲われる事が分かっているのに見過ごす事はできない。
魔物の群れに向かって突っ込む。
ようやく魔物の一体が近付く俺に気付く。
構わず全速力で飛んで突っ込むと剣を抜いて魔物を両断する。遺体は収納リング行きで地面に落とす事もない。
「おら、かかって来い!」
わざと挑発するように声を上げる。
言葉の意味が分かったわけでもないにも関わらず魔物がギョロっとこっちを見て来る。
改めて魔物の姿を見ると気味が悪い。
鳥の魔物は人と同等の胴体を誇っており、飛ぶために翼を広げると人以上に大きく、顔には大きな目が一つだけあり、キョロキョロと忙しなく上下左右に動いて情報を集めていた。
「悪いが、さっさと終わらせてもらう」
『準備完了です』
俺はあくまでも突っ込んで注意を惹き付けておくのが役目。
本命は後ろで待機していたメリッサの杖の周囲に浮かんだ12本の槍。
『ファイアランス、セット』
槍の形にした炎の先端を魔物へと向ける。
『射出』
空に浮かんでいたファイアランスが魔物に向かって飛んで行く。
ファイアランスを向けられた魔物が別方向へ飛んで行く。1体でも多くの魔物を生き残らせるには賢い選択だ。
しかし、間に合わなかった魔物が2体いた。
ファイアランスの直撃を受けた2体の魔物は燃やされてボロボロになりながら落下していく。
そのまま奥へと飛んで行くファイアランス。
槍系の魔法は、速度が速く相手に当てやすい魔法なのだが、真っ直ぐにしか飛んで行かないので1度回避されてしまうとどうにもならないという欠点があった。
しかし、飛んで行くはずのファイアランスが急に方向を変えて回避したはずの魔物たちに向かって進路を変える。
鳥の魔物は縦横無尽に空を飛んでファイアランスを回避して行くのだが、3回4回と回避を続けても方向を変えて追って来るファイアランスに次々と貫かれて飛ぶ事ができなくなる。
そうして6回目には最後の魔物も撃墜される。
ちなみに攻撃を受けて落下した魔物は全て俺が回収させてもらった。
迷宮にはいない魔物なので持ち帰れば高値で売れるかもしれない。
それよりもメリッサの魔法だ。
『すごいな。いつの間にランス系の魔法も操作できるようになったんだ?』
『操作とは違います。槍を生成した時に相手を定めて自動追尾するようにセットしたのです。主とアイラさん、イリスさんがレジェンドソードマンと戦っている間、私とシルビアさんは暇でしたから』
独自に訓練をしていたらしい。
『今度地下83階を造った時には魔法が得意な魔物を呼び出すから、それまで我慢してくれ』
『かしこまりました』
『まずは、みんなも待っている事だし、山脈を越える事にしよう』
派手な火魔法を使ってしまったせいで気付かれていないか不安になったが、冒険者たちに気付いた様子はない。
目的地へ向かう意味でも急いでここから離れた方がいいみたいだ。